逆境を「アイデア」に変える企画術 ~崖っぷちからV字回復するための40の公式~
発行日:2017/9/29
著者:河西智彦
発行:宣伝会議

文:大下文輔

逆境という究極の課題

この本の副題にある「崖っぷちからV字回復」で思い浮かぶのは、マクドナルドUSJである。それぞれ、ピンチに立たされていた状況を見事に克服したが、そこにはマーケターの冷静な状況分析と、対応する戦略や熱意などがあったことはすでにお伝えした通りである。
ただ、マクドナルドやUSJの場合は、逆境とは言え、それを克服するための「ヒト、カネ、モノ」が一般のブランドに比べて潤沢であることから、場合によっては身近な題材と思えないかも知れない。しかし、考えて見れば、これらの企業に課せられた「期待」、すなわち、目標売上や来場者数は相応の規模を伴うわけだから、使えるメディアや投下する予算規模は異なるとは言え、構造的には同じはずだ。

本書『逆境を「アイデア」に変える企画術』は、著者であるクリエイティブ・ディレクターでコピーライターの河西智彦氏が、自身の経験をもとに、規模の大きくないものも含めて異なる分野で逆境にあった商品やサービス(ブランドと言ってもよい)の売上を上げながら、中長期的に好調が持続する正のスパイラルを生み出した事例を紹介し、そのために用いたアイデアを公式として一般化したものである。

逆境は、放置しておけば、商品やサービスの死に繋がる。すなわち、市場から消える運命となり、会社の業績に悪影響を及ぼし、さらには会社の存続すらも危険にさらすことにつながる。したがって、マーケターは「撤退」というオプションを取る前に、何らかの策を講じることを迫られる。そこでは売上を上げることが至上命題である。逆境とは「何が何でも売上を上げなければならない状況」ともいえる。

河西氏は博報堂に籍を置く、現役のクリエーターである。本書で示されているもっとも重要なポイントは、(明示はされていないが)「広告クリエーターもマーケティングチームの一員である」ことであり、さらにはマーケターの役割も担うべきだ、ということである。
繰り返し唱えられているのは、「広告の最終目的は売上げを増やすこと」という命題である。これは、何も新しい主張ではない。広告界のレジェンド、デイヴィッド・オグルヴィが、その著書『「売る」広告』(原題はOgilvy On Advertising)で、「販売に役立たない広告は、クリエイティブでない」と言い切っている。ちなみに、オグルヴィも優れたコピーライターであった。

制約を楽しむ

売上はすべてのビジネスパーソンにとっての課題である。本書は「売上げを増やすため」にどうすべきかということについて、広告クリエーターの立場から書かれているが、公式化されたアイデアを通じて、発想を自分の仕事に応用できるであろうことから、読者対象はビジネスに関わる人すべてである、とも考えられる。実務に即した発想法の本である。

事例として挙げられているのは、大阪にある地域密着型の遊園地で来園者の減少に悩みを抱えていた「ひらかたパーク」、売れずに棚落ち(店頭に置かれなくなること)寸前の状況にあったお菓子「森永製菓のJACK」、少子化の時代に将来的な定員割れが心配された「大阪経済大学」の3つである。

逆境は、多くの場合、「お金がない」という状況をもたらす。これは、逆境にあるなしを問わず、多くの商品・サービスにとって担当者の実感に近いだろう。この本はそれを「アイデア」で乗り切り、成功する様子が書かれていて、読んでいて楽しい。逆境ではお金がないにも関わらず売上増加という結果をすぐに出さないといけない、といった制約が強く働く。

これらの事例に共通するのは、売上を上げるためには「人を動かす」ことが是非とも必要で、「アイデア」とは、それによって(売上を増やす方向に)人が動く企画である。人が動く、ということが意味するのは、「目に留まって、感情を揺さぶられ、その結果、何らかの行動を起こす」という意味である。人を動かすためには、消費者の心の動きを理解することが不可欠であることは言うまでもない。

本書に述べられていることから、発想のプロセスを再整理してみると以下のようになるだろう。

  1. 客観的な立場で状況(商品の強み、競合の状況、制約の状況など)を見つめ、売れない理由を探る
  2. 利益構造、ビジネスサイクルなど、売りにつながるプロセスを整理する
  3. 求められる結果から逆算して、どこを変えたら売りにつながるか、というポイントを見つける
  4. まずは、一切の制約を忘れて、そのポイントで何ができるかを思いつく限り、自由に挙げてみる
  5. そこで見つけたアイデアの核心(人が動くアイデア)を、現実的な制約の下で実現可能にしていくかを探る。あるいはアイデアの実施可能性をチェックする
  6. そのアイデアをどのようなメディアを使い、どのようなタイミングで発信するか、あるいは誰を相手に絞り込むのかなどを考える(コミュニケーションプランニング)

購買行動につなげる「3つのフォルダ」による分類

本書では、ターゲティングに関する記述は少ないので、必要に応じて読者はセグメンテーションについても、(アイデアの切り口の1つとして)押さえておくといいだろう。 ただ、最初に書いてある「3つのフォルダによる分類」は、極めて示唆的で現実に即していると思ったので、ここで紹介しておきたい。それは、売れない理由を把握する「公式1」そのものでもある。著者の考えでは、人は、商品情報や広告に接した瞬間に、その商品やブランドや場所やサービスを、自分の心の中にある3つのフォルダに仕訳するという。

 フォルダ(1):「行かない/買わない/利用しない」フォルダ
フォルダ(2):「行ってもいい/買ってもいい/利用してもいい」フォルダ
フォルダ(3):「行きたい/買いたい/利用したい」フォルダ

出典:『逆境を「アイデア」に変える企画術 ~崖っぷちからV字回復するための40の公式~』 発行日:2017/9/29 著者:河西智彦 発行:宣伝会議
出典:『逆境を「アイデア」に変える企画術 ~崖っぷちからV字回復するための40の公式~』
発行日:2017/9/29 著者:河西智彦 発行:宣伝会議
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どのフォルダに入れるかは、認知の高さとは関係ない。だからよく知られているブランドでもフォルダ(1)に入ることはある。フォルダ間移動は起こりにくく、ひらかたパークは認知が高いけれどもフォルダ(1)にしまい込まれる確率が高かったから、認知の高さがかえって売上増加の制約条件になったという。

逆境を乗り越えるとは、フォルダ(1)に入れている人をフォルダ(2)、そしてフォルダ(3)へと動かすことであり、それを塊(マス)でみると、フォルダ(1)(2)の人数を減らし、フォルダ(3)の人を増やすことでもある。

さて、本書に挙げられている40の公式のうち、デジタルマーケティングに特化して言及されているのは、Web広告について検討されている6つのみである。しかしながら、本書を読めばわかるように、マーケティング(売上を上げるための仕組み作り)で何をすべきかを考えた時に、デジタルのメディアやデータは不可欠である。今はそういう時代であり、マーケティングとデジタルは不可分になっていることが、本書からも理解できる。

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。