『THE MODEL(MarkeZine BOOKS) マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの共業プロセス』
発行日:2019/1/30
著者:福田康隆
発行:翔泳社
文:大下文輔
ビジネスのフローとダイナミクスを知る
The Modelとは、一言で言えば個々の会社の営業の仕組みであり、その見取り図である。
元々は、著者の福田康隆氏がアメリカのセールスフォースで使われていた営業、インサイドセールス、マーケティングの分業体制を、日本で2005年から展開する際に冠した名称である。
The Modelは図1の形で表現される。本書内では、「レベニューモデル」として紹介されているが、この図の原型となる2004年の著者による手描きメモにはThe Modelというタイトルがつけられており、その発展形であるこの図を体現したものもまた、The Modelということになろう。
この図は、著者がセールスフォースやその後社長として転じたマルケトといったBtoB向けIT商材に実際に利用し、磨き上げてきたものだが、これをベースに各社なりのThe ModelがカスタマイズされることがThe Model本来のあるべき姿である。
The Modelによって、会社の営業数字がどのように作られていくのか、そのフローを知ることができる。各部門の役割とその連携がわかり、そのダイナミズムを見て取れる。そこで必要になってくるスキルは何か、どのような目標数値によって管理してゆくべきかなど、全ての出発点がそこにある。
The Modelは可視化された業務プロセスであるとともに、会社全体の共通言語の機能を果たす。
「営業」は、セールススタッフの属人的なスキルを中心として成り立つものではなく、マーケティング・インサイドセールス・カスタマーサクセスという、部門・職種の連係プレーによって生み出されていることがよくわかる。
「再現性」を重視するビジネス哲学
本書の冒頭で、ビジネスで重要なことは、その再現性にある、と著者は主張する。
同じプロセスを踏めば同じ結果につながるということが「再現性」の意味するところだろうが、そのためには、質の高いプロセスのパターン化が必要になる。
「再現性」が確保されることは、たとえ失敗したとしても、どの失敗の跡をたどり、どこに問題があったかを検証して、次に活かすことができる。
本書でThe Modelのプロセスを詳細に解説しながらも、そこにはビジネスの再現性を担保するという著者の明確な意図が感じ取れる。
あるいは、ビジネスはサイエンスのように、事象を要素分解し、その変数に応じたコントロールによって管理できるものであるという透徹したものの見方が横たわっている。
そうした、サイエンスのようなプロセス管理において、プレイヤーとしての社員は顧客との応酬、駆け引きなどの人間的な営みや、創意工夫をし、個人的な体験の積み重ねによって能力値を上げ、成果につなげてゆく。
こうした「アート」と「サイエンス」の両面によってビジネスが成り立っているわけだが、The Modelはビジネスの「アート」の側面にも明確な役割や目指すべき方向性を与えてくれる。
本書を読んでいると、営業の全体像が見えるだけでなく、その醍醐味(だいごみ)や面白さを感じ取ることができる。
リサイクルというプロセスの発明
図1にあるモデルと、2004年の旧版The Modelとの最大の違いは、リサイクルというプロセス(リード育成から商談のプロセスの下に配置された箱で表現されている)が新たに加わったことである。
リサイクルは、リードジェネレーションによって、新規リードを生み出すことが時間の経過とともに困難になることを踏まえ、既存のリードマネジメントの途中で脱落したリードをプールしておき、適切なタイミングでフィルタリングして再利用するというプロセスを指す。
例えば、リードの脱落理由が、顧客側の決裁担当者の交代によるものであれば、その人がまた別の人に変わったタイミングで有望リードに復活する可能性を残しておくというもの。循環型経済の概念がリードマネジメントに活かされた形だ。
The Modelの応用を考える時に思い当たるのがABMである。
リサイクルの考え方と対立するものではないが、リサイクルと同様に(あるいはリサイクルを包摂しつつ)、エンタープライズ市場を中心としながら、ターゲットとなるアカウント(企業)を定めたリードのプールを作り、その最適な活用によって営業の効率を高め、アップセルやクロスセルにつなげようという考え方だと理解できる。
マーケティング、インサイドセールス、フィールドセールスの部門連携ができているという歴史に立って、ABMへという流れになったのだということは自然とイメージされる。
プレイブック+自己啓発から組織運営のあり方まで
本書は単なる概念解説やビジネス哲学の書ではなく、「いかに商談を成功させ、カスタマーサクセスによって維持拡大を図るか」について、時にはデータを交えて指南する実践の書でもある。日本の稟議(りんぎ)システムを前提として、どのように確実に決裁をしてもらえるかなど、日本のビジネスパーソンにイメージしやすい内容となっている。
同時に、The Modelの誕生を中心として、著者がどのような経歴をたどり、その中でどのようなトレーニングを受け、営業のスキルをアップさせ、成果を上げ、時に失敗をして本書執筆時のようにマルケトの社長となったのかが書かれている。これを「成功者の自慢話」と切って捨てるにはあまりにももったいない。優秀な営業、管理者、経営者とそれぞれの段階によるものの見方、自己の研鑽(けんさん)などを読んで学ぶ楽しみがある。
経営者として、The Modelを根付かせたあと、その効率的な運営、すなわち会社の営業成果を高めるためにThe Modelに内在する仕組みをどう活用するかという問題と、その実践を担う人や組織のマネジメントまでに話題は拡がっている。報酬や評価など、かなり生々しい話題が盛り込まれているのも、特徴の一つだ。
ツールの効果的利用とブランディング
本書の表紙をめくる前に、ぼんやりと予想していたことは、著者がマルケトの総帥なのだから、20%くらいはMAツールや、マルケト導入の実際やらその効用についての記述が占めているのだろう、という予想だった。
しかし、マルケトの直接的な宣伝文句は見当たらないのである。そして、読み進めていくと、The Modelの構造を知り、そのプロセスを実際にたどるとなれば、そこにツールが必然的に入り込んでくるということが感覚的に伝わってくる。
要は、ツール利用の理想的な前提条件が、各社に応じたThe Modelの設定・構築であることが理解されるのである。ツールの導入を先行することの非効率、あるいはビジネスの「再現性」にとってほとんど役に立たないことが、言わずもがなであるとわかる。
これは、見事なブランディングだと思われる。The Modelによって営業のプロセスがどのように流れ、管理されていくのかがわかれば、そこでツールの効用が見えてくる。そして、MAツール販売部門のトップが、モデル構築の概念と実際について解説しているとなれば、モデルに応じたMAツール導入の、検討リストにはかなりの確率で入り込んでくることになる。ロジカルで客観性のある説得であると同時に、営業に対するものの見方、哲学への共感と言ったエモーショナルな部分も含んだブランドイメージの提示となっている。
本書は、営業とは何か、ひいてはビジネスとは何かについて、考えさせる刺激に満ちたものだと思う。
なお、マルケトのサービスは、この本が出版されたのち、Adobeのサービス体系に組み込まれ、次のステージへと踏み出した。そして、福田氏はAdobeの専務兼マルケト事業統括となって、マルケトを引き続きリードしている。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |