文:大下文輔

先月の定性調査を報告したばかりだが、今月はDMPについての話題だと聞いて、再びJMRX勉強会の内容をお伝えすることにした。『「DMPによる調査データのアクティベーション」~調査の真価が問われる時代へ~』と題した発表で、世界有数の調査会社であるカンターグループに属するカンタージャパンのデジタル・ソリューション ディレクター、関井利光氏が登壇した。ここでは、関井氏の発表にもとづき、筆者(大下)がその概要を再構成したものをお届けする。

このプレゼンテーションを手短にまとめると、

1)サーベイは質問数が少なく、答える時間が短くてすむ、小型軽量化の方向に向かっている(ナノ化)
2)そうした小型の調査を大量のデータを保持し、マネージできるDMPのデータと紐づけることで、マーケティングのプランや施策に活用する可能性が広がる

ということになる。

消費者アンケートは、対象者の負担を減らす傾向に

まず、サーベイのナノ化について。
企業が実施する消費者アンケート、とりわけオンラインでの調査は、回答に15分以上かかるものがどんどん減り、回答時間、質問数ともできるだけ減らし、対象者の負担を減らす方向にある。中でも、1分以下で回答可能で、1~2問程度のものをカンターではナノサーベイと呼んでいる。サーベイのナノ化とは、回答者の立場から見れば、すぐ終わる簡単な調査、あるいは負荷の少ない調査に向かう傾向を指す。一方で分析者の立場から見ると、変数を減らす方向に向かうことである。回答者負担を減らすことで、ナノ化はケース数(対象者数、回答数)を増やすことにつながる。

サーベイはMegaからNanoへ
サーベイはMegaからNanoへ

ナノ化の背景には、消費者が見るスクリーンが、落ち着いて回答しやすいパソコンから、動きながらでも使うスマートフォンへとシフトし、情報のつまみ食いが常態化しているという環境の変化がある。そうした中で、負荷がかからないアンケートは、回答の信頼性(質)を高くすることができる。また、意思決定のスピードが求められている中で、調査をして結果が出るまで、できるだけタイムラグがないことが重要になってきていることもある。

一方で、質問数の少ない調査では、知り得ることが限られ、分析の幅も狭い。だが調査外データが充実してきており、知りたいことに焦点を合わせることもしやすくなった。そうした調査外データとの関連付けに、DMPが大きな役割を果たす。

DMPは、リーチは広いが欠損も多いパネルのようなもの

DMP(Data Management Platform)には、サーベイの対象者を含むインターネットアクセス者個人と、直接的間接的に紐づいたデータが格納され、随時更新されている。格納されているデータには、オンライン広告用のクッキーログ、CRMデータ、自社サイトのアクセスログ、メディア会員データ、調査パネルデータなどがある。(もちろん、これに位置情報などのリアル行動データやら、テレビ視聴ログが加わることもあり得る。)こうしたデータベースが何種類かあったとして、一つ一つに全員分のデータがそろっていることはまずあり得ない。関井さんは、「リーチは広いけれども、欠損値が多い、パネルのようなものだ」と説明する。

DMP はさまざまなデータを格納
DMP はさまざまなデータを格納

リーチというのは、DMPがアクセス可能な人数である。欠損値がある、というのはある人のデータセットの中で、例えばオンライン広告のクッキーログとCRMデータと、自社サイトのアクセスログはあるけれども、その他のデータがない(欠損している)ということである。DMPが通常抱えているデータのうち、圧倒的にリーチが広いのが、DSP/SSP/AdExchangeなどにかかわるオンライン広告の行動データである。
DMPの「M」すなわち、データをマネージするというのは、1)統合、2)セグメンテーション、3)セグメント拡張、4)アクションの4相である。統合とは、複数のデータベースを載せて、できる限り一人ひとりに結び付ける(シングルソース化する)ようにすることである。そうすると、個々のプロフィールがよりリッチなものになるため、DMPを使ってセグメンテーションしやすくなる。詳しい説明は省くが、欠損データがあったとしても、個人がどのセグメントに属するかを推定により判別することが可能なので、それによって、セグメントの拡張(推定セグメンテーションによるセグメントの拡大推計)ができる。拡張したセグメントデータを使った分析をし、打ち手を考え、アプローチし、反応をとらえる、などがアクションとなる。ここまでが長いけれど前置きだ。

ナノサーベイをDMPと結び付け、セグメンテーションをより豊かに

さて、ナノサーベイは簡単に実施できるが、単独では浅い分析に終わり、通常は使い捨てのアドホックデータになってしまう。しかし、DMPに載せ、回答者IDに紐づける(統合する)ことで、セグメンテーションやセグメント拡張がより豊かなものになる、というのが関井さんの提案である。DMPの大半を占める行動データは、マーケターや経営者から見て無機的なものだ。ここにちょっとした意識・態度などの変数を加えることで、マーケターや経営者が想像しやすく、しかもアクセス可能なサイコグラフィック・セグメンテーションが可能になる。ナノサーベイがDMPと結び付くのは、スモールデータとビッグデータのマリアージュでもあるし、意識と行動のマリアージュだともいえる。(注1)

プレゼンテーションではいくつかのケースが報告されたが、例えばある炭酸飲料に対する今後の飲用意向をベースに、他のデータを組み合わせてセグメンテーションを行った例がある。今飲んでいる人ではなく、今後もっと飲む人をターゲットセグメントとしたが、そこではブランドへの関与やエクイティを加味した「TNSグロースセグメンテーション」という精度の高い独自のセグメンテーション方法を採用した。(注2)それをもとに、類似の人をDMP上で判別してセグメント拡張を行い、クリエイティブを開発・テストしてぶつけたところ、セグメンテーションの寄与もあり、セールスが15%アップしたそうだ。

通常、意識データでセグメンテーションしようとしても、行動データに直接つながらないため、詳細ペルソナを描いたうえで、性・年齢などのデモグラフィックに戻してターゲットにアクセスするまでに伝言ゲーム的なプロセスを要する。だが、サーベイをDMPのデータと統合できれば、意識データが行動データとダイレクトにつながることも大きなメリットである。

サーベイをDMPのデータと統合できれば、データが直接つながる
サーベイをDMPのデータと統合できれば、データが直接つながる

サーベイのナノ化が根付くためには、気軽、安価、かつ使い勝手のいいツールが必要だ。その強力な助っ人が、2015年から日本でも利用可能となった「Google Consumer Survey」である。質問数の上限が10問など、ナノサーベイに近いレベルに特化した仕様になっていて、設計の自由度は高くないが使い勝手のいいツールになっている。例えば、消費者が有料記事を読もうとする直前に、サーベイの質問に答えれば、その記事への読者登録をせずに有料記事を読めるようにすることで、調査に答えやすい環境を提供している。カンターでもそれを意欲的に使って、ノウハウを貯めている。


注1.ただし必ずしもナノサーベイが意識や態度を調べるためのものである必要はなく、行動ベースのものであってもかまわない。
注2.カンター社によれば、南アフリカにおいて特定の部族がその宗教上の信条を変更する要因を解明するために開発された心理学的モデルを採用しており、100カ国で、300カテゴリー、210,000のブランドについて、14,000件以上の実績がある。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。

 

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