プロダクトアイデアを磨いて伝える

――書評『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』

2019/05/17
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たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング
発行日:2019/4/8
著者:西口一希
発行:翔泳社

文:大下文輔

ロート製薬の肌ラボを日本一の販売数量に育て上げたほか、数々の実績を持つ西口一希氏が、その経験に基づいてまとめ上げたマーケティングの実践方法を惜しみなく伝授したのが本書『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』である。

Consumer is Bossを実感する

顧客起点、カスタマーセントリック、お客さま至上主義、消費者中心などを書籍のタイトルや中心課題に据えたマーケティングの本は、とりわけ実践的なものに多い。これまで、いくつかのP&G出身の著者の本を紹介したが、いずれも顧客中心の思想が浸透している。

当たり前のようでいて、それを咀嚼(そしゃく)して実践に活かすことは簡単そうでいて案外大変なのだ、ということがこれだけ顧客起点や顧客中心を唱えた本が数多く出版されていることの証しだろう。P&Gにおいても実はそうであった、ということが本書の前書きに記されているのが興味深い。

P&Gの業績見通しの下方修正を受け、同社の株価が暴落したのが2000年。その時同社はグローバル化を進めるために組織構造やビジネスプロセスの改革を進めていた。社員の意識が会社内部やプロセスに向き始めていたが、このP&Gの危機を立て直すべく就任した新CEOが着任早々に唱えたのが「Consumer is Boss」というメッセージだった。
結果として同社はV字回復を遂げることとなったが、その時の体験が著者に顧客と向き合うという課題意識を持つきっかけとなったとのこと。

実際に使われた手法を披歴

本書は、大きく基礎編(第2章)、応用編(第3章)、ケーススタディ(第4章)という3つの柱を据えて、「顧客起点マーケティングの全体像」(序章)と最も重要な要素としての「マーケティングの『アイデア』とN1(1人の顧客の分析)の意味」(第1章)そして、「デジタル時代の顧客分析の重要性」を論じたパート(第5章)という構成になっている。

この本のすごみは、ビジネスを成功に導いたという実績に裏打ちされた手法を、実際どう使ったのかという事例を、データなども含んで脚色をあまりすることなく紹介していることにある。書かれている理論が具体的な事例でイメージできるので、読みやすく、理解が進む。

認知と購買経験・頻度で5つのセグメントに分類

基礎編では、顧客を認知と購買行動によって5つのセグメントに分類し(図1)、それを使ってマーケティング戦略を立てていく方法について解説している。

図1.顧客ピラミッド

図1.顧客ピラミッド
(たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング p.20/西口一希/翔泳社)
(※画像クリックで拡大)

市場にいる顧客全員がこの5つのどこかに重複・漏れなく(MECE)分類されるから、市場全体のマップとも言ってよい。
これらの分類のためには、「商品名を知っているか」「買ったことがあるか」「どのくらいの頻度で買うか」という3つの質問で事足りる。この顧客分類は定義が明確かつシンプルだから、社内の誰もが「共通言語」として互いに理解ができるのが強みだろう。また、サンプル調査を行った場合の3つの質問への回答分布は、そのまま母集団への人口推計に使える。ロイヤル顧客は大体どのくらいの人数となるか、といったことが計算できるわけで、それに購入量と単価を掛け合わせるなどして、推定売上や利益などの算出もできる。

戦略オプションは5つで、
 1)ロイヤル顧客をスーパーロイヤル化する
 2)一般顧客をロイヤル化する
 3)離反顧客を復帰させる
 4)認知・未購買顧客を顧客化する
 5)未認知顧客を顧客化する
のいずれかとなる。

プロモーションとブランディングを扱える9つのセグメンテーション

応用編では、基礎編で用いた5つのセグメントに、次回購買意向というもう一つの軸を加えて9セグメントにして(図2)戦略を立てようとするものだ。5セグメントに用いた3つの質問に、「次回、この商品を買うか」という一問を加えて5セグメントを分割し9セグメントにする。倍の10セグメントにならないのは、未認知顧客は分けようがないために1つのままだからだ。

図2. 9つのセグメンテーション

図2. 9つのセグメンテーション
(たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング p.21/西口一希/翔泳社)
(※画像クリックで拡大)

例えば、ロイヤル層とはいっても、その中に積極的な人とそうでない人が2種類存在し、それを分けた方がよい、という時にはこちらの9セグメントを使う。概念的にはロイヤル顧客は分けて考えることができる。何度もたくさん買うロイヤル顧客と言っても、それが単に「安いから」という理由で買い続けている人は、もっと安い商品が棚に並んでいれば、そちらを買ってしまうだろう。つまり、移ろいやすい顧客でもある。9つに分けた方がよい、というのは概念的な話だけではなく、施策のハンドリングなど現実に即して決めるべき話である。

「積極的―消極的」を分けるブランド選好の指標に「好きか嫌いか」またはNPS(他人に推奨するかどうか)ではなく、あえて「次回の購買」という「意思」を表す指標を使ったことにはなるほど、と感心した。好き嫌いを使うとなかなかクリアに分類できないのだ。

次回購買意向は、ブランド選好の代用指標でもあるから、このセグメンテーションを使うと実用的なブランディングの管理ができるということも興味深い。次回購買意向を上げることがブランディングの成果だ、ということでもある。
以前に紹介した『マーケティングプロフェッショナルの視点』では、ブランディングの定義を「ブランドの意味の確立」を目指すものとし、ベネフィットを作り出すものとしていた。それと合わせて考えれば、意味の確立によってベネフィットを見いだした人は次回購買の意向を持つようになる、ということにもなる。

こちらでは、戦略方向性として3つある。1つは左から右への流れ(5セグメントの戦略オプションと同じ)であり、それは販売促進につながるものである。もう一つは下から上への流れ(消極的から積極的へ)であり、ブランディングにつながるものである。
そして、販促とプロモーションを組み合わせたもの(左から右と上から下、すなわち縦横に斜めの組み合わさったもので、5セグメントの時の戦略オプションが5つだったのに対し、こちらの戦略オプションは多彩になる。5つと9つのセグメンテーションは基礎と応用というよりも、Type A、Type Bと言ったバリエーションの違いと捉えるべきかも知れない。

マーケティング成功の必要条件はプロダクトアイデア

この2つのフレームワークを生きたものとして使うためには、商品やブランドをどうデザインし、人を動かす、あるいは、人が動くのかを考える必要がある。端的に言えば、マーケティングアイデアである。
著者は、マーケティングアイデアは、プロダクトアイデアとコミュニケーションアイデアの2つがあり、強いプロダクトアイデアをコミュニケーションを通じて伝えること、そして早期の認知形成を獲得することがマーケティングの成功に必要な要素だとしている。

ところで、西口氏によれば、プロダクトアイデアは独自性と便益の2軸、4象限で定義される。それにコミュニケーションアイデアをどう関与させるかを合わせてプロットしたのが図3である。

図3.プロダクトアイデアへのコミュニケーションアイデアの関与

図3.プロダクトアイデアへのコミュニケーションアイデアの関与
(たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング p.39/西口一希/翔泳社)
(※画像クリックで拡大)

プロダクトアイデアは既視感のない唯一無二のもので、なおかつ消費者の便益(役に立つ、楽しい、快いなど)があればあるほど強力なものとなる。iPhoneはそうした強いプロダクトアイデア(iPodとカメラを組み込んで再発明された電話)を持っていたが、こうした特徴もやがてまねされてコモディティ化する運命をたどる。

1人の顧客を分析することからプロダクトアイデアが生まれる

『マーケティングプロフェッショナルの視点』で、著者の音部氏は、『不思議の国のアリス』は、ルイス・キャロルが、アリス・リデルという少女1人を相手にして語った話が、世界中で愛される小説の原案になったことを引き合いに、1人の心を揺さぶるブランドは、きっと多くの消費者の心を捉えるだろう、と記している。

西口氏が本書で主張していることは、商品やサービスに届けたい顧客がいる以上、マーケティング上で機能する強い「アイデア」を導き出すには、実在する1人の顧客を深掘りすることが唯一有効な方法だということ。そしてそのやり方についても実例をもとに提示している。

人の行動は合理性や理論だけではなく、深層心理の変化にも左右されるため、アンケートなどの量的調査だけでは限界がある。そこでセグメントに適合する人に話を聞いて(インタビューをして)、本人が気づいていないことも含め、何をきっかけに態度や意識の変容が起こったのか、などを明らかにしてゆく。

マーケティングリサーチの方法論としても、イン・デプスインタビューその他のワンオンワンインタビューなどがあるが、親しい知人でも前述の5つや9つのどこかのセグメントを代表している人であれば、食事をしながらカジュアルに聞き出すことからもインサイトは得られることがある。

N1(サンプルサイズ1の調査という意味合いでつけられた名前)分析から生まれたアイデア、施策のヒントも、実際市場で試してうまくいくかどうかは、やはり量的調査で確認をして、再現性や拡張性を確認する必要がある。

1人の消費者と向き合うと同時にフレームワークをうまく使ってマーケットという量の世界で物事を見る。1人とセグメント、質と量を行ったり来たりしつつヒットは生まれる。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。

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