急いでデジタルクリエイティブの本当の話をします。
発行日:2017/7/1
著者:小霜和也
発行:宣伝会議

文:大下文輔

広告世界の分断

本書のプロローグに、「デジタルを利用したコミュニケーションでうまくいっていないのは、仕組みはよくできているけどクリエイティブがダメ、あるいはクリエイティブはちゃんとできているのに仕組みがダメ、のどちらかだと言い切って構わないでしょう」 とある。それを聞いて、自信たっぷりにそうだそうだと頷けない人のために書かれたのが本書だ。
これからの広告(つまりはデジタルをひっくるめた広告コミュニケーション)において、クリエイティブの良し悪し、効果的かどうかを見極めるには仕組みを理解する必要がある。同時に、メディア特性や広告効果測定などの仕組みが良くわかっているだけでも、広告クリエイティブの良し悪しは判断できない。
残念なことに、仕組み(運用)とクリエイティブ(制作)、は担当する会社や組織が別になっていて、背景となる文化の違いやメディアに対する考え方や取組の違いなどから、分断されていて、その両方に通じ、俯瞰(ふかん)できる人が極めて少ない。

EC、つまりダイレクトマーケティング系のビジネスはインターネットの相性が良く、いかに効率的にモノを売るかに集中して、ノウハウを貯めている。こちらは、BTL(Below the Line)と呼ばれる販促プロモーションで、いわゆるマス広告のクリエイティブとは違う作法があり、大手広告会社のクリエイターの苦手とする、またはやりたがらない人が多い分野だ。Web が「刈り取りメディア」という認識は、ダイレクトにモノが売りやすい、という特性とあいまっていつの間にか広がり、アクセスデータの分析やA/Bテストなどの手軽な実証実験によって、費用対効果などの効率追求に拍車がかかった。

だが、ここ数年の間に、動画がどんどん幅をきかせるようになると、(なんとなく)チラシの延長のような感覚だけでは立ちゆかなくなった。コンバージョン命、から潜在ユーザーの発見育成などさまざまに役割が拡がって、動画と共に急展開をみせ、クオリティの高いクリエイターの人材不足という事態を招いている。デジタルクリエイティブの話を「急ぐ」のは、そうした人材不足に対し、マス系広告のクリエイターの力を、デジタルに活かすことへの期待が込められている、ということだろう。

著者の小霜和也氏は、2015年にVAIOという商材で、広告コミュニケーションを、動画を活用しつつWebでのみ行い、ビジネスの成功に導いた。WebCM、すなわちWeb向けに制作した動画によるCMという概念は、それによって確立した。WebCMというネーミングには、テレビCMのように、それなりの費用と気合い、覚悟とクリエイティブアイデアが必要だというニュアンスが込められていて、マス広告のクリエイターを誘引しやすい。

メディアの特性変化と仕組みを踏まえたクリエイティブのあり方

本書は8章から成る。
第1章はVAIOの仕事を例にして、WebCMでの「仕組み×クリエイティブ」について解説している。
第2章は「デジタル史の簡単なおさらい」である。パソコンの登場から現在までの、デジタルメディアとしてのインターネットの進化を中心とした歴史と、広告テクノロジーにまつわる用語、技術の解説が記されている。仕組みや用語が良くわかっている人でも、ここを読むことで、テクノロジーが苦手な人にどう抵抗なく説明するか、の勉強になる。例のわかりやすいニュース解説のおじさんが、デジタルについて語っているようだ。
そして第3章は、デジタルの各種メディアの特性に応じて、ブランドの大きさを中心として、どのように使い分けるか、について指南している。例えば、「漁にたとえれば、Web広告は一本釣りで『この魚を釣りたい』に向いていて、テレビCMは投網のようなもので『どんな魚でも獲りたい』という時に圧倒的に効率いい」 といった具合だ。
以上第3章までがメディアの特性や仕組みについてのおさらいの部分である。

第4章は、デジタル広告クリエイティブの概論である。デジタルも含め、認知から購買までをメディア「すべてを横つながりで考える」 総力戦として捉える、などコミュニケーション構造や、フレーム、音や画など比較的大きな視点で語っている。
第5章は、WebCMのハウツーについて、事例をふんだんに折り込みながら惜しみなく披瀝している。この章は、著者でしか書けない実践的な知識にあふれたもので、現場でクリエイティブに取り組んでいる人には特に参考になるだろう。
第6章は、今後普及するであろう、CMの舞台となりそうなテクノロジーについて解説している。映像は「見るもの」から「体験するもの」という洞察に基づいて、VR、AR、MR、SR、360度動画などについて説明している。

マス系クリエイターの力がWebCMで力を発揮できる理由

ここまで読み進めて感じるのは、マス系のクリエイターが持つ確かな強みについてだ。彼らは大きな予算でCMを作り、相応の責任を負って、出稿ギリギリまで考え抜く習慣を持っている。そして、広告の本質である「どうしたら人は動くか」という点について、観察にもとづいた、深い洞察がある。本書は、ハウツーなども含めて、消費者はどのように反応するかについて、なるほどと思えるようなインサイトがちりばめられている。そして、クラッターの中でしっかりと印象に残るようなアイデアを数多く打ち出せるよう訓練されている。メディアの変化や多様化、購買の仕組みなどに追随できれば、彼らの能力はデジタルでも花開くことだろう。

個人レベルでは解決できない「本当の話」

さて、第5章ぐらいまで読み進めて気になるのは、タイトルに含まれている「本当の話」とは何だろう、ということだ。
第6章にそれが語られている。本稿冒頭で述べた、マス系とWeb系の分断(制作と運用の分断や、定性的と定量的の対立、はたまた文系アタマと理系アタマの対立などとも言える)以外に、Web広告制作費用(フィー)のレベルの低さや、クライアント内で宣伝部とデジタルマーケティング部と並立などの問題が詳しく述べられている。
経営の中心に(デジタル)マーケティングを据えるべき、という見解が広まりつつある中にあって、広告コミュニケーションも、それに呼応すべく、経営課題を踏まえた形で捉えられるべきである。こうした組織や人事やフィーの体系の話は、現場レベルの話ではなく、経営者の考える課題であろうと思う。その意味で、他の部分は飛ばしたとしても、この章は企業トップを含む経営者の人たちにはぜひよく読んでいただきたい。

誰もが新人、チャンスの宝庫

本書で最もハッとさせられたことは、「デジタルとは、Stock(固定)をFlow(流動)にしていくものだ」ということ。かつて「Web進化論」で永遠のβ版といわれたように、ソフトウェアは常に更新されてゆくし、いろいろなことが休みなく変化する。広告のビジネスモデルも流動化し、コミッション(媒体掲載の取引手数料)システムではうまく回らなくなっていて、さまざまなやり方が模索されている。こうした時代は、絶えざる変化に適応する過程で、日々チャンスが生まれているということでもある。そこに、クリエイティビティの本領発揮ができる土俵が拡がっているとも言える。そして、この「適応する」ということは、クリエイターのみならず、ビジネスに関わるあらゆる人々に求められているものだろう。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。