『「300億円赤字」だったマックを六本木バーの店長がV字回復させた秘密』
発行日:2019/1/28
著者:足立光
発行:WAVE出版
文:大下文輔
本書は、以前紹介した足立光氏の前著『劇薬の仕事術』の姉妹版。『劇薬の仕事術』の抽象度を下げ、小説仕立てにより、敷居を下げて読みやすさ・わかりやすさを狙ったものである。
読者対象は、前著が主として「マーケティングに何らかの関わりや強い関心がある」ことを自覚している人や「仕事の仕方」による自己啓発を志向するビジネスパーソンであるのに対して、こちらは「マーケティングの実際をのぞいてみたい」人や「赤字を抱えているけれども、どうやったらいいのか見当がつかない」と悩んでいる個人事業主など、前著でリーチできなかった潜在読者層に向けられていると思われる。
若干の相違があるとすれば、前著が「マーケティングを通した仕事術」に軸を置いているのに対して、本書は「悩み解決につながるマーケティングの基本」を焦点に据えたことだ。そして、本書はマーケティングの予備知識のない人でも読めることが特徴になっている。
内容については『劇薬の仕事術』を読めば再び本書を手に取る必要はない。
2つ読み比べる意味があるとすれば、「この本の成り立ちを含むなぜ?」について、自分で質問を作り、その答えを考えるという思考実験のネタにすることだろう。足立流のマーケティングの神髄は、「主体的に考え、実行せよ」ということにある。
タイトルの仕掛け
本書で気になるのが非常に長いタイトルである。本書にもあるとおり、Yahoo!ニュースの見出しは13文字に規制されているから、その倍以上の長さだ。なぜこんなに長い名前をつけたのか。
タイトルは、「300億円赤字だったマックを」「六本木バーの店長が」「V字回復させた秘密」の3つの要素に分解できる。
最初の2つで、「大問題を抱えた大企業」「小さな店の店長」という対立構造を持ち込んでいる。対立構造は言うまでもなく、注意を引きつけ話題を作るための手段で、「チキンタツタ対チキンタルタ」「マック対マクド」などで実践されている。
これらはマーケターの間では有名だろうが、この本のターゲット読者層は「足立光」という人を知らないだろう。
「六本木バーでうつむきながら寡黙に仕事をこなす一匹狼的な市井の民」が(なぜか)「大赤字の大企業を救う」という劇画的な情景が思い浮かぶ。「V字回復」とは劇的な成果が急速に起こることであり、それに「秘密」という好奇心をくすぐるコトバで読みたくなる気持ちをあおっている。「マック(マクドナルドではなく)」というコトバにより、大企業に身近なイメージが自(おの)ずと付与されるのも見逃せない。
もちろん、マクドナルドとは縁もゆかりもない六本木のバーの店長が、片手間仕事でマクドナルドの重要な役割を果たせるわけはない。一方で、足立氏は六本木のバー「夜光虫」のオーナーでもあり、本書に描かれているように、お店の人としてお客さま相手にお酒を注いだり会話を交わしたりすることも「ほぼ実話」の範疇に入るはず。つまり、少なくとも「うそではない」とは言える。
お店の切り盛りは現在他人任せになっているとは言え、自分のバーを六本木に持っている「店長」と「マクドナルドのCMO」は同一人物だ、という事実もまた小説のように面白い。
その奇跡的な事実をバリューにし、わざと長い名前をつけて話題にする、というマーケティングギミックを著者として(編集と話し合ったとしても)計算しただろう。マックらしい「ちゃめっ気」の応用とも言える。
『劇薬の仕事術』と『「300億円赤字」だったマックを六本木バーの店長がV字回復させた秘密』のブックデザインの共通点と違いをつぶさに見ると、いろいろな発見がある。「なぜ片方の帯には顔写真があり、片方にはないのか」「片方には商品イラストがあり、毛片方にはそれがないのはなぜか」「強調されている文言の違いはどこにあり、それはなぜか」など、ぜひ見比べて遊んでいただきたい。
小説仕立ての効果
本書の(小説としての)主人公祐介は十条にある老舗洋食屋の3代目である。その従業員が、店への不満をSNSに投稿したことがきっかけで窮地に陥るが、どう解決して良いかわからない。そんなとき、六本木のバーにふらりと立ち寄ったところ、そこの店長がマクドナルドのCMOだったという設定になっている。
「マクドナルドのCMO」の成功物語は、一般の人には自分ゴトとして感じられない。そこで、企業につとめた経験はあるものの、個人商店の経営者が抱える「ありそう、起こりそうな悩み」の解決という視点を与えることで、「マクドナルドでの実例」をいかに自分の抱える問題に落とし込むか、という課題を読者につきつけることになる。そして、祐介の目を通してみたマーケター足立光の姿を読者に伝えることで、成功物語のワクワク感を演出することが可能になる。
もし、この形式を取らなければ、うさんくささがつきまとう。著者自らが筆を執ったとはとても考えられないような賛辞のコトバが並んでいるからだ。これはマンガでは一般的な「原案 足立光、作画 誰々」という本作りの方法だろう。後書きを読めば伊藤彩子氏というブックライターの筆になることが記されている。
本文中に出てくる、例えば「足立には知らないことなどないのではないか。あまりの博識ぶりに祐介は舌を巻いた」といった賛辞は、伊藤氏が取材中に感じたことを祐介のせりふに託して書いたのだろう。祐介のようにテキーラを飲みながらだったかどうかはわからないが。
クリエイティブを判断する目
クリエイティブとのやりとりで、足立氏は広告代理店から「即断即決してきちんとフィードバックをしてくれる」との評があり、「(代理店として、クライアントの立場になって考えると)それはものすごく難しいことだろうと思う」との感想がある。
本書では、その基準を3つ挙げているが、その基準を作ったり判断したりするためには、数多くのクリエイティブアイデアに対して、「どう評価し、フィードバックとして返すか」を問うというトレーニングを積んでいるはずだ。
実際、足立氏は移動中に車内の中づりを見て、「良い悪い、それはなぜか」を自問することを繰り返したということを以前レポートしたセミナーで語っていた。
こうした思考実験をあらゆる局面で行うことが「楽しい」と感じられることがマーケターとしての資質の1つかも知れない。
「ポケモンGO」の前身で著者が見ていたもの
好奇心に裏打ちされた日々の考察が、思わぬ役に立つ、ということが『劇薬の仕事術』の書評で記したconnecting the dotsということである。
例えば、本書には、日本マクドナルドがポケモンGOの世界初のオフィシャルパートナーになったことに対し、足立氏はポケモンGOが開発されていることを事前に知り、ポケモンGOの前身であった「イングレス」をやっていたからきっとこれがヒットすると思った、と書かれている。「イングレスプレーヤーとして知っていて面白さがわかっていたから」ポケモンGOのヒットが予感できた、と記されているが、おそらくマーケターとしてイングレスのヒット要因を分析した上で、それがポケモンというスキンをかぶることによってできることのポテンシャルを予感したことだろう。
そして、プレーヤー視点の他にマーケターとして、イングレスのマネタイズのやり方を知った上で、ARの力を借りて、現実の店舗がゲーム中にチャネルとして存在することの意義を感じ、スポンサーシップの費用対効果(の良さ)についても、かなりの感触をつかんでいたものと思われる。
調べてみると、マクドナルドではお台場でイングレスとコラボ企画を2016年に行っている。ここに足立氏がどれだけ関わったのかはわからないが、プチ実験的な取り組みはあったのかもしれない。
本の中に書かれていないことをあれこれ想像するのも楽しい思考実験の1つだ。
そして、前著と読み比べる思考実験の大きなテーマは、いかにして1つのコンテンツを2つの形に効果的に創出してゆくのか、にある。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |