サブスクリプションで売上の壁を超える方法
発行日:2020/1/23
著者:西井 敏恭
発行:翔泳社

文:大下文輔

サブスクリプションの背後にあるマーケティングの変化

音楽のSpotify、映画のNetflix、書籍のKindle Unlimited、クルマのNOREL、バッグのラクサス、学習のスタディサプリ、ソフトウェアのMicrosoft Office 365など、ここ数年でサブスクリプションサービスの種類や利用の浸透の広がりにはめざましいものがある。
雑誌の定期購読や食器の定期頒布など従来型の月額利用サービスは、売り切りモデルをベースとしているという点で、上記のようなサブスクリプションサービスと大きく異なる。

本書のサブスクリプションの定義は、「定期的な利用があり、かつデータが活用されているもの」である。
従来型の売り切りモデルは、販売後のデータ取得と利活用の程度が少ない、あるいはできにくいために「定期利用の販売や契約」がマーケティングの重点であった。
ところが、サブスクリプションサービスは、販売・契約後のデータ活用の程度と重要性が格段に増している。いかに売るかに知恵を絞るマーケティングから、いかに長く利用してもらえるかを工夫するマーケティングに変化してきているのだ。

これは、サブスクリプションのみならず、都度利用のサービスやモノの販売にも言えることである。
いかに同じ商品を続けて購買してもらい(反復購買、リピート需要)、ブランドスイッチを防ぐかについて、消費者の行動データ、意識データを活用し、よりよい体験作りを目指すという点ではサブスクリプションとは変わらない。
ただ、サブスクリプションサービスは、契約後の消費者体験作り、カスタマーサクセスの重要度の度合いがそうでないものに比べて格段に高い。なぜなら、定期利用でないものは販売数に応じたレベニューが期待できるが、サブスクリプションは、継続期間がより重要になってくるからである。

サブスクリプションサービスで、契約後に使い続けてもらうための打ち手を考えることが、本書で言う「サブスクリプション・マーケティング」である。
本書を読むことは、「売り切りモデル」「都度利用」をしているビジネスに携わっている人にとって、今後の展開をどうするか、あるいはマーケティングの変化にどう追随するかのヒントを得る機会となる。

サブスクリプション・マーケティングの3つのポイント

本書の第2章では、次の3点をサブスクリプション・マーケティングのポイントとして挙げている。

  1. 「買う」から「利用する」への変化
    顧客が本来望んでいるのは、何かを買いたいのではなく、それを使いたいのだという気持ちを理解すること。例えば、ストリーミングサービスの前提は、CDを買いたいのではなく、音楽を聴きたいという顧客の気持ちによりよく答えることにある。
  2. データ活用による顧客体験の改善
    顧客の「使いたいという気持ち」をデータの活用で強めていくこと。業務で起こったことについて、仮説を立て、それを検証する。そのための一つとして、顧客にメリットのある形で、フィードバックを得やすい仕組みを設計しておく必要がある。
  3. 顧客と企業による成功の共創
    企業は顧客と共に、顧客の成功(顧客が自身の目的を達成すること)を、サービスを改善しながら創っていく。顧客の目的達成を測るための量的・質的なKPI(著者はサクセスKPIを言っている)を設定しておく。顧客の成功により、顧客が顧客を連れてくる構造ができる。

本書は、マーケティングの変化を背景にしたサブスクリプション・マーケティングのポイントに沿って、サブスクリプションのタイプを分類し、サブスクリプション事業をどう作っていくか、サブスクリプションビジネスのKPIをどう設定するか、事業計画をどう立てるか、サブスクリプションビジネスに適した「顧客中心の組織」をどう作るか、について実践的に解説をしている。
とりわけ事業計画の立て方、指標(KPI)によるビジネスの管理について、丁寧に説明されている。
そして最後に本書の内容を「サブスクリプションで売上の壁を超える」5つの要点にまとめている。

サブスクリプション事業のフレーム:PTCPP

著者の西井敏恭氏は、サブスクリプションサービスの一つであるOisixを提供しているオイシックス・ラ・大地のCMT(Chief Marketing Technologist)である(他にも複数の仕事に携わっている)。
本書では、彼の提唱するサブスクリプションサービス事業のフレームワークPTCPP(プトクップと読むそうだ)が紹介されている(図1)。

図1.サブスクリプションの事業を作るフレームワーク「PTCPP」
図1.サブスクリプションの事業を作るフレームワーク「PTCPP」(サブスクリプションで売上の壁を超える方法 p.76/西井 敏恭/翔泳社)(※画像クリックで拡大)

最初のステップPはペインの発見である。ペイン(痛み)とは自社の商品やサービス、もしくはすでにある世の中のものでまだ顕在化していない、「実は不便なところ」を指す。

ペインが見つかったら、それを解消するための仮説を立て、提供したい最小限の体験を盛り込んだサービスの開発を行い、トライアル(試行テスト)によって、ターゲットは合っているか、ペインは解消されているかを確認する。

ある一定のユーザーから「これいいね!」と言ってもらえたら、次のステップであるコアバリュー作りに進む。この段階ではユーザーへのインタビューなどを通じ、ユーザーがその商品・サービスのどこに本当の価値を認めたのかを理解し、提供価値の核心(コアバリュー)を見つける。コアバリューは、従来の商品・サービスでは得られなかった「ペインとその解消」が技術やコスト面から「実現可能な形」であることが求められる。

コアバリューが決まれば、いよいよ事業計画の策定に入るが、端的に言って「ビジネスとして成立するか」がポイントとなる。事業は、スモールスタートで始め、テストを繰り返しながら、コストと利益のバランスを見ながら事業として成り立つかどうかを見極めてゆく。テスト的に事業スタートをする間にも、ユーザーからのフィードバックを得ながら本格展開の意思決定を行う。

本格展開に入ったら、サービスを育てる段階に入る。サービスを育てる段階は、プロダクト・マーケット・フィット(PMF)と呼ぶ。Product Market Fitとは、商品・サービスがよりよく顧客の成功につながるよう、改善を行いながら市場への適合を図る(Fit)ことを指す。例えば利用を止めた人はどうして止めたのか、利用を継続してもらうためにはどうすれば良かったのかをデータの活用を行いつつ突き止めて、商品・サービスの改善をどんどん繰り返してゆく。そうして、顧客一人ひとりのLTVを向上させてゆく。

プロダクト・マーケット・フィットによる商品・サービスの改善を行いながら、ビジネスの拡大を図っていくが、著者はそのための3つのステップ「共感」、「パーソナライズ」、「入り口商品作り」を指摘する。
顧客が商品を気に入ってそれを勧め、それが潜在顧客の共感を呼んで利用者を増やす。
次に、個人あるいは特性の似たセグメントに対して、データを分析しつつ、多様なニーズに対して個別の最適化を図るようにする。
最後は新規顧客獲得のために、トライアル利用を促す打ち手を繰り出す(例えば無料試用期間を設けるなど)。
ビジネス拡大につなげる「もっと使い続けたい」という気持ちを喚起できているかは、「顧客の暮らしを提案できているか」と「顧客の成功体験をアップデートできているか」という2つの視点でチェックする。

サブスクリプション事業のポイント

本書で展開されているサブスクリプションサービス事業のポイントは、5つに集約される(図2)。

図2.サブスクリプションで売上の壁を超える5つのポイント
図2.サブスクリプションで売上の壁を超える5つのポイント(サブスクリプションで売上の壁を超える方法 p.190/西井 敏恭/翔泳社)(※画像クリックで拡大)

デジタルテクノロジーの進化・普及によっての取得、利活用がどんどんやりやすくなっている中で、企業と顧客がよりつながりやすくなり、関係性を深めることができるようになった。

著者は、「サブスクリプションは、顧客の成功を願う企業が顧客体験の向上を追求していく中で見いだした、顧客との1つの付き合い方です。つまり、サブスクリプションは目的ではなく、手段なのです。」と結論づけている。
より広くは、顧客の体験を自動取得されたものや顧客の声を含めたデータの活用によってどうデザインしてゆき、ペインを克服して成功に導くか、というのがこれからのマーケティングのあり方だとも受け止められるだろう。

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。