『デジタルマーケティングの教科書』
発行日:2017/9/15
著者:牧田 幸裕
発行:東洋経済新報社
文:椎葉 宏
本書の著者である牧田幸裕氏は、序章で、われわれを近未来へと連れて行く。
そこでは、デジタルテクノロジーが実現するであろう近未来と消費者の購買行動が、「20XX年のコンビニエンスストア」、「20XX年のアパレルショップ」、「20XX年のデジタルサイネージ」、「完全自動運転がもたらす20XX年のマーケティング」として示されている。
最初に近未来の状況を読者と共有することで、この書籍では、近未来においても意味のある「デジタルマーケティング」の定義をし、使えるフレームワークを示すのだ、という宣言にもなっている。
第1章でなされる本書での「デジタルマーケティング」の定義はこうだ。
「デジタルマーケティングとは、データドリブンでターゲット消費者へ製品やサービスを認知させ、消費者の購買前行動に基づいて興味・関心・欲求を醸成し、購買データを取得する。購買データと購買後の消費者の評価データをもとに製品開発、サービス開発への示唆を得る。これらのデータを、ECチャネルとリアル店舗から取得し、同時に、消費者に最適な購買体験を提供する、一連の活動をいう。これらの活動の目標は、消費者との関係性を深め、最終的に消費者のエージェント(代理人)になることである。」(35ページ)

出典:『デジタルマーケティングの教科書 5つの進化とフレームワーク』
牧田 幸裕(著)、東洋経済新報社(発行)
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やや長い定義ではあるが、混沌(こんとん)としている現在のデジタルマーケティングの定義(著者は3つに類型化しそれぞれを批評している)を退け、近未来にも通用する定義を考えるとこうなるということが、この章で示される。
「デジタルマーケティング」と言う際には、多くの人は、「マーケティング」全体の一部分、または、ある角度から見たものということを想像すると思うのだが、驚くべきことに、本書では、「デジタルマーケティング」をマーケティングの一部や切り口ではなく、従来型マーケティングを「包含し上書きする」ものであるとしている。

出典:『デジタルマーケティングの教科書 5つの進化とフレームワーク』
牧田 幸裕(著)、東洋経済新報社(発行)
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本書でも示されている通り、「マーケティング」の定義(全米マーケティング協会)は時代に合わせて変化してきており、近未来の状況を念頭に置くと、今まさに「マーケティング」のバージョンを上げる必要があるのではないかという問題提起だと捉えることができよう。
第2章では「従来型のマーケティング」、換言すれば「MBAマーケティング」の戦略策定プロセスが解説されている。第1章で示されたように、デジタルマーケティングを従来型マーケティングの拡張であるとする場合、従来型マーケティングは「デジタルマーケティングの基礎であり土台である」からだ。
従来型マーケティングの「環境分析」、「戦略立案」、「戦略実行」、「戦略管理」の4つのプロセスについて、コンパクトに解説されており、全体像をつかむと共に、その限界についても理解することができるだろう。
第3章では、従来型マーケティングの限界を超えるために何が必要か、どの部分をどのように進化させるべきかが述べられている。
- 未来を定義することから行う環境分析(FOA:フューチャー・オリエンテッド・アナリシス)
- AISAS(電通)、ZMOT(Google)で理解する消費者購買行動
- 「全体から細分化」するのではなく「個からの形成」で考えるセグメンテーション
- シングルチャネルからオムニチャネルへのチャネルの進化
- 「マス」での企業都合のプロモーションから「One to One」での消費者都合のプロモーションへの変化
について詳述されており、この本の核となっている。
第4章では、マーケティングの環境変化を4つのステージ(時代)に分け、それぞれの時代の特徴、マーケティングに求められる役割の変化、そして、キープレーヤーの変遷についてまとめられている。

出典:『デジタルマーケティングの教科書 5つの進化とフレームワーク』
牧田 幸裕(著)、東洋経済新報社(発行)
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ここ数年、デジタルエージェンシーのランキング上位を、なぜアクセンチュアやIBMが占めているのか、さらに今後どのようなプレーヤーが台頭してくることが予想されるかについて、理解を深めることができる。
第5章では、デジタルマーケティングの実践のために、リーダーやメンバーに求められる能力を説明している。
デジタルマーケティングの担当領域は、第1章での定義からもわかる通り広範になる。そうなると当然リーダーであるCMOの役割も広がって、実質的にCOOの役割と変わらなくなるという。デジタルマーケティングのリーダーに求められるのは、複数部門を束ねる「連携力」、ベクトルを合致させる「統合力」、未来を語る「構想力」としている。
「デジタルマーケティング」の「デジタル」の部分は「マーケティング」の部分よりも仕事の難易度が高く、企業活動に与えるインパクトが大きいため、従来のCMOがCIOの領域に進出するよりもCIOがCMOを兼任する方がよいのではないかと提言されている部分などは考えさせられる。
そして、デジタルマーケティングの担当者に求められるものとして、
- 未来を予想し、環境変化を考える力
- 消費者理解を主導できる「仮説検証力」
- サプライチェーンやロジスティックを理解できる力
- プロモーションを融合し、デザインできる力
- プロトコルを合わせるコミュニケーション力
が挙げられているのだが、そのどの一つを取っても、そう簡単なものではない。
担当者は相当の危機感を持ち、上記の力を身に付けるべく日々勉強する必要があるだろう。
ただし、そのことは著者も重々承知しているようで、救いの手が差し伸べられており、巻末に付録「デジタルマーケティングの勉強法」が付いている。これを指針とすれば前に進むことができそうだ。
そして、身に付けた知識を「使いこなせる」ようになるには、時々立ち止まって全体像を把握し、各論の関係を整理する必要が出てくるが、その際にはまた本書が役立つだろう。
本書『デジタルマーケティングの教科書 5つの進化とフレームワーク』は、われわれを近未来へと連れて行ってくれる本であると同時に、近未来に持って行くべき本でもある。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ 代表取締役 椎葉 宏(Hiroshi Shiiba) 京都大学経済学部卒業後、アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、ネットエイジ(現ユナイテッド)事業開発担当執行役員を経て、2000年11月にアルトビジョン(2012年に3社統合し、現チーターデジタル)を設立。アルトビジョンでは、各業界トップレベルの企業のメールマーケティングを、戦略、クリエイティブ、オペレーション、システムの各面から支援。2013年4月より、スペースシップにおいてデジタルマーケティングの戦略立案から実行支援までを行っている。 |