『データ・ドリブン・マーケティング―――最低限知っておくべき15の指標』
発行日:2017/4/19
著者:マーク・ジェフェリー
翻訳:佐藤 純、矢倉 純之介、内田 彩香
発行:ダイヤモンド社
文:大下文輔
マーケティング格差の存在
本書『データ・ドリブン・マーケティング』はアメリカで2010年1月に発刊されており、書かれている内容はその当時の状況を反映している。7年前の本で、事例などはそれ以前のものであるから、読者はそのことを念頭において本書を読む必要がある。
例えば、既に経営統合されてなくなった会社やサービスの事例がいくつか出てくるし、今ならDMP(Data Management Platform)というコトバで説明されるだろう場面も、EDW(Enterprise Data Warehouse)という表現になっているなど、少し古い感じは否めない。
にもかかわらず、今になってこの本が出版されたのは、わが国で、データ・ドリブンすなわちデータをもとにしたマーケティングをすることの重要性が認められたり、その機運が高まってきたりしたからということなのだろうか?
もしそうなら、端的に言って日本はものすごく遅れている、と思われるかも知れない。例えば、『ABM(アカウントベースドマーケティング)』には、日本の上場企業はアメリカを中心としたマーケティングの先進国に比べると15年も遅れている、と書かれている。
だが、この本が書かれたきっかけの1つは、アメリカにおけるマーケティング格差の存在であった。7年前のアメリカのマーケティング事情は、進んでいるところは進んでいるが、そうでないところはかなり遅れていて、しかもそれがフォーチュン1000のリストにある企業、すなわちアメリカの大企業を対象にした調査で判明した、というのである。
回答企業は252社、回答者の92%以上はCMO、マーケティング部長またはその直属の部下という会社のマーケティングの中枢を担う人材であり、回答企業の年間マーケティング予算は総額530億ドル(1社あたり平均2.1億ドル!)だった。だが、結果として「過半数の企業にマーケティング活動を管理するプロセスがなく、また、大半の企業で効果を判断する指標の設定や測定なしに日々のマーケティング活動が行われている」というものだった。
たとえば、73%の企業は、キャンペーン単位で予算化前に設定した獲得目標と、実際の結果とを照らし合わせるためのスコアカードを利用していない。あるいは、57%の企業には各キャンペーンをトラッキングし、分析するためのツールがない。7年以上前とはいえ、年間数100億円のマーケティング予算を使う企業がそうだった、ということである(今これがどのように変化したか、知りたいものである)。
本書は、そうした事情をもとに、マーケティング先進企業のマーケティング担当者だけでなく、「誰もが」知っておくべきマーケティングの管理指標について書かれたものである。だから今の日本企業でも通用する、ということだ。
もう1点指摘しておきたいことは、多くの企業で、マーケティングの管理プロセスがない、という事実はそうした企業において、「マーケティングが経営の本丸に据えられているわけではない」ということでもある。マーケティングが経営への直接的な関与を伴っていない以上、マーケティング予算は合理的に策定されず、その最適化もできない、ということになる。
実用性のあるビジネス書
著者は、データ・ドリブン・マーケティングが浸透することへの障壁として、マーケティング担当者の言い分をもとに、以下の5つを挙げている。
1)何から手をつければよいのかわからない
2)(マーケティング施策とその効果の)因果関係が不明
3)データ不足
4)経営資源やツールが不足
5)組織や人材の問題
これらは、どの国のどんな企業であれ、マーケティングにデータを活用しないことの理由として使われているだろう。
本書はこうした言い分にも答えつつ、どのような指標でマーケティングを管理していくかについて実践的に書かれている。アメリカ・マーケティング協会(AMA)が本書を2011年の最優秀マーケティングブックに選んだ理由も、ジェフ・ベゾスが推奨したのも、おそらくはその「実用性」にあるのではないかと思う。
特に、データ量が膨大でない限り、基本的な管理はエクセルでできるということを示し、本文中に示されたモノについては、英語のウェブサイトからワークシート(テンプレートファイル)をダウンロードできる(英語版のみ)。
知っておくべき15の指標
本書で採り上げられている指標は次の15種類である。
1) ブランド認知率
・商品やサービスの想起
2) 試乗(お試し)
・購入前の顧客によるお試し使用
3) 解約(離反)率
・既存顧客の中で、商品やサービスの購買を中止する人の割合(年単位が主)
4) 顧客満足度(CSAT: Customer Satisfaction)
・「友人や同僚に、この商品を勧めたいと思いますか?」と訊ねる。顧客満足度
5) オファー応諾率
・マーケティング上のオファーに応じる顧客の比率
6) 利益
・売上高-費用
7) 正味現在価値(NPV: Net Present Value)
・PV(現在価値)-費用
・・将来の利益は現在の利益よりも価値が低いと想定する。
価値の時間変化を反映
8) 内部収益率(IRR: Internal Rate of Return)
・キャンペーン施策を実施する場合の投資利回り(複利)
9) 投資回収期間
・マーケティング施策でかかる投資額分を、施策による利益から回収するのに必要な期間
10) 顧客生涯価値(CLTV: Customer Lifetime Value)
・顧客が生涯にわたってもたらす価値
11) クリック単価(CPC: Cost Per Click)
・リスティング広告またはディスプレイ広告のクリック単価
12) トランザクションコンバージョン率(TCR: Transaction Conversion Rate)
・広告をクリックしてウェブサイトに遷移したユーザーが商品を購入した割合
13) 広告費用対効果 (ROAS: Return on Ad Dollars Spent)-原文ではROA
・収益÷費用
14) 直帰率
・滞在5秒以内で離脱してしまうユーザーの割合
15) 口コミ増幅係数(WOM: Word of Mouth ソーシャルメディア・リーチ)
・(ダイレクトクリックの数+友人へのシェアから発生したクリックの数)÷(ダイレクトクリックの数)
注目することがあるとすれば、最も気にすることが多い「売上」が指標にないことだろう。その理由について著者は、次のように述べている。「売上高とは通り過ぎた過去に起こったことを記録する指標だからだ」とし、売上につながる先行指標をいくつか取り込んでいる。
本書が実際的な理由の1つは、なんでもかんでも「費用対効果を示してくれ」という乱暴なリクエストに対して、示せるものと示せないものを明確に区別していることである。
すなわち、認知向上や、比較検討・評価促進や、ロイヤルティの向上を目指したマーケティングの管理指標である上記1)~5)の非財務系指標では、投資回収はわからないのである。
逆に、6)~9)の財務系指標は費用対効果が示せる。総合的なリターンであるマーケティング投資収益率(ROMI: Return on Marketing Investment)は、7)正味現在価値、8)内部収益率、9)投資回収期間の3つを組み合わせて計算する。この3つの指標は、マーケティングに投じた金額を、ファイナンスで使われる評価と同様に、一定の期間(年単位)の中で捉えて評価するところに意味があり、マーケターには若干馴染みが薄いかも知れない(例えば、NPVとは、各期において収入から支出を差し引いた利益を、お金の価値を反映させるために割り引き、足し上げたものである)。
しかし、ROMIこそがマーケティングの意思決定を適切に行える指標である、ということがこの本の主張の1つでもあって、それは実際どう行うのかを具体的にステップバイステップで解説している。大まかな枠組は次の図に示されたとおりである。
これらの指標によって、マーケティングを管理すると同時に、分析方法については、第9章で傾向分析モデル、アソシエーション分析、決定木分析などを扱っていて参考になる。
10)の顧客生涯価値(CLTV)については、「将来にわたって顧客が自社にもたらす価値を表す、非常に重要な指標」とし、1章分(第6章)をこれに充てている。
11)~15)については、「インターネット・マーケター必須の5指標」として採り上げられている。「PDCA」というデータ・ドリブンを前提としたフレームワークが普及している今、「インターネット・マーケター」というコトバに時代を感じる。
同様に、第8章のアジャイルマーケティングは、リアルタイムマーケティングがより具体化し始めた今となっては若干古い感じがするし、第10章のデータ・ドリブン・マーケティングに必要なITインフラも、より新しい情報に基づいた別の資料を参考にすべきだろう。
いずれにせよ、データ・ドリブン・マーケティングはいつでも始められる。その時の基本的な方法を体得するのに、本書を一読する価値があると思う。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |