めんどうな買い物はなくなる運命に

――書評『2025年、人は「買い物」をしなくなる』

2020/02/28
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2025年、人は「買い物」をしなくなる
発行日:2019/11/15
著者:望月智之
発行:クロスメディア・パブリッシング(インプレス)

文:大下文輔

本書のタイトルを見て、あと5年で買い物がこの世から消滅するなどということはあり得ない、と誰しも思うだろう。その通りである。「買う」ということがお金とモノやサービスの交換だと定義する限り、簡単にそんなことが起こるわけもない。

買い物は楽しいか

女性であれ男性であれ、ショッピングが好きという人は多い。そこに買い物は楽しんで行うものだ、という肯定的な考え方がある。それを逆説的に捉えて、「買い物は楽しくない」というものの見方に変えてみると、今実際に起こっていることへの見通しが良くなる。

購買意識を「買い物はめんどうなものだ」という設定にすることで、買い物の進化の方向性が見えてくる。そのことを立証しているのが本書の第1章である。とりわけ、小売店舗に足を運んでものを買う、という行為には、時間がかかるし、交通機関を使えばお金もかかる。ECには、買い物の場にたどりつくまでの手数と品物・サービスを比較し選ぶという行為などが付帯する。

リアル店舗に足を運ぶめんどうから解放されたいなら、必然的に店の側から人を呼ぶ(御用聞きや外商や売り歩き)か、インターネットを含む通販が選択肢となる。インターネット以外の通販の場合は、電話をかけたりハガキを書いたりという手間がかかるし、お金を振り込むめんどうがある。
全てが情報化されたインターネットで買い物をする場合でも、モノを買うために商品のあるところにたどりついて、あるいはその前にいろいろなモノを検索したり、比較検討して選んだりという手間がかかる。
商品を購入してからあとは、物流に時間がかかり、到着まで待たなければならない。商品をググって検索するという行為すらも、世代によっては行わなくなっている。

あふれる情報から、モノやサービスを探して、同類のモノから買いたいと思うモノを選ぶということへの負担は増している。

このようなめんどうを省く試みを通じて、新たな買い物の仕方も生まれる。
とりわけ、サブスクリプション(定期購読・定期利用)の利用が拡がっていることは特筆に値するだろう。CDを買うことが劇的に減ってSpotifyのようなサブスクリプションサービスに置き換わる。
一定料金による聴き放題、読み放題、見放題、着放題、乗り放題などが進むと、何かを買って所有し、それを使い続けるよりも、モノを持たないで、いろいろなモノを使うライフスタイルにシフトしてゆく。「所有する」ことの相対価値が低下し、「借りる」ことの相対価値・利便性が増すのだ。
あるいは、メルカリやラクマのようなサービスはものの流動性を高め、1人が同じモノを手放すまでの時間が短くなり、「買っているのに所有しない」状況を生み出す。

生き残る買い物、死にゆく買い物、これからの買い物

変化の様相として、著者の望月智之氏が強調しているのは「いつでもどこでも買い物と繋がる」ことだろう。買い物に「出かける」必然性が薄れてくるために、リアル店舗は危機にさらされる。

戦後からインターネットの環境が整うまでは、わざわざ買い物に行かなければ必要なモノを欲しいときに買えなかった。その間どのような事情でどのようなリアルな小売店舗が発達してきたか、そしてスマートフォンが普及した以降どうなったのか、本書の第2章でまとめられている。

インターネットのECサイトが一般化するまで、小売店の店舗の棚を奪い合うのがメーカーの競争の軸だった。インターネットには物理的な棚はない。著者は「商品棚が家に来た」という見立てをしている。

どこでもいつでも買い物ができるということは、それに付随したデータがあるということだ。そのデータを使って個人が望むもの、パーソナライズされたサービスへと向かう。その裏ではデータを分析する手段としての機械学習や、データを高速にやりとりできる5Gの技術が支えている。

めんどうな部分をそぎ落とした「買い物」も、結局のところ、小売店舗では買い物体験の勝負になる、というのが著者の結論である。そこでしか得られない体験があれば、人々はそれを求めて出かけてゆく。本書ではNike等の例を挙げて、既存のメーカーが小売りの店舗で新たな体験を演出している様子を紹介している。

今の段階では、やっぱり実物を目で見て触って選びたいという要望があれば、それは店舗で買い物をする方が有利である。だがVRやARやMRなどを通じて、例えば触感などのこれまでには得られなかった疑似体験が実験レベルではできるようになってきている。

「持たないこと」と「選ばない」ことの違い

本書で紹介されている個別の事象やトレンドは、数年前から見れば新しいものもかなり含まれてはいるものの、ほぼ既知のものであると言って差し支えない。けれども買い物について、歴史的に見、物流やデータ解析やその他のテクノロジーの進化を取り込みながら、それにともなう消費者意識や行動などを踏まえて整理していることで、経済活動の要である買い物の今後のありようを考えられるのが、本書を読む意義だと思う。

買い物が便利になることと引き換えに、さまざまな情報を差し出すことが避けられなくなる。個人情報がサービス提供者に筒抜けになってしまう。こうした情報を他者に委ねることについては、ここにきて、情報を持った側が消費者に不利益をもたらさないように警戒感を強め、さまざまな規制を設ける取り組みがなされている。
本書でも「スコアリング」という形で消費者の信用力を、購買行動を元に評価すること、とりわけ「負のスコアリング」という形で消費者がさまざまなサービスを受ける機会を失うことを危惧している。こうした人を単一指標のスコアで分類するようになると、必ず半数は平均点以下になる。病気やけがやさまざまな事情で、信用スコアが低下すると、有無を言わさず何らかの不利、罰が待ち受けている。

すでに中国では個人の信用力スコアが幅広く使われており(信用の可視化)、信用力の高い人には手厚いサービスがいろいろなところで得られる仕組みができあがっている。人は信用力スコアを上げようと策を練り、実行する。それは、一つにはお金を巡って、不払いなどを避けようと良い行動を促す。一方で政府がこうしたスコアを掌握すると、暮らしのレベルで「国民の格付け」ができてしまう。

データの保有量が圧倒的に多いのが、例えばGAFAと呼ばれる巨大プラットフォーマーだ。中国のようなすでに独裁制を敷いているところもそうだが、これからの社会で政府とならんで、あるいはそれ以上の影響力を最も持つのもこうしたプラットフォーマーだ。

もう一つ危惧しておくべき事がある。それは、買い物の進化が、「選択の自由」を消費者から奪ってしまう可能性だ。
「めんどうな」手順を省いて、多くの情報を整理し、ランキングやオススメ、あるいはコンシェルジュサービスでものを選んでくれるようになることは、消費者にとっては便利なことだと言えるだろう。
けれども、「選ぶ」というのは人間の主体的な行為であり、自分の意思を表現する手段だ。誰かのおすすめに従ってものを選ぶのはもちろん許されるべき事だし、一つひとつをとって見ればとりたてて心配することもない。ただ、意思決定の自由が知らず知らずのうちに奪われ、他者に依存することが蔓延(まんえん)すると、コントロールしやすい人々の集まりができあがる。

他人に意思決定を委ねない部分を持つためには、五感を研ぎ澄まし、ものを見る目を持った自己を確立することである。無意識の買い物は人の未来を明るくしない。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。

 

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