『ポジショニング戦略 [新版]』
発行日:2008/4/14
著者:アル・ライズ、ジャック・トラウト
翻訳:川上純子
発行:海と月社
文:大下文輔
古典的で基本的な「ポジショニング」の概念
「ポジショニング」はビジネスパーソンなら誰でも知っているコトバの1つだろう。マーケティングのイロハともいうべきSTPのPとしても知られている。市場をセグメント(S)し、ターゲット(T)を絞り込み、消費者の心の中に商品を位置づける(P:ポジション)、というマーケティングプランの一翼を担うものである。
ポジショニングというコトバは、1969年にライズとトラウトがIndustrial Marketingの記事で使い、1972年にAdvertising Ageに連載されたコラムの基盤をなすものとなった(ポジショニング以前、彼らは“The Rock”と呼んでいたそうだ)。その後、1981年に2人の共著で本書『ポジショニング戦略』がアメリカで初めて出版された。
それから30年以上を経た今でもなお、読む価値を維持し続けているのは、ポジショニングという概念および手法の生まれた背景が、現在マーケターが時代認識として持っている「情報過多」をどのようにしてコミュニケーションによって克服するかという課題が一致しているからだと思う。序文に、次のようなくだりがある。
私たちは今、人類史上初の情報社会に生きている。発信される情報もコミュニケーション手段も年々増える一方だ。しかし、それらはうまく機能していない。問題なのは、コミュニケーションに費やす時間でも量でもない。「どのように」コミュニケーションをとるか、なのである。(p.10)
最初のまとまった発表の場がAdvertising Ageだったことが象徴するように、ポジショニングはコミュニケーションの理論である。ポジショニングの基本手法は、「消費者の頭の中に既にあるイメージを操作し、それを商品に結びつける」というものだ。情報社会で成功するためには現実に即していなければならず、「現実=リアリティ」とは「消費者の頭の中に既にあるもの」だ、という理由による。
コミュニケーションの原則が詰まった、ポジショニングの考え方
ポジショニングがなぜ革命的だったかというと、徹底した消費者中心(Consumer Centric)の考え方にあるのではないだろうか。消費者を「取捨選択する人」と捉え、発信する側ではなく受信する側(消費者)に焦点を当てて、彼らがメッセージを「どう」受け取るかに集中する。受信する側の前提は次のように記されている。
人は、とてつもない量の情報が押し寄せると、本能的にそれらの情報を払いのけ拒絶する。一般に、頭脳は、過去に得た知識や経験に合致するものしか受けつけない。(p.16)
「情報渋滞」と同時に、「メディアの爆発的増加」や「商品の爆発的増加」も当時の認識と現在の状況が一致している。その状況下では、これが言いたい、ではなく「これなら受け取ってもらえる」、そして「頭の中に届いて、定着する」とポイントを探す。ポジショニングのポイントはそこにある。したがって、メッセージは極力シンプルでなければならず、曖昧さは許されない。
「消費者の頭の中」にポジションを築くためには、競合をどう設定し戦うかを考えることもまた重要になってくる。
本書で紹介されている例の1つとして、1972年にとある醸造所が売り出した史上初の「辛口ホワイトウィスキー」がある。辛口ホワイトウィスキーはそれまで発売されたことがない、という消費者の頭の中にはいるべき「穴」が見つかり、ホワイトウィスキーというカテゴリーが創成できるとその醸造所では期待したが、発売後2年を待たず、それは販売中止に追い込まれた。「辛口のホワイトウィスキーなら、もう4種類ある」、すなわち、ジン、ウォッカ、ラム、テキーラが消費者の頭の中ですでに「同類」として競合していることを見落としていたのである。
こうしたことから、調査を含む人間(消費者)に対する洞察を重視するという点が、ポジショニングが現在に通用する手法の見逃せない点である。本書『ポジショニング戦略』は、ポジションする対象としての消費者観察から得られた知恵が到るところにちりばめられていて、それが本書を読み進める楽しみの1つになっている。
ポジショニングの一環としてのネーミング
ポジショニング理論は、ネーミングのパワーを最大限に利用しようとする。「カリブ海のホッグ島も、パラダイス島と改名するまでは誰も知らない島だった」というように、名前は、消費者の頭の中にある商品のはしごにブランドの看板をひっかけるフックである、というのが著者らの主張である。
したがって、何気なくつけられた無意味な名前では、消費者の頭の中に切り込むことはできず、ポジショニングを優位に進められる名前を追求すべきであると説く。それは、消費者に何がその最大のメリットかが伝わる名前である。ネーミングの良し悪しについて、数多くの例を示して論じている。ネーミングを通じて、消費者の心に入り込むとはどういうことか、ということがこうした例によって伝わってくる。
これは2017年の今日まで同じことが言えるのだが、「マーガリン」は「バターのまがい物」と思われてしまう。ピーナツ・バターと同じように原材料を示す「ソイ(大豆)・バター」がよい、というのが著者らの提案だ。
コーン・スターチから抽出した甘味料を、グルコース、コーン・シロップ、ブドウ糖果糖液糖などと呼ばれていた商品名を、コーンプロダクツというコーン・シロップの大手サプライヤーが「コーンシュガー」と名付けたことにより、さとうきびやビートと同じ土俵にコーンを置くことができた、などである。
ポジショニングは長期的な処方
再々主張されていることの1つは、ポジショニングは極めてシンプルな表現で、当たり前に思えるようなこと、ともすれば見過ごされてしまいがちなことを、長期的な資産として捉えていくという視点である。
確立されたポジションが、安易なラインエクステンションにより崩れてしまうこともある。著者らは「消費者の頭の中にポジションを築くことは、価値の高い土地を手に入れるのと似ている」と評している。一度手放せば、二度と取り戻せない可能性が高いからだ。
そして、ポジショニングは、ともすれば変更の危機、誘惑に晒される。「変えよう」「変わろう」は環境変化への適応というお題目と共に重視されるが、ポジショニングは累積的なコンセプトであり、ごくわずかな例外を除き変えるべきではない、というのが著者らの強い意見だ。
ところで、本書『ポジショニング戦略』をはじめとする、著者アル・ライズとジャック・トラウトのマーケティング理念をまとめた本『競争としてのマーケティング』(著者はライズ/トラウトによる『実践ボトムアップ・マーケティング戦略』の翻訳に携わった丸山謙治氏)が2016年の11月に出版された。『ポジショニング戦略』(を含むライズ/トラウト本)を読んだあとで、おさらいとしてこの本を読むと、よく頭に入ってくる。本書を読みながら、より新しい事例として思いついたものを、丸山氏のこちらの本で確認したりするのも楽しい。また、「顧客志向でなく競争志向で」という主張を自分なりにどう解釈するのかを考えながら読んでみるのはどうだろう。
さらには、『手書きの戦略論』の7つの戦略論の1つとして解説された「ポジショニング論」を読めば、ポジショニングをより客観的に捉えられ、理解を深めることができる。
記事執筆者プロフィール
|
|
株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |