カスタマーサクセスとは何か――日本企業にこそ必要な「これからの顧客との付き合い方」
発行日:2019/7/8
著者:弘子ラザヴィ
発行:英治出版

文:大下文輔

わかりそうでわかりにくい「カスタマーサクセス」というコトバ

先だって紹介した『The Model』のサブタイトルは、「マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの共業プロセス」となっている。「カスタマーサクセス」は営業やマーケティング同様、機能を表すとともに、部門の名前を表すこともある。
同書では、今後は営業とカスタマーサクセスは融合するだろう、という予言とともに、極めて重要なプロセスであり役割であるという認識が示され、第10章で詳しく記述されている。
しかしながら、そこでは「カスタマーサクセスとは何か」について既知であることを前提とした説明になっており、読んでいて消化不良気味になった読者も少なからずいたのではないかと思う。そのような場合には、弘子ラザヴィによる本書『カスタマーサクセスとは何か』を一読すれば、The Modelで言われている内容がよく理解できるようになるだろう。

「カスタマーサクセス」は、「カスタマー」と「サクセス」の2つの聞き慣れた単語で構成されている。だから、「顧客満足のようなもの」というぼんやりした概念把握をしてしまいがちだ。
「カスタマー(顧客)」は、モノやサービスに対してお金を払って購入・利用している人や組織であり、お金を払わない「見込み客(プロスペクツ:Prospects)」とは区別される。
「サクセス(成功)」は、「カスタマーの事業成長する(ないし生活の質がより良くなる)ことに直結する現実の成果」を指す。
例えば、アマゾンエコーに搭載された「ウィスパーモード」、すなわち、ささやき声で指示を出せば、大きな音を出さずに、ささやき声で応答を返すモードがある。これにより、小さな子どもを抱えたお父さんお母さん(というカスタマー)が、「アレクサ、XX(わが子の好きな音楽)をかけて」とささやけば、その音楽をかけてくれるという機能によって、音楽体験の先にある「子どもを寝かしつける時間が短縮されて生活が豊かになる」という「成功」をもたらす。

カスタマーサクセスとは何かということに対する著者のわかりやすい例えは、
1)「最初の商いの継続」を最大化し、
2)「減った商い」を最小化し、
3)「増えた商い」を最大化する。
そうすることで、一度買ってくださったお客さまからの商いを最大化する、というものである。

それにしても、なぜ「カスタマーサティスファクション」でなく「カスタマーサクセス」なのか、あるいは「それがなぜビジネスのプロセスで重要視されるのか」、「具体的なビジネスの成果とどのように結びつくのか」「実際にどうビジネスで実践するのか」など、次々と疑問が湧いてくることだろう。
本書は「実践的な細部」には触れていないが、「カスタマーサクセスの重要性」を理解するための、格好の入門書であると言える。

ビジネスの主戦場が「新規獲得」から「維持拡大」へ

「カスタマーサクセス」が注目される理由は、「購入後の利用継続」がこれまで以上に重要になり、その流れが中長期的に定着してゆくと考えられているからだ。
別の言い方をすると、モノを作って売るという、所有を前提とした従来型の「売り切りモデル」から、所有を前提としないサブスクリプションなどの「リテンションモデル」にビジネスが大きく変化している中で、カスタマーサクセスがより重要になってきているのである。

本書では「リテンションモデル」を次のように定義する。

  1. 利用者が、日常的・継続的にそのプロダクトを利用し、モノの所有に対してではなく成果に対して対価を払う
  2. 利用者が、いつでも利用を止める選択権を持ち、かつ初期費用が非常に少なくてすむ
  3. 利用者が、それ無しでは生活や仕事ができない・使い続けたいと断言できるほど明らかにプロダクトが常に最新状態に更新・最適化され続ける
  4. 利用者が、自分にとって嬉しい成果を得られるならば、自分の個人データをプロバイダーが取得することを許す

このような「リテンションモデル」へのシフトが進む理由は、その背景に技術革新を引き金とした、次のようなトレンドが存在するからである。

  1. 経済取引の価値の源泉がモノの所有から、体験や成果にシフトしてきている
  2. 利用者にも供給者と同程度かそれ以上の情報が行き渡るようになるにつれ、経済取引の選択権が利用者にシフトしてきている
  3. より便利な商品を求める消費者の飽くなき欲求が、選ばれ続けるのに必要な価値の水準を、「利用者が中毒になるレベル」にまで引き上げている
  4. 取引のあり方が、「高額・多数の単発によるもの」から、利用者が提供するデータに基づいた「小額・親密な継続的なもの」へと変化し、競合のゴールが「カスタマーのライフタイムバリュー最大化」にシフトしてきている

上記の4つのトレンドは、次のように連関して、大きな流れとなっている(図1)。

図1. 大波メカニズムの全体像
図1. 大波メカニズムの全体像
『カスタマーサクセスとは何か――日本企業にこそ必要な「これからの顧客との付き合い方」』 (p.39/弘子ラザヴィ/英治出版)
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そうしたリテンションモデルのありようを、従来のモノ売り切りモデルと比較したのが図2である。

図2. 売り切りモデルと比較した、リテンションモデルの成功要因
図2. 売り切りモデルと比較した、リテンションモデルの成功要因
『カスタマーサクセスとは何か――日本企業にこそ必要な「これからの顧客との付き合い方」』 (p.101/弘子ラザヴィ/英治出版)
(※画像クリックで拡大)

新規の販売や契約獲得よりも、契約の更改や利用の継続がより重要になってきており、それは本書に記されたビジネスシミュレーションからも一目瞭然である。利用継続のためには、プロダクトの絶えざるアップデートなどを通じて、カスタマーに成功を届け続けることと、データに基づくカスタマーとの関係を構築すること(例えば、予測に基づくレコメンデーションなど)が求められる。

「エフォートレス」を追求する

おもてなしの極意でもある「期待を上回る感動を与える」ことこそが、カスタマーサクセスの肝心要だと思われているかもしれないが、実はそうではない。
リテンションモデルにとって何より大切なのは、顧客ロイヤルティを上げてチャーン(離脱・解約)を防ぎ、長期のレベニューを最大化することであるが、ロイヤルティの向上に寄与するのは感動や満足ではなく、「エフォートレス」なのだそうだ。

「エフォートレス」とは、商品やサービスを使い続けるために「めんどうだ」「よくわからない」「イライラする」といった「引っかかりがなく、格闘や努力をせずとも楽にできる」状態を指す。何かをするのに、分厚いマニュアルを参照しなければならないとか、反応が遅くてストレスが溜まるといったことがなく、使って得られるもの(成功)があれば、それが「継続率を上げる=ロイヤルティが高くなる」という点で有利だ。

このように、「カスタマーサクセス」はビジネス成果にどれだけつながるか、という観点で捉えるべき事柄であり、そのためには測定可能な指標で管理される必要がある。それらの実務に関わること、例えば指標の内容や、ツールの選定や利用に関しては他の本に委ねられている。

成功体験の呪縛からの脱却を

著者の弘子ラザヴィ氏は、モノ作りの売り切りモデルで成功してきた多くの日本企業が、そのままでは競争優位性の価値を失ってしまうため、成功の呪縛を解く必要がある、と警鐘を鳴らす。
競争優位性の価値を支えているのは、既存のサプライチェーン基盤(企画・開発・製造・保管・輸送・店頭配置・販売)に対する取引優位性だったり、情報の非対称性に守られた経済取引のコントロール権だったり、モノ自体への知覚価値に基づくブランド力だったりする。

リテンションモデル化のトレンドに適応するためには、マインドセットを変える必要がある。それは勝者としての自己を否定する営みであり、一朝一夕では成り立たない。
例えば、クリエイティブツールとしていったん成功を収めたAdobeが、クラウドモデルに大転換してさらなる成功に至るまで、数年を擁した。

総じて、日本企業はカスタマーサクセスを軸としたリテンションモデルへの対応が遅れているが、悲観的な話ばかりではない。世界的に見てトップクラスのカスタマーサクセスパフォーマンスを達成している企業もある。また、カスタマーサクセスに意欲的に取り組んでいる企業もある。そうした事例が第3章にまとめられている。

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。