『ブランディング 7つの原則【改訂版】 成長企業の世界標準ノウハウ』
発行日:2017/7/19
編著者:インターブランドジャパン
発行:日本経済新聞社
文:大下文輔
ブランド価値は金額換算できる
「ブランドがなぜ重要かわからない」という人に対する1つの説明は、ブランドは無形資産として実際にお金に換算してみることもでき、その金額は無視できないほど大きい、というものだ。ブランドが金額で評価できることは、その時点での競合との比較が可能だし、以前のブランド価値に比べて増えたか減ったかの比較もできるということでもある。
本書『ブランディング 7つの原則』は、ニューヨークに本拠を置くインターブランド(Interbrand)の日本法人の社員らによって書かれている。インターブランドは毎年主要な企業のブランド価値を金額換算し、ランキングしたものを発表しており、ブランドバリュエーションのエキスパート企業として知られるとともに、企業のブランディング支援を行っている。
本書は日本の企業の経営層や実務家を対象として、ブランドの本質とは何か、ブランディングはどのように進めていくのかについて書かれた、ブランディングの教科書である。
インターブランド自身の過去のブランドプロポジション(ブランドのあるべき姿をステートメント化したもの)は“Creating and managing brand value”であったが、2016年に”Together, we grow brands and businesses”に変更された。
本書は、古い方のプロポジションに則った言わば基礎編であるが、それは日本企業のブランド理解が、欧米企業に比べて、まだ遍(あまね)く浸透していないレベルであることを反映していると言えるかもしれない。
本書が日本のメンバーによって書かれていることで、日本企業の特性やブランディングの状況について配慮されている点が、翻訳された他のブランディング関連書籍よりも優れた点だ。
ブランディングのフレームワーク
本書は10章から成る。
第1章は「ブランディングとは何か」と題し、ブランディングの重要性と定義、実行上の課題について述べている。
第2章ではインターブランドのブランド価値評価(Valuation)の考え方と手法について大まかに語っている。
第3章で、ブランド価値最大化のフレームワークについて述べている。ここでは「ブランディングをいかに行うか」について、その全体像について語られる。デジタルマーケティングの現場でおなじみのPDCAサイクルと同じような考え方である。
ブランド構築(P)をし、それに則ったビジネスの実施(D)の結果について、効果測定(C)を行い、それに基づいた対応(A)を行うという感じで、7つのステップ(本書では原則―Principle-と呼んでいる)がひとまとまりになっている。

出典:『ブランディング 7つの原則【改訂版】』
インターブランドジャパン(編著)、日本経済新聞出版社発行
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第4章から第10章は7つのステップまたは原則(Principle)について、それぞれ1章を割いて説明されている。
それらを簡潔に記す。最初の3つのPrincipleは、4つ目のブランドプロポジション設定の下準備になる。まず、ブランドオーナー(ブランドを所有する企業の総体または代表)が、そのブランドについて、誰を相手に、どうしたいのか、を特定する(Principle1 オーナーの意思)。
同時に、そのブランド持つ顧客のアンメットニーズ(まだ満たされていない、あるいは気づかれない顧客のニーズ)を洞察する(Principle2 顧客インサイト)。
更に、競合との差別化ポイントを明確化し、ブランドのポジショニングを行い、ブランドパーソナリティを設定する(Principle3 競合との差別化)。(以上第4章から第6章)。
以上の事柄を、ブランドプロポジションへと集約する(Principle4 ブランドのよりどころとなる中核概念)。ブランドプロポジションとは、先述のようにブランドの「目指す姿」を短くステートメント化したもので、企業のブランド活動の基準となり得るものである。本書では日本語の場合30文字に納めることを推奨している。「ブランドコンセプト」、「ブランドアイデンティティ」「ブランドプロミス」などと呼ばれることもある。(第7章)
ブランドプロポジションに基づいて、具体的な表現について語ったのが第8章である(Principle5 ブランドプロポジションを体現する仕組み)。ブランド表現に「らしさ」を感じさせるクリエイティブ開発。とブランドの規定書の作成について述べられている。
続く第9章では、ブランドを通じた企業内のあらゆる活動に一貫性を与えるよう、アドバイスがなされている(Principle6 ブランドの社内浸透と社外コミュニケーション)。
そして、最後の第10章では、ブランドの効果測定について述べている(Principle7 効果測定と新たなサイクルへ)。ここで再びブランド価値評価(Valuation)について、より詳しい方法の解説が行われ、その過程で測定される指標を使ったブランディングの効果測定法について述べている。
これらのフレームワークは、「サイエンスによる意味的価値づくり」と類似していることに気づく。ブランディングは、「意味的価値づくり」と本質的に同根である。
独自のブランド価値策定と効果指標
第4章から第9章は、ブランドの教科書としては一般的な内容と言うべきものであり、他の教科書を読んでも知識としては大きく変わらない。
第10章のブランド価値の策定方法は、同社ウェブサイトに記載されているよりもかなり詳しく(もっとも、それを読んだからといって、インターブランドと同等のバリュエーションが行えるわけではない)、それらが、本書独自の内容である。
ブランド価値評価のもととなる、財務分析、ブランド役割分析、ブランド強度分析ののうち、ブランドの強度分析は、そのままブランディングの結果としての効果測定指標として使え、フィードバックの仕組みとして援用できるものである。
強度分析の指標(BSS:Brand Strength Scores)は10あり、それぞれの概要と評価クライテリア、評価が高いブランドの例について書かれている。それらは、
- 概念明瞭度(Clarity)
- 関与浸透度(Commitment)
- 統治管理度(Governance)
- 変化対応度(Responsiveness)
- 信頼確実度(Authenticity)
- 要求充足度(Relevance)
- 差別特有度(Differentiation)
- 体験一貫度(Consistency)
- 存在影響度(Presence)
- 共感共創度(Engagement)
である。
詳細は本書に譲るが、これらのうちどの指標を重要視する(KPIとして設定することも含め)ことを含め、定期的な測定によってブランド管理ができるというのが、著者らの主張である。
最近のデジタルを含むマーケティング課題の1つは、内製化である。本書にはしばしば「広告会社に丸投げするな」と書かれているが、それと同様に「ブランディング専門会社に丸投げするな」とも言えるだろう。ブランディングを含む、経営に直結するマーケティング活動は、基本的なディレクションはできる限り主体となる企業が主管し、得意領域に応じて設定したパートナー企業の専門性を生かしながら、関係各社が同じボートに乗るように調整することが、生産性向上の鍵になると思われる。このことについては、機会を改めて論じたい。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |