文:大下文輔
JMRA(日本マーケティングリサーチ協会)は、1975年に設立された、マーケティングリサーチを生業とする企業によって構成される一般社団法人で、リサーチャー向けのセミナーを数多く行っている。私も若いころ、随分お世話になった。とりわけ、媒体関連の調査など、他ではなかなか教わる機会のない貴重なものだったと思う。
今回報告するセミナーの講師は、CRM(Consumer Relationship Management)コンサルティング会社を経営する坂本雅志氏で、実務のかたわら、青山学院大学大学院でCRM戦略の教鞭もとっておられる。
セミナーの内容は同氏の著書「この1冊ですべてわかる CRMの基本」を下敷きとし、実例を織り込みつつCRMに関するデータベースの分析と、それを業績にいかにつなげてゆくかが主題であった。
主な論点は、「そもそもCRMとは何か」「なぜCRMが必要なのか」、および「なぜ顧客ベースでとらえてゆく必要があるか」である。
CRM戦略の骨組み
CRMとは何かについてはさまざまな定義があるとしつつも、坂本講師は「顧客を適切に識別し、ターゲットとする顧客の満足度と企業収益双方を高めるための、経営における選択と集中の仕組み」であると規定する。
顧客を「適切に」識別するとは、企業に利益をもたらす優良な顧客がどのような人たちであるか、を見抜くことである。そして、そうした優良顧客を維持して育成する、または新規獲得するといった関係を構築し、そのためにマーケティングコストをそちらに集中する、というのがCRM戦略の骨組みである。
顧客の識別には、顧客データを収集し、管理し、分析して活用することが必要であり、それによって明確化された優良顧客に対して効率的なプロモーションを行いつつ、顧客との関係(リレーション)を構築してゆく。
効率的なプロモーションを実施するためには、顧客接点(コンタクトポイント)の各種設計管理が重要となる。顧客接点の管理には、顧客への対応、営業のプロセスから組織の編成や改革が含まれる。顧客の識別と顧客リレーション構築双方のプロセスの繰り返しとフィードバックにより、組織にはCRM能力、すなわちCRM戦略を構築する組織のマネジメント力が蓄積されてゆく。
その結果として、顧客のLTVが最大化され、中長期の利益が安定的に確保される。これがCRMプロセスのアウトラインである。
CRMプログラムを通じて、潜在顧客から初回顧客になる確率を上げ、リピートを促し、離反を防止しつつ優良・VIP顧客に育成してゆくが、それぞれの段階での「識別」「関係構築の方法」に必要なのが、顧客データと顧客へのコンタクト手段・経路である。
そのために、当然ながら顧客データベースは不可欠なものとなる。講師によれば、それらの整備は今のところ、多くの企業にとって十分なものではない。
「1顧客1ID化」と、優良顧客の識別法
ところで、このセミナーには、「1顧客1ID化によるCRMの基本を学ぶ」というサブタイトルがつけられている。これは、先に述べた「優良顧客」を識別すること、より正確には顧客の特定(identification)に関わる問題である。
例えば「新宿店」「池袋店」といったリアル店舗、それからウェブの販売チャネルなどで顧客情報が個別に管理されている場合、同じ人がそれぞれのチャネルや店で同じ商品を買ったとしても、その商品を繰り返し購入する人とはみなされず、優良顧客かどうかの足がかりが見えない。
しかしCRMの観点からは、顧客情報は、企業(ブランド)から見てひとりの顧客に対して一つのものになっているべきである。すなわち、その人の行動や意識がいつ、どのように起こり、どのように変化したかを追えるようにデータベースを一元的に管理し、シームレスかつ体系的な接客という施策につないでゆくことが肝要である。
1顧客1ID化されたデータベース、つまりシングルソース化されたデータベースが、効果的・効率的なCRMの基となるのだ。
リサーチャー向けのセミナーゆえ、CRMで特に重要となる顧客識別についての具体的な手段や分析の方法についても紹介された。
例えば顧客の構造を知る手法として紹介されたのは、デシル分析、デシル移動分析、顧客離反分析、RFM分析などであり、概ねスプレッドシート上の表頭―表側で表現されたデータとして得られるものである。
とりわけ、RFM分析は顧客全体の中から優良顧客を識別する際にも応用のきく方法である。一定期間内のRecency(いつ来店したか、買ったかの直近データとそれまでの経過期間)、Frequency(何度来店したか、買ったか)、Monetary(いくら買ったか)から顧客の特徴をとらえて分類し、各社の製品特徴や状況に応じて優良顧客を定義し、同定するのに利用する。セミナーでは優良顧客の同定には、RFM+αの考え方が必要だとの示唆があった。
理想的な顧客接点の持ち方
顧客に対しては、多種多様な人や組織が、さまざまな接点で接する。先述したように、顧客情報を一元管理し、シームレスな接客をいかに体系的に実現するかが、CRMの目標となる。顧客属性・特性に合わせた最適チャネルを配置し、顧客の情報収集(購買初期)から購買、購買後フォローまでの対応を管理するのが顧客接点管理であり、組織全体としての顧客接点(およびその流れ)の設計が施策の基本となる。言い換えればシームレスな顧客対応が顧客ロイヤルティ向上の源である。
こうした顧客の接点には5つの要素、すなわち1)営業担当者、2)店舗(スタッフ)・オンライン店舗、3)コールセンターやコンタクトセンター、4)ウェブサイトや専用アプリ、5)SNS、などが含まれる。
それぞれの接点で、顧客階層(最重点顧客、収益拡大顧客、効率化対応顧客)に応じたリソース配分を行う。例えば最重点顧客に対しては、スキルの高いスタッフやチームの数をかけて対応する、などである。
顧客接点の持ち方以外に、顧客リレーションの構築の要素として必要なことは、顧客セグメントの上位へのランクアップをいかに行うかという顧客の維持・育成の方法、収集すべき顧客データの種類と特性に応じた顧客データベースの構築と分析、およびその活用がある。これらについてもひと通りの説明があった。紙幅の関係でそれらを逐一示すことはできないが、データ分析事例として紹介されたものは、RFMのほかにデシジョンツリー(決定木)分析、クラスター分析、ロジスティック回帰分析を用いたDMの反応予測モデル、テキストマイニングなどであった。
最近のマーケティング関連書籍やセミナーがほとんどそうであるように、今回のセミナーでも、統合的なデータ管理がどれだけ重要であるか、オンラインとオフラインのシームレスな連携が求められていること、マーケティングの重心は顧客にあることが語られた。
分析にはそれなりの専門性が必要であるが、分析の前提となる仮説構築や施策・打ち手のアイデアに関しては顧客の目線が必要になることも再び確認された。
セミナー日時:2016年2月24日14:00~17:30
場所:JMRAセミナールーム
講師:スマートウィル 代表取締役 坂本雅志(青山学院大学大学院 国際マネジメント研究科講師)
記事執筆者プロフィール
|
|
|
株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |