人生にマーケティングを

――書評『苦しかったときの話をしようか ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」』

2019/09/13
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苦しかったときの話をしようか ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」
発行日:2019/4/11
著者:森岡毅
発行:ダイヤモンド社

文:大下文輔

きっかけは娘さんの就活

「自分が将来、何をしたいのかわからない」。就活を目の前にして悩む娘に、言いたいこと、伝えたいことはたくさんある。けれども、直接助けを求めてきたわけではない彼女は、父親の「将来、どんな仕事がしたいのか」という問いに圧力を感じて、その場から逃げてしまう。
親として何がしてやれるのか、何かやれることはないか、と考えて父は娘にアドバイスとなることを書きつづった。それが本書『苦しかったときの話をしようか』の発端となる出来事だ。

著者はP&Gでヘアケア製品などを担当し、その後USJに転じて苦境にあったテーマパークでマーケティング手法とアイデアを駆使して急成長の起動に乗せた森岡毅氏。USJで実際にどのような策をとって成功に導いたのか、あるいはマーケティングに関わる組織論を独自の視点から講じた本については既に紹介した。すご腕のマーケターとして名をはせた人である。

本書は、マーケターの父が、まな娘というたった1人の読者のために編んだものだ。元の文章には固有名詞となっていた読者は、「君」という呼称に変わっているが、名前を持つ実在の人であることに相違ない。けれども同じくたった1人のために書かれた『不思議の国のアリス』の物語がそうであったように、内容は普遍性を持つ。

今この書評を目にしておられる読者のほとんどが、就活を既に終え、何らかのキャリアの途上にある人だろう。そして、著者の森岡氏のことに関心があったり、マーケティングに何らかの業務上の関わりを持ったり興味を寄せたりしていることだろう。そうした人にとって本書はどのような意味を持つのか。

それは、主としてマーケティングのフレームワークを、就活や人生設計などにどう応用していくか、というノウハウに触れることであり、それを通じた人生観、あるいはマーケティング観を知ることだ。

自分の内側に光を当てる

第1章の「やりたいことがわからなくて悩む君へ」では、「なぜ、やりたいことがわからないのか」という質問に対する答えを探りながら、それにどう対応するかに答えようとする。

「自分の外側にある選択肢」についての知識がないからよくわからないのだ、と考えてしまいがちだが、その選択肢から選び取る「(内なる)自分の軸」がないことが問題なのだと著者は言う。「自分の軸」を就活に則して言うなら「企業の成長速度が速いこと」や「経営者としてのスキルが身につくこと」などだ。その軸を定めるには、己をよく知ることであり、「自分の宝物となるような特徴」を見いだすことが重要。

「キャリア戦略とは、その人の目的達成のためにその人が持っている“特徴”を認識して、その特徴が強みに変わる文脈を探して泳いでいく、その勝ち筋を考えること」であり、その宝物となる特徴は、必ず他人と比較されるから、自分で精いっぱい努力して磨いてゆくべきだ、というのがこの章のハイライトとなる主張だろう。

資本主義の本質を捉えた世界認識を持つ

第2章の「学校で教えてくれない世界の秘密」では、どのようなパースペクティブを持つのか、あるいはどう世界を見るのかということに対する著者なりの見解と、それをどう克服していくのかという問いへの答えを探っている。

この章の冒頭で、著者は「人間はみんな違って不平等であり、その事実を直視せよ」と説く。基本的人権の観点から「平等」を目指したとしても、実際には運動能力やら知力やら財力などではさまざまである。先天的な格差もあれば、後天的な格差もある。他方、みんな違うということは「自分のユニークな特徴さえ認識できれば、一人一人が特別な価値を生む可能性がある」ことでもある。

運や確率から人間は逃れられない。そのような中で、自分がコントロールできる変数は「(1)己の特徴の理解、(2)それを磨く努力、(3)環境の選択」の3つしかない、というパースペクティブ(本人が認識できる世界)が提示される。

もう1つのパースペクティブは「資本主義は、人間の「欲」をエネルギー源にして、人々を競争させることで社会を発展させる構造を持つ」ということだ。資本主義はまた「サラリーマンを働かせて、資本家が儲ける」ということであり、多くの人は「サラリーマンとしてのものの見方」に終始してしまう。そこで「資本家として」のパースペクティブへと拡張できれば、生きざまが変わってくるかもしれない。

My Brandの確立に向けて

第3章の「自分の強みをどう知るか」と、第4章の「自分をマーケティングせよ!」は、この本の中心とも言うべきもので、就活に関連したさまざまなノウハウを、マーケティングに即して実践知識として伝えている。

キャリア戦略は文字通り「戦略」だから、まずは、キャリアの目的を、仮設で構わないから立ててみよう、というのが最初のアドバイスである。目的を見つけるには、「具体的な“こと”から発想するのではなく、“どんな状態”であれば自分はハッピーだろうかという未来の理想“状態”から発想する」ことを森岡氏は勧める。

目的が見つかったら、次は“資源”にとりかかる。戦略とは目的を達成するための“資源の配分の選択”のことだからだ。そして、キャリアにおける“資源”の最重要な要素は「君という「ヒト」が内在させている“強み”」に他ならない。この強みとは何かというと、「自分の“特徴”」と「それを活かす“文脈“」がセットになったものだ。
強みは文脈から探した方がたどり着きやすいため、社会とのつながりで気持ちよかった文脈(自分が好きなことをしている文脈)を列挙するという方法が勧められている。より具体的には「~することが好き」ということを列挙していく。例えば、「人に夢を語ることが好き」「おしゃれを楽しむのが好き」「人と議論をするのが好き」といった具合だ。

次のステップは、書き出した「~することが好き」を、集約して分類する。森岡流の分類は、強み(特徴)を3つの方向性に振り分けることである。その3つとは、T(Thinking)、C(Communication)、L(Leadership)である。Tはざっくり行って考える力があり、戦略性が強みだし、Cは伝える力に秀でていて、人とつながる力が強みになるし、Lは変化を起こす力があり、人を動かす力が強みになるとされる。

この3分類のどれに、自分の特徴が紐付いているのかを眺めつつ、自分の得手不得手を見極め、それがどんな文脈なのかを対応することができる。

このTCLのバランスによって、自分の強みとともに、どんな職能を発揮できそうかがわかるようになる。これが第3章の要約である。

第4章では、キャリアとは自分をマーケティングする旅であるという命題のもとに、「My Brand」の設計と活用法を伝授している。ここはじっくり読み込むべき章でもある。

苦しかったときの話、弱みの話

第5章では、著者の苦しかったときの体験を赤裸々に告白している。そして第6章では自分の弱みと向き合い、不安に打ち克つ方法を説いている。

華々しい成果を上げてきた森岡氏であっても、やはり苦境はあり、それも尋常じゃないレベルのプレッシャーとなっていたことがわかる。人間の宿命だろう。
例えば、北米に赴任してしばらくの間、周りを全員敵にしてしまい、壮絶ないじめを受け続ける。そうなると、毎朝会社に行くのもつらい状況になる。それをギリギリのところで打開し、ビジネスの成果を上げることで状況を好転させた。

当初この本を読んでいて、若干の息苦しさを感じていた。それは、困難を乗り越える手段が「成果を上げること」にほぼ集約されており、結果を出し続けることのプレッシャーを読者として感じ取っていたからだ。

けれども、北米のいじめの件を読んだ辺りで、少し考えが変わった。森岡氏には「成果を上げること」のハッキリした見通しがあったであろうし、だからこそいじめに耐え抜けたのではないかと言うことだ。

結局のところ、キャリア形成において重要なポイントは、「いかにして成果を上げるか」について、その方法論を確立することだろう。成果を生めるという自信の感覚なしにつらい部分を読むと、本当にしんどい気分を抱えたまま読み終えることになりそうだ。そのしんどさから逃れようとすると、「自分語りの本だ」「自慢が鼻につく」といった感想を抱くことになる。

成果を生む、あるいはうまくいくという感覚を初めて持てるようになったときこそが、成長の軌道に乗ったときなのではないだろうか。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。

 

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