『物語と体験』
発行日:2018/4/10
著者:河原大助、望月和人
発行:宣伝会議
文:大下文輔
物語、体験を理解して使いこなす
物語、ストーリー、体験、エクスペリエンスなどは、2010年代になって、耳にタコができるほど聞かされ続けてきたコトバかもしれない。人によってはその重要性を良くわかっているということもあるだろうし、ひょっとするとぼんやりと理解しているというレベルかもしれない。
本書が扱う「物語」も「体験」もマーケティング・コミュニケーションを語る上で欠くことのできない重要な概念であるに相違ない。デジタルマーケティングかどうかはさておき、いやデジタルの時代ならばこそ、避けて通れない要素であることもまた事実である。
「物語とは何か」「体験とは何か」をある程度理解したとして、その先に待ち受ける難問は、それをどうやって自分の仕事に適用するか、という実践の話である。
本書の価値は、「物語」と「体験」のそれぞれについて、マーケティング・コミュニケーションの枠組みの中で整理して理解することと、それをどのように応用するか、という両面から読者をサポートしていることにある。
Think out of the box
河原大助氏と望月和人氏は、ともに広告代理店の東急エージェンシーでさまざまな職種の経験を積んだあと、2014年に同社の中でTOTB(Think Out Of The Boxの頭字語)というクリエイティブチームを作って成果を上げてきた。Think out of the boxは、既成の概念(box)の外に出て考える、つまり「既成の枠組みにとらわれず、創意工夫する」という意味だ。
著者らは、TOTBにおいて、主に「ネオ・プロモーション」と呼ばれる現代のマーケティングを巡る状況に応じた、複合的にメディアや手法を組み合わせるやり方を通じて、物語づくり、体験づくりを実践しており、そのノウハウを開示することで、「どうやったらできるのか?」についてのヒントを提供している。
今のマーケティング・コミュニケーションを取り巻く状況
本書は第1章を物語、第2章を体験に充てた2章からの構成になる。
第1章のはじめでは、まず、「物語」は断片的な情報の積み上げによって築き上げられるものではなく、「物語」によって断片的に意味が与えられる、あるいは「物語」はわれわれが「知ること」そのものだ、という考え方を提示したあと、それが今、どのような状況にあるかを次のように説明する。
まず、今日のマーケティングにおいて、「物語」の担い手は、商品やブランドを持つ企業の一方的な発信では成り立たず、情報の受け手の関与が求められてきていること、そしてマスメディアを使った大量露出による広告を行っても、かつてのように世の中に大きな影響を与えにくくなってきているとしている。
また、マーケティングそのものが観念化・複雑化しており、その変化はスマートフォンの普及とともに急激に変化して来ているという。
そこで、今の状況を再確認するために、マーケティングの変遷をフィリップ・コトラーのマーケティング1.0からマーケティング4.0までの流れを振り返る。
この振り返りはダイジェストとしてわかりやすく、一応のことを知る読者にとっても貴重なまとめになっている。
その流れを大括りにまとめると、マーケティングの主導権や主体者が企業から顧客へ、そして社会へとシフトしていること、そして扱われる「価値」が具体的な機能的価値から情緒的価値へ、そして精神的な価値へとより観念的なものへとシフトしていることがある。
もう1つは、コントロールした情報による一方通行のコミュニケーションによる限界があるとしている。
そして、マーケティング4.0の時代には、オンライン交流とオフライン交流を一体化させ、単に数を打つのではなく、顧客に「感動」に足るような特別な接触が必要だ、ということを導き出している。
この「感動になるような特別な接触」を与えるものが、「体験」なのだと著者は説明する。すなわち、「感動」するような、「体験」を与えることによって行動を生み出し、さらにそれらのプロセスを経ることで、「推奨」につながるような物語を顧客にもたらすことが求められているとし、「物語」と「体験」を関連づけている。
少し乱暴な言い方をすれば、人は「体験」によって動き、「物語」に応じて「推奨」につなげていく、ということになるだろう。
物語とは何か
2014年にタイ・モンタギューが『スーパーストーリーで人を動かす』で、ストーリーには3種類あると説いた。
本や歌や広告などを通じて語られる従来型のストーリー「XXはXXをした」というタイプのものは、フィクションとノンフィクションの2種類に分けられる。
それに加えて「スーパーストーリー」を名付けた第3のストーリーがあるとする。
スーパーストーリーは、「言葉によって語られるのではなく、行動そのものがストーリーになっており、「ストーリーテリング」ではなく「ストーリードゥーイング」である、とした。
著者らはタイ・モンタギューの言う「スーパーストーリー」に近いものとして「物語」を位置づけ、次のように定義する。
“我々が考える「物語」とは、ブランドが顧客や社会といったあらゆるステークホルダーに対して接する、あらゆる接点において実践し行動し、「体験」を生み出すことによって具現化していくものだと考えています。” (p.46)
そして、広告・マーケティングが追求していく物語は、「顧客の視点」「社会の視点」「ブランドの視点」を持っていることが必要である、と主張している。すなわち、「物語」は、顧客、社会、ブランドのどれにとっても意味のあるものでなければならないということだ。
3つの視点を折り込んだ「物語」をどのように作って行くかを、筆者が関わった3つのプロジェクトの実例を通して披瀝している。どれも興味深いが、「テレビ離れの激しい世代である18歳とNHKをつなげる」という課題に挑んだ「ONE OK ROCK 18祭」は、とりわけ面白かった。
広告業界2つの進化と「体験」
第2章の「体験」を語るにあたり、筆者は広告業界における5つの問題点を整理した上で、クレイトン・クリステンセンのイノベーションのジレンマにおける2種類の進化の分類に合わせ、広告業界の進化は次の2点であると指摘している。
- 持続進化:マルチディスプレイ
テレビだけでなく、スマホなどのWeb動画、屋外・交通ビジョン(OOH)へとディスプレイが多様化するため、それを組み合わせた露出により、総リーチを維持するという流れ - 破壊進化:ネオ・プロモーション
マス・非マスの逆転融合。広告の正統進化というよりはSPの進化形。体験型広告の進化形とも言える。
ネオ・プロモーションの中で、「体験」について、筆者は次のように語っている。
“「体験」というと、近年、デジタル分野を中心にした「商売の購買プロセス」と「顧客接点」を「カスタマージャーニー」に当てはめて管理する「エクスペリエンスデザイン」という概念があります。しかし、ネオ・プロモーションにおける「体験」とは、これとは少し違って、もっとシンプルな文字通りの「体験型のプロモーション」という意味です。「商品の購買プロセス」の全てに関するものではなく、「ブランド形成」や「購買喚起」が目的です。”(p.181)
この、ネオ・プロモーションは、予算規模の少ない従来型の非マス媒体のみの販促活動を意味しない。広告の総量によって届く範囲や強度が異なるからだ。
物語と体験の力を駆使するネオ・プロモーション
ネオ・プロモーションは、マルチディスプレイを活用した、プロモーションコンテンツの動画配信と人々の社会関心事項や自己実現など、大きな概念と広告テーマを結びつけて、拡散させることを重視する。
そこにおけるキーワードはタイ・モンタギューの提唱するように「ストーリーテリングからストーリードゥーイングへ」ということに加え、「広告を作るな、社会現象を作れ!」だと著者は言う。
著者はまた、ネオ・プロモーションは「プロモーション」と「デジタル」を中心に、「民主化された体験」「企業の有言実行・行動」をもとにしてブランドストーリーをデザインするものだ、としている。
ネオ・プロモーションの代表例は、ゲータレードの「REPLAY」を始め、著者の関わった「NHK三陸スマイルトレイン」などいくつも紹介されているが、末尾に対談として掲載されている「キットカット」の一連のブランディング施策もその1つだろう。
最後に、著者がメディアプランナーとクリエイターの両方の仕事を通じて得た、データについての思いを述べている部分があるが、大いに共感させられたので、引用しておきたい。
“(私は)データは重要だと思っています。同時にデータを盲信しないことが大事だと思っています。データ化できないことでも、正しいと確信できることはプランに組み込むべきだと思っているのです。一方で、いかに正しいと確信したとしても、やっぱりそれは科学ではないから、クリエイティブ的な曖昧さで煙に巻くような形を取らざるをえない、という歯切れの悪い結論しか今のところ出せていません。”(p217)
記事執筆者プロフィール
|
|
株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |