『世界的優良企業の実例に学ぶ 「あなたの知らない」マーケティング大原則』
発行日:2020/1/30
著者:足立 光、 土合朋宏
発行:朝日新聞出版
文:大下文輔
『マーケティング・ゲーム』翻訳者による教科書
本書の著者である足立光、土合朋宏両氏は、2002年に『マーケティング・ゲーム』を翻訳したベテランのマーケターである。
土合氏による後書きに「この本(『マーケティング・ゲーム』)は大変示唆に富んだいい本だったのですが、なにしろ書かれた時からかなり時間がたっていますし、出てくる事例も海外のブランドばかりで日本人にはなじみのないものも多い。そこで、今回、あの本の良さを残しつつ、日本人のマーケティング担当者が実際に活用しやすい本を作ろうというのがこの本を書くことになったきっかけです」とあり、本書が日本のマーケターに向けた実用書となっていることがうかがえる。
本書のサブタイトルである「世界的優良企業の実例に学ぶ」は、前著へのオマージュであることを示唆しているのかもしれない。そして、足立氏は前書きに、「困った時に、すぐ使える本」を目指した、と記している。
足立氏はまた、本書の狙いとして「どんな製品・サービスや業界にも通じる原則があるのです。それを一冊に、しかも退屈な教科書ではなくて、たくさんの実例が登場するわかりやすくておもしろい本にしたいと考え、本書をまとめました」と書いている。つまり本書は、読んで面白い実務家向けのマーケティング教科書という位置づけだ。364ページの、比較的厚みのある本の割には、すらすらと読めていく。
マーケティングノウハウの集大成
足立氏は、これまでも講演や著書などを通じて、実務に即したマーケティングの考え方と実践について披歴してきた。このたび、大学時代の同級生でもあり、日本コカ・コーラなど外資系企業を中心にマーケティング経験豊富な土合氏の参画により、それらをある程度体系的にまとめたのが本書である。足立氏の過去の実績や仕事術を紹介した本や講演に触れていれば、内容的に重なる部分も多く理解もしやすい。
著者のお二人は消費財のメーカーであるP&Gの出身であり、これまでの経歴からも仕事の多くは消費者向けの大量生産品が中心となっている。
そのため、経験から来る潤沢な予算に基づいた大規模キャンペーンの打てる商品が多いように思える。だからといって、決して「売り切り」を前提としたマーケティングの話ばかりが出てくるということはない。
売るまで、売ってからの両方にわたり、購買者・使用者の愛着、使いたい気持ちの持続を高め、リピート購買、継続利用などにいかに気を配るかについても折に触れて語られている。ただ、店舗というリアルな場でのノウハウが、最近のデジタルマーケティング実用書に比べて多いことも事実だ。
この本の主張は「商売の原則は不変」であり、その不変の原則を使ってマーケティングの実務に応用することで、ビジネスの成功を可能にするということである。それは、インターネットの普及、ソーシャルメディアの台頭、モバイルデバイスの浸透によるデジタルデータが普及した現在でも通用するという著者の確信である。
西口氏との対談の中には、駅前でたこ焼きを売る屋台の商売人の話が出てくるし、足立氏がシニアディレクターを務めるナイアンティックの「ポケモンGO」についての言及などもある。
「成功を継続する仕組み」を作るのもマーケティングの仕事であり、重要なのは大局観だ、というのが足立氏の主張であり、販売・利用開始後の細かなテクニックなどについては本書の扱う範囲からは外れている。他にも教科書的な本には必ず出てくるであろうカスタマージャーニーなどについては、バッサリ切り捨てられている。語り口を含め、潔さがある。
クリエーションとコミュニケーション
本書がマーケティングの教科書として異彩を放っているのは、「アイデアの創造」に一章を費やしていることである。古典であるジェームス・W・ヤングの『アイデアのつくり方』に書かれているように、結局のところ「アイデアとは、異なったもの同士の結合、組み合わせである」という前提に立ち、アイデアを生み出すための実践的な方法を紹介している。ここで取り上げられているKJ法やら梅澤式のキーニーズ法などは、数十年前からよく使われているが、確かに実用的ではある。
アイデア創造と並び、戦略PRを含む「話題化」についても本書ではかなりのページ数を割いている。メディアが多様化・細分化する一方で広告を中心としたマーケティング関連の情報量が爆発的に増え、一方的な情報提供・広告が嫌われる中、マーケティング予算の多寡にかかわらず、人々の注目を集め、行動を促す、意識を変えるための手段として「話題化」はますますマーケティングコミュニケーション上重要になってきている。
一方、予算が潤沢にある商品の場合は相変わらずTVがコスト面では有利になる。その場合には、他のメディアとの協調なども含め、広告クリエイティブの「質」が大きくモノを言う。そのため、良いクリエイティブを引き出すための、広告代理店やクリエーターとの付き合い方についての指南も本書では丁寧に行っている。そのあたりが実務書としての真骨頂だろう。
インタビューと対談コラムによる「マーケティングの人」のありよう
本書の特徴は、足立氏が聞き手となる形で幾人かのインタビューを組み入れていることにある。例えば、元スマートニュースの西口一希氏を迎えて、『顧客起点のマーケティングとは?』と題するインタビューを2回に分けて掲載している。西口氏の著書に載っている9セグマップは本書の第2章「マーケティング戦略」においてもターゲットセグメンテーションの方法として紹介されている。
足立氏のインタビューはどちらかというと、相手の話を聞き出す黒子としてではなく、クリエーターやPR専門家を含む対談相手にマーケターとしての意見をぶつけ合う対話の色が濃い。マーケティングに何らかの形で関わる読者にとって、この対話は実際に仕事の場で話をしているような「ライブ感」があって楽しめるのではないか。
そして、マーケティングの教科書としては珍しく、インタビュー中の顔写真を何枚か挿入することで「仕事をする人」が身近にいる感じを醸し出す工夫のように思われる。
足立氏と共著者の土合氏による5編の対談コラム含め、これらが生き生きしているのは、ごく最近の事例があるかと思えば、学識に裏打ちされた話がさらっと出てくる、その振れ幅の大きさにも現れているように思う。
例えば、イノベーションを巡っての両著者の対談コラムでは、「ハイチオールC」の事例と、シュンペーターによる初期の分類・定義、アバナシー&キムのイノベーションの分類の話が同居している。
頭を使え、工夫せよ、イノベーションを起こせ
本書では、教科書的な概念は、少しは出てきているが、むしろそうしたベーシックな知識やその運用はマーケターとしては当然身についていなければならないわけで、「あなたの知らない」ものであっては困るはずだ。
本書が目指しているのは、日々自分の扱うサービスや商品の抱えるマーケティング上の課題(例えばプライシングだとかラインエクステンションなど)をどう解決するかに悩んでいる時に、実践で使える「商売上の原則」を、生きた事例とともにマーケターに再認識してもらうことにあると思われる。
本書を読み終えて感ずるのは、常日頃から好奇心を持っていろんなことに参加、体験、観察をして引き出しを広げておくことの重要さである。それを柔軟な発想で駆使することで、壁を打ち破ろうとするのがマーケターの資質だと教えてくれる。本書には、他のあらゆる職業と同様、考えること、工夫することが大事だということがにじみ出ている。結果としてそれはイノベーティブな仕事につながる。
足立氏も次のように告白している。
「この本は、マーケティングでイノベーションを起こしましょうと、繰り返し呼びかけているつもりなんですね」
記事執筆者プロフィール
|
|
![]() |
株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |