『プラットフォームの教科書 超速成長ネットワーク効果の基本と応用』
発行日:2017/5/29
著者:根来龍之
発行:日経BP社
文:大下文輔
プラットフォームとは何だろう
2010年代になってプラットフォーム、あるいはプラットフォーマーというコトバを見聞きする機会が格段に増えたように思う。そのことは、プラットフォームのビジネスにおける存在感が年々高まっていることを示唆する。だが、あらたまって「プラットフォームって何?」とたずねられたら答えられるだろうか?そして、プラットフォームについて知ることの意味は何だろう?それが本書をひもとく動機となった。
プラットフォームというコトバから連想されるのは巨大企業の営むビジネスやシステムである。PCやスマートフォンのOS、インテルやAMDといったチップや、PSシリーズ、Xboxなどのゲーム機などが古くからプラットフォームとして知られていたが、ここにきて、DMP(Data Management Platform)やDSP(Demand-Side Platform)など、デジタルマーケティング関連の用語に“Platform”が入り込み、YouTube、FacebookやInstagramといったSNSなどのサービスもプラットフォームとして認知されるようになった。
プラットフォームの事例が拡大するにつれ、プラットフォームとは何かということは、一般にわかりにくくなってきている。Wikipediaでプラットフォームを参照してみると、ビジネスにおけるプラットフォームとは何か、は説明されておらず、曖昧さが残ったままだ。そして、本書『プラットフォームの教科書』の50-51ページに例示されているプラットフォームは14のカテゴリー、38例にも上る。
本書では、プラットフォームに以下のような暫定的な定義を与えている。
「プラットフォームというのは、お客さんに価値を提供する製品群の土台になるもの」。
つまり、「他のプレイヤー(企業、消費者など)が提供する製品・サービス・情報と一体になって、初めて価値を持つ製品・サービス」を意味する。(P17)
だが、ビジネスパーソンにとって重要なことは、定義そのものではなく、打ち手のヒントを得ることである。著者がもくろむ本書の目的は、プラットフォームという考え方を自分のビジネスの戦略的視点の1つとして加えられるかどうかを考えることにある。
著者によればプラットフォームの特徴は
・急速に成長することができる
・1人勝ち(WTA – Winner Takes All)することがある
・1人勝ちが突然くつがえされることがある
の3点であり、本書はその成立メカニズムや成功原理や、後発企業の挑戦の仕方などについて論じている。忙しいビジネスパーソンがプラットフォームについてのまとまった知識を得るための本としては3時間で読める内容、わかりやすさなどの点で絶妙であり、少し立ち入った議論(例えばハーバード・ビジネスレビューの特集)を理解する上でも十分な予習になる。
今年の冬には、Amazon、Alibaba、Apple、Google、LINE、Samsungといった主要なスマートスピーカーのプレイヤーが出そろう。スマートスピーカーによるビジネスは、プラットフォームビジネスの典型であり、それらの動向は、時代の「次」を見通すことに他ならない。その意味でも本書を一読する意義は大きい。
本書の構成
本書は3部構成になっている。パート1はプラットフォームの基本、パート2はプラットフォームの広がり、パート3はプラットフォームの戦略と題されている。
パート1の「基本」では、プラットフォームで今何が起きており一般的なビジネスとどこが違うのか、プラットフォームの特徴としてのレイヤー構造、成長を加速する経済原理であるネットワーク効果、任天堂のゲーム機とスマートフォンにまたがる戦略を題材にしたクロスプラットフォーム戦略、フィーチャーフォンからスマートフォンへの移行を梃子にしたLINEのデバイス転換による成長についての解説からなっている。
パート2の「広がり」では、プラットフォームが経済に与える影響やその様相について論じている。スマートフォンの普及によってアマチュアがビジネスに参戦できるようになったシェアリング、IOTによってあらゆる産業にプラットフォームが出現できるようになったこと、ソフトバンクのアーム(ARM)買収を事例にしたWTA(ひとり勝ち)への布石、自動車産業がレイヤー構造化へと向かうプロフィットプールが論じられている。
パート3の「戦略」では、プラットフォームか従来型のバリューチェーンかどちらの戦略を採るべきかのチキンエッグ問題を含むエコシステムのマネジメント、プラットフォームの不確実性につながる攪乱(かくらん)要因の解説、攪乱(かくらん)要因の1つであるマルチホーミングを宿泊予約とグルメサイトの後発組の追い上げを例とした議論、WTAによって強大化したライバルに対する5つの対抗策による追随と逆転、対抗策の1つであるプラットフォーム包囲をマイクロソフトの事例によっての説明など、プラットフォームの特徴を活かした、次につながる企業の戦い方を論じている。
上記の3つのパートに加え、補則解説として、2016年に話題となったDeNAのまとめサイト問題などを含む、ビジネスのグレーゾーン(価値と法律の2要因がある)について、補則解説を加えている。
プラットフォームについて知る意味
プラットフォーマーは巨大企業がその地位につくことが多く、多くのマーケターにとって、プラットフォーム提供側として仕事をする可能性は高いとは言えない。けれども、プラットフォームビジネスにはさまざまなビジネスのダイナミクスがからんでおり、本書はそれに関わる要素を含めた個別の解説がきちんとなされているので、あらゆるビジネスパーソンにとって役立つ知恵が込められている。マーケティングの基本である、誰に何を訴え、どのように消費者の意識や行動に変容をもたらすか、といったことへのヒントブックとしても利用できるということである。
ここでは、パート3に書かれたエコシステムのマネジメントにおいて語られている攪乱(かくらん)要因を例にとってみよう。プラットフォームの勝者が必ずしもWTA(ひとり勝ち)になるわけではない。それには、マルチホーミング、スイッチングコスト、市場の成長、デバイスなどの転換(例えばオンプレミスからクラウドへ)、政府の規制(例えば独禁法の適用や行政指導)などがある。
うち、マルチホーミングは、複数のプラットフォームをユーザーが使うということである。例えば、ぐるなびと食べログなどの2つのグルメサイト(プラットフォーム)のうち、この2つを使うことがマルチホーミングである。同じマルチホーミングでも、iOSとAndroidの2つを利用する場合は、ハードウェアや通信料金など多くのコストが増大するため、大規模なマルチホーミングが起こりにくいが、ECサイトなど(例えばAmazonと楽天)などのマルチホーミングのコストは、最初の登録の手間に集中しているため、マルチホーミングが起こりやすい。本書ではマルチホーミングを利用して食べログが先行していたぐるなびをどのように追いかけ、逆転していったかについて詳しく書かれているが、口コミ投稿の質と数の追求による閲覧者の増加を、サイド内ネットワーク効果という視点で解説している。このことを範として、サイド内ネットワーク効果をどう作っていくか、などを自社のサービスにどう応用するか、といった思考実験を繰り返すことで、マーケターの日々のビジネスに活かすことが可能になる。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |