UXグロースモデル アフターデジタルを生き抜く実践方法論
発行日:2021/09/21
著者:藤井保文、小城崇、佐藤駿
発行:日経BP

文:大下文輔

アフターデジタルシリーズ3冊目となる実践の書

本書は『アフターデジタル』、『アフターデジタル2 UXと自由』に続くアフターデジタルシリーズ3冊目である。タイトルにもある通り、実践方法を事細かく記述してあるが、それは前2作の著者である藤井保文氏を含む3人の著者が所属するビービット社のノウハウを公開することに他ならない。

本書の執筆動機として、藤井氏の「はじめに」で2点を記している。
一つは、アフターデジタルというややバズワード化した用語が、本来は「UX起点の社会になる時代を示す」言葉であり、UXの重要性を再提起しようとしたことにある。
もう一つは著者らが提唱するアフターデジタルの「バリュージャーニー」におけるUXの企画力をつけるのに適切な教科書がなかったということである。

そうした背景のもと、本書は7章から構成されており、第4章から第7章までが実践的な知識を伝授するパートである。
その前提として第1章では、目指すべき進化の方向性が提示され、UXグロースモデルが必要となった理由と重要な概念である「バリュージャーニー」について詳細な解説が加えられている。
第2章ではUXグロースモデルについての基本的な考え方が提示されている。
第3章はバリュージャーニー型におけるユーザー理解のあるべき枠組みについての意欲的な提案を行っている。

アフターデジタル時代の競争原理と、バリュージャーニー型

ビフォアデジタルの時代の場合、例えばクルマにおいてはクルマがA地点からB地点への移動という小さな目的の達成(小さな成功)しか支援できなかったのに対し、デジタル化が進展すると、企業はデジタルチャネル上に顧客と接点が持てるようになる。
そのことで、企業は顧客が一連の顧客体験の連なり(バリュージャーニー)の提供を通じて、顧客の大きな成功(例えば、クルマとスマホアプリの組み合わせによる旅のプランからアルバム作成などによる楽しい思い出作り)を支援することができるようになる。
これらは、クルマというメインプロダクトに、旅行会社などの複数の企業が機能を提供することによって実現可能となる。

ドライブ旅行をする顧客視点に立てば、クルマを単なる移動手段として使うより、目的地に行くまでのさまざまな便益を通して、かけがえのない時間を過ごした思い出作りという体験のバリューの方を重視するだろう。

つまりアフターデジタルでは、こうしたバリュージャーニーの提供が競争の軸になる。

これまでクルマを作ってきたメーカーから見ると、クルマを移動の手段として機能を提供し、小さな成功を支援する方が収益性は高いと思われがちだが、売り切りモデルで大きな額を費やしてきた広告や営業活動の費用を削減して、ジャーニー使用料(アプリなどのサービスの利用料)を徴収することで収益性を担保できるという。

UXグロースモデルと社内体制

著者によれば、「UXグロースモデル」を端的に言うなら、「UX型DXを実現するために必要な活動」をモデル化したものと定義づけている。
UX型DXとは、新たなUXを提供することを目的としたDXのこと。
そこに含まれるのは、バリュージャーニー型への転換とその更新を行うトップダウン型のグロース活動と、顧客体験を継続的に成長させていく体制(グロースチーム)の構築と発展を行うボトムアップ型のグロース活動の2種類である。
この2種類の活動を異なるチームで運用する。これらの2つのUXグロースモデルの実践の方法が、各2章を使って事細かに書かれている。

本書では、社内体制の構築の必要性と、どう構築するかについても詳細に書かれている。けれども2つのチームは役割や視座が違うため、ともすれば軋轢を生みがちともいう。実践の難しいところは、こうした実際起こりうる問題の解決で、教科書の範疇を超えた部分に困難があるように思う。
本の締めくくりの部分は、UX型DX推進のための「全社への落とし込み活動」となっている。一番難しいのは、抽象度の高い概念を理解し、バリュージャーニー型への変化を決断するところだろう。ということは、少なくとも経営陣、トップの関与は不可欠であり、下手をするとそこが中途半端に終わる可能性も想像される。実践は難しい。

「心理探究型」対「メカニズム解明型」

本書で最も読み応えがあるのは、「人間理解の探求から、メカニズムの解明へ ―― ユーザー理解を再定義する」と題された第3章である。
そこでは、UXグロースモデルにおける企業変革を推進するために必要なUX企画力を困難なものにしている理由が、誤ったユーザー理解の枠組みを採用していることにあり、それを正しい枠組みに変えようという提案を行っている。

間違った枠組みを「心理探究型のユーザー理解」と著者は呼んでいる。心理探究型のユーザー理解とは、「人間の行動・選択の理由を、人間の内面に求めていく」もので、次のような例示がなされている。

「ユーザーがコンビニでプレミアム缶ビールを購入したのは○○ニーズを有していたためであり、さらに○○ニーズを有していたのは△△の価値観を持つ人物であったからである」という枠組み『UXグロースモデル アフターデジタルを生き抜く実践方法論』(p.115/藤井保文、小城崇、佐藤駿/日経BP)

このような心理主義的な枠組みはマーケティングではよく用いられている。けれども、それを使ってUX企画を立てようとすると、2つの矛盾・欠点が障害となるという。

1つは「人間の行動は状況・文脈によって変わる」ということだ。
例えばよくプレミアムビールを買う人が「自分にご褒美をあげるときは出し惜しみしない」という価値観を持っているとしても、すぐ後でクルマを運転する必要がある状況のもとではノンアルコールのビールを買うだろう。ノンアルコールビール選択の因果関係は、人間の価値観や心理特性ではなく、状況・文脈によって作られるはずだ。

2つ目は、「人間の行動は、純粋なる心の産物ではない」ということだ。
例えば心拍計付きのスマートウォッチを見たことで、欲しくなって買うという場合、商品を知る・認知するという状況が先にあり、それによってニーズが喚起されるということになる。
その人にとって「心拍計付きのスマートウォッチが売られている」ということを知らない限り買うという行動が喚起されないし、もともと心拍計付きのスマートウォッチが欲しいという欲求(ニーズ)があったわけでもない。

心理主義的な人間観を採用すると、UXは企画者のセンスや才能・知識経験を頼りにせざるを得ず、困難なものになる。

それに替えて、著者が提唱しているものが、行動の因果関係を状況・文脈に求めるもので、著者は「メカニズム解明型」と呼び、次のように定義される。

ユーザーの行動・選択の理由を明らかにするために、その行動・選択が「(1)どのような成功を目指す文脈における、どの行動フローを完遂させる手段だったのか」を把握した上で、「(2)その行動フローを完遂させるために取り得る代替手段・支援ツールの中で、ユーザーがとった行動が最も合理的な選択となるメカニズム」を解明すること。『UXグロースモデル アフターデジタルを生き抜く実践方法論』(p.131/藤井保文、小城崇、佐藤駿/日経BP)

ここから導き出されるプレミアム缶ビールの購買について、プロセスを端折って説明すると、「寝る前のリラックスタイムのシーンにて、明日への鋭気を養う」という成功を目指す文脈において「ON/OFFを切り替える」という行動フローを完遂させる手段であると把握され、その行動フローを完遂させるために取り得る代替手段・支援ツールを列挙し、その人の状況・文脈に合わせて最も合理的な選択となるのが発泡酒でもノンアルコールビールでもないプレミアム缶ビールなのだという理由を見いだせる。それが「選択のメカニズムを解明する」ことである。

本当に「心理探究型のユーザー理解は間違っている」のか

本書では「心理探究型のユーザー理解は間違っている」と言い切きり、「メカニズム解明型」こそが正しく再定義されたユーザー理解である、と主張している。

ただし、この主張は、誤解を招きやすい。ユーザー理解の前提となっている選択・意思決定が、n=1すなわち商品やサービスの対象となる典型的な人(ユーザーペルソナ)に絞り込んだ上で、バリュージャーニーにおけるコンテクストやシチュエーションで行われる場合を中心に想定されていることを踏まえた上でなら正しい、という限定付きの議論なのだ。

コンテクストが異なるという非常に短い時間軸で人間を捉えると、同じ人でも移ろう。実際には、コンテクスト(例えば「寝る前の英気を養う」という成功を目指す文脈)と内面(例えば「ご褒美感のある商品には出し惜しみをしない」という性質)との相互作用でプレミアム缶ビールという商品選択が行われる。これは、人間の内面については、一要因として折り込み済みであることを意味する。

バリュージャーニー型はそうしたコンテクスト中心の枠組みを採用した方が合理的である一方、市場があって、そこにセグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングを行うといったより幅広く、時間軸の長い想定では「移ろう個人」ではなく、「ある特性を持った人間の集合」としてユーザーを捉える方が合理的で、その特性の1つが人間の内面ということになる。
バリュージャーニー型では、STPという企業目線のレンズを外すことはもちろん、個人の内面を固定的に捉えるのではなく、コンテクスト中心というレンズにつけ替えるべきという主張はよくわかる。
両方を同時に扱うと、収拾がつかなくなる。人の内的動機を中心として考えるか、状況・外的要因を中心に組み立てるかについても、マーケティングのコンテクスト次第であると考えられるだろう。

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。