『マーケティングとは「組織革命」である。 個人も会社も劇的に成長する森岡メソッド』
発行日:2018/5/28
著者:森岡毅
発行:日経BP社
文:大下文輔
システムとしてのマーケティングを論じた書
『確率思考の戦略論』で数学を駆使したマーケティング手法を説いた著者が、約2年を経て、マーケティングの「組織づくり」に切り込んだのが本書である。大きく捉えれば、前著が「マーケティングサイエンス」あるいは「マーケティングメソッド」の本であったのに対して、本書は「マーケティングマネジメント」あるいは「システムとしてのマーケティング」に関する本である。
著者の森岡毅氏は、確率思考の戦略論を出版した時点ではUSJのCMOであったが、USJ再建を果たした後、マーケティング精鋭集団「刀」を立ち上げている。新会社が取り組んでいるのは、企業に持続可能のマーケティング力をつけることであり、その最大のチャレンジは、組織改革にあるという認識がある。そこで、著者がUSJで組織改革をどう実践したかを本書で開示している。想定読者はマーケティング部門の管理職のほか、人事部門の担当者や経営層も含んでいると思われる。
本書は3部構成である。
第1部の『組織に熱を込めろ!「ヒト」の力を生かす組織づくりの本質』こそ、この本の中心であり、「マーケティングドリブン」な組織にすることで会社の成長を促そう、というのが主要な論点だ。
第2部の『社内マーケティングのススメ 「下」から提案を通す魔法のスキル』は、第1部が組織全体を俯瞰(ふかん)しつつ、その活性化を説いたものであるのに対し、組織に生きる1人のマーケターとして自らの提案を通す「メソッド(ノウハウ)」に焦点を当てている。
第3部『成功者の発想に学べ! 起点となって世の中を変えた先駆者たち』は、第一線のマーケターが参考とすべき現役の先輩たちの洞察を引き出すべく、著者自らインタビューを試みたものである。
組織の機能は4つに集約される
本書の中核をなす第1部での著者の主張を、少し詳しく見てみよう。まず、組織というものは「1人1人の能力を引き上げる装置」であり、強い組織なら、例えば60点の人間に90点を取らせることができるように作用するし、そのような組織づくりを目指すべきだ。
組織力=個人技×仕組み、すなわち、組織力は個人技と仕組みの掛け算で表現され、個人技が60点の人間に1.5倍の能力を発揮させるのが仕組み(システム)であると森岡氏は述べている。
個人の能力は、企業や部門(組織)の目的に沿って発揮され評価される。つまり、組織はその目的に応じた一連の機能のつながりによって成り立っている。
そして、企業においては、主な機能は4つに集約され、それぞれの機能を作用させる仕組み(システム)がある、というのが著者の主張だ。
その4つのシステムには、マーケティング・システムのほか、ファイナンス・システム、生産マネジメント・システム、そして組織マネジメント・システムがある。
この4つのシステムは生産設備を備えたメーカーだけでなく、USJのようなサービス提供企業にも当てはまる(ちなみにUSJの生産・マネジメント・システムには、そのサービスを生み出している現場従業員の採用・管理・育成を担当する運営部などを含む、というのが著者の考えだ)。
マーケティング機能とは、「売上を獲得する能力」のことであり、マーケティング・システムは、売上を獲得するための一連の機能のつながりだ。マーケティング機能を担うのは、マーケティング部、営業部のほか、売上に関わるすべての部署を含む。
商品の企画・開発はマーケティング・システムに組み込まれるべき
企業が持続可能な成長を遂げるために最も重要な仕組みがマーケティング・システムだが、売上の対象となる商品・サービスを企画・開発するという機能も、マーケティング・システムに組み込まれるべきだというのが、本書の重要な指摘の一つだ。
研究開発は、マーケティングと並列ではなく会社としてマーケティング・システムの一部として、マーケティング戦略の下で行われるべきものだ、という考え方の背景には、次のような思想がある。
ビジネスとは、最終消費者により多く買ってもらうゲームである。そのダイナミズムを形成しているのが、消費者のプレファレンス(選好=消費者のブランド選択における「相対的な好意度」)だ。
マーケティングとはつまるところ、「プレファレンスを上げるために何をどう仕掛けるか」だ、というのが著者のアプローチである。だから、消費者の選好確率を上げるという目的に沿って、ブランドを設計し、市場価値を高めるべく商品を開発するという機能を発揮すべきだということになる。
ちなみにマーケティングが消費者の選好確率を上げる戦いであるというのは、前著の書評でも指摘した通り、数学的なアプローチになじみやすく、マーケティングサイエンスとしてはオーソドックスな考え方だが、組織が一丸となって「勝ちに行く」ために、消費者のプリファレンスを主軸にして市場のモニタリング、商品・サービス開発、販売、マーケティングコミュニケーションまで一気通貫でやる、というのは容易なことではない。
著者はそうしたマーケティング・システムをUSJで作り上げることで、元気のなかったUSJの劇的発展に成功した。
組織が機能不全に陥る「3つの呪い」
企業が長期にわたって生存競争を生き抜くために、「市場環境の変化に対して適応する」ことが重要だ、という考え方から、著者は理想とする組織モデルを「人体」であるとする。
その要点は、人体を構成する各器官がそれぞれの役割を果たしつつ、互いに支え合う「共依存関係」によってつながりをつくり、全体が連動して生存確率を上げるように動くように、組織も人間の臓器のような明確な役割をもち、「互いが足を引っ張り合うことなく」ビジネス目的のために一致団結して高効率に仕事をこなすことが理想だ、ということである。
外部環境に適応するためには、絶えず状況判断をする必要があるにもかかわらず、多くの企業では臓器をつなぐ神経回路網が機能不全に陥る、すなわち情報伝達がうまくいかず、判断が正常に行われない状況に陥っている企業が多い、と著者は指摘する。
人体と臓器の関係で特徴的なことは、臓器には役割の違いはあるがそこに優劣や上下関係がない、という点である。コミュニケーション不全に陥っているビジネスの組織は何かの優劣や上下関係にとらわれた「3つの呪い」に支配されている、というのが著者の仮説だ。
第1は年齢差、第2は役割差(職位職階による優劣)、第3は性別差である。
これらを意識して闊達な意見交換ができなくなったり、仕事の効率に影響が出てしまったりすることが、「呪いにかかって機能不全に陥った状態」であり、給与差は市場価格によって決まるが、収入の多寡はビジネス上においても「違い=差」ではあっても「上下関係や優劣」では決してない。
この呪いを解くには、優位、上位にあると思われている方の人が率先して上下優劣に従った行動を起こさせないように振る舞うことである。
例えば森岡氏は、現場のアルバイトに至るまで「森岡さん」と呼んでもらう、あるいは来客対応時を除いて自分のお茶は秘書でなく自分でいれるなどを当たり前のこととしてやっていたそうだ。
人間の本質を見つめる、信じたことを愚直に実践する
マーケティング・システムを円滑に作用させるために組織マネジメント・システムをいかに活用するかについては、先述したように、著者は理想の組織を人体の臓器のように共依存関係に連携したものと見なし、共依存関係の阻害要因となる「3つの呪い」を克服することだとした上で、個人のモチベーションをどのように上げて、60点の人に90点の仕事をさせるか、という点を論じている。
その際の前提は、個人は「自己の生存確率を上げるように人は行動する」ということである。つまり、個人にとって安寧秩序が保たれることを、組織が競合に対して戦うための最適の行動より優先し、そこに利害の相反関係が生まれるということを組織のリーダーは認識し、個人の行動を組織の目的に適合させるようにアメとムチ(心理学のコトバでは報酬と罰)をうまく使っていこうと呼びかけ、著者の経験に基づいてノウハウを披露している。
我々マーケターがそのことから学ぶべきことが2つある。1つは行動の裏側にある本質を見極めようとする姿勢である。森岡氏は人間の行動は「自己保存」によるものであるとし、それを観察によって確信しつつ、実務に応用している。種が環境に適応し生き残りを図ろうとするように、人はビジネスの場においても生き残ろうとして、自己の利益を優先させるように振る舞う、という見立てで、スタッフから経営者までの行動の「なぜ」を解釈して、人事考課などに適用する。
もう1つは、方針を決めた後の愚直な実践である。正直なところ、3つの組織改革、というところで、メソッドとしての目新しさに驚くようなものはない。
しかし、森岡氏の真骨頂は、頼りとする人間観をベースにして、組織改革が奏功するよう、真剣に、そして「熱を込めて」実践する姿勢にあるように思われる。
例えば、5段階評価で人を評価するとなると、そのボーダーラインにある人の評価点数に対して、圧倒されるような真剣さで、時間とエネルギーを割いて議論と検討を行う、といったことが具体的に書かれている。
「組織に熱を込めろ!」ということの意味はそこにあるし、森岡式メソッドというのは方法論にとどまらず、実践の姿勢に色濃く出ている、と理解した。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |