文:大下文輔
アクセンチュアは37万人の社員を擁する世界有数のコンサルティングファームである。毎年、向こう数年のテクノロジートレンドを見通し、それが社会やビジネスにどのような影響を与えるか予想したものを「Technology Vision」として発表し、自らのコンサルティング業務の指針としている。
そのベースとなるのが、同社がグローバルで実施している独自調査で、今回は2015年10月から12月の間、年間売上が5億ドル以上の企業を中心に、広範な業種の企業の企業幹部およびIT担当役員、約3,000人を対象として実施された。
今年1月、2016年のTechnology Visionが発表された。それらを解説したプレゼンテーションが3月8日、同社で行われたので参加してみた。プレゼンターは樋口陽介氏。テクノロジーの目利きであり、Technology Visionを日本企業向けに編纂している。
デジタル・カルチャーショックを克服するためのビジョン:「主役は“ひと”」
2016年のTechnology Visionのキーメッセージは、「主役は“ひと”(People First)」である。ここでの“ひと”は、マーケティングの対象となる消費者、生活者のみならず、ビジネスにおけるイノベーションの作り手や働き手などをも含む、より広範な概念である。
主役が“ひと”であるべきだ、との主張の背景には、今はデジタルによる大変革の最中にあるという認識がある。アクセンチュアの予測では、2020年にはGDPの25%がデジタルによって占められる。すなわち、デジタルビジネスが経済活動において重要な役割を担う。そして、その変化のスピードも極めて速い。
先述の調査によれば、回答者の属する業界での技術の変化について、急速に、あるいは前例のないほど急速に拡大すると予測した人が86%にも上った。
デジタルテクノロジーの劇的な進化は、強いインパクトを持ち、一種のカルチャーショックを生む。そのカルチャーショックを乗りこえるために、いま心しておくべきことが、「主役は“ひと”」という見識だ。
過去にも同社は「『個』客体験をもたらすインターネット」など、顧客を中心に据えたテクノロジートレンドを示してはいたが、2016年版では、テクノロジーによる“ひと”の進化や、それが産み出す企業文化など、ビジネス成功の鍵として、より強く“ひと”を強調している。
5つのテクノロジートレンド
アクセンチュアは「Technology Vision 2016」で5つのテクノロジートレンドを定義している。それらを、実例などを交えて解説するのが樋口氏のプレゼンテーションの中心部分だ。5つのトレンドは順に次のようなものである。
- インテリジェント・オートメーション
人工知能などデジタルテクノロジーの進化に伴い、自動化、自律化が高度になっていく。そのことによって人間は機械にできない仕事に専念できる。IoT(モノのインターネット)などが進展すると、どのように変化するか、を表したのが上の図である。
これは私の所感だが、この図の中長期の段階で提示されている事柄は、別に報告したように、インテンション・エコノミーの進展にともない、VRMのような新たなスキームができ、PDSができ、CSPが実現し、Marketing4.0に相当する“自己実現のマーケティング”に至るという流れに沿っている。CSPというのはまさに「“ひと”が主役」のプラットフォームである。
- 流体化する労働力
デジタル時代の日々変わりゆくニーズに合わせて、労働環境がますます柔軟になっていくという現象を指している。変化に対応できる組織と、それに相応しい柔軟性を持った労働力によってイノベーションが実現する。企業にとってはトレーニングなど、人材への投資の重要性が高まっている(ちなみにアクセンチュアは売上の5%をトレーニングに投じているそうだ)。
- プラットフォーム・エコノミー
プラットフォームは、その中に参加するプレイヤーが増えることによって利便性などの価値が高まり、また新たなプレイヤーを呼び込むことによっても価値の増す存在である。樋口氏が提示した例で興味深く思ったのが、電力自由化は2つの壮大なプラットフォームの実験的プロジェクトだ、というもの。
1つはスマートメーターによるデータ収集プラットフォーム。プラットフォームの要件はさまざまなことが規格化されていることだが、自由化はドラスティックに進める起爆剤になる、という。
もう1つは、電気料金の課金決済プラットフォームだ。なるほど言われてみればそうである。この話も、CSPのレポートにあった、マイナンバーが壮大なプラットフォーム形成に寄与するという例とよく似た話である。 - 破壊を予期する
例えばUber X(タクシードライバーとしてのライセンスを持たない人による運転サービス)のように、それが出てくることによって、既存のタクシービジネスが破壊されることが、程度も含めて予想できるようになる。企業はそうしたリスクを予め自覚的にとらえることが必要になってくるというもの。
ここで樋口氏が例に挙げた、既存の自動車メーカーの考える自動運転とグーグルの考える自動運転のイメージは違う、という話は面白かった。既存の自動車メーカーは、今のクルマの延長(個別のクルマのドライバビリティ)を主軸に考えているのに対し、グーグルは、多数のクルマが街の中をぐるぐる走り回るという「群れ」のイメージでとらえ、それがもたらす利用価値に着目しているというのである。 - デジタル時代の信頼
デジタル時代には、顧客の信頼が欠かせない、という当たり前のようでいて企業が見落としがちな倫理綱領やポリシーの話。最近の例ではFBIの個人情報開示要求に対してAppleが抵抗したと言う話題もこれに関係している。また、顧客主導型のインテンション・エコノミーへのシフトを考えれば、信頼はプラットフォームをうまく回していくための必要条件であることは間違いない。
良質なコンテンツマーケティングとしてのセミナー
樋口氏の説明は最新の事例をふんだんに交えていて、非常に刺激的だった。
エコシステムの話をしているときに、ちょいと今西錦司の話を織り交ぜるなど、なかなか味わい深い(当人の認識は「漫談」らしいが)。
アクセンチュアが主催するこの無料セミナーはMeet Upという名前から匂ってくる狙いもあるだろうが、そういうことに係わらず十分楽しい。コンテンツマーケティングのよい見本だと思った。
最後に2016年のTechnology Visionのプレゼンテーションにあたり、樋口さんが参考にしたという本をスライドで披瀝してくれた。『旧体制と大革命 (ちくま学芸文庫)』(アレクシス・ド トクヴィル)、『精神の生態学』(グレゴリー・ベイトソン)、『テクニウム――テクノロジーはどこへ向かうのか?』(ケヴィン・ケリー)、『パピエ・マシン〈上〉 (ちくま学芸文庫)』『パピエ・マシン〈下〉 (ちくま学芸文庫)』(ジャック・デリダ)、『生物から見た世界 (岩波文庫)』(ユクスキュル/クリサート)、『ウィーナー サイバネティックス――動物と機械における制御と通信 (岩波文庫)』(ノーバート・ウィーナー)、『サイバービア ~電脳郊外が“あなた”を変える』(ジェイムス・ハーキン)の7冊である。新しいものもあるが、それも含めて古典とよべるものだ。そして、それらは1つとしてビジネスを主題にしていないことに注目したい。
<開催概要>
タイトル: Accenture Digital “Tech Vision Meet Up”
講師:アクセンチュア株式会社 デジタルコンサルティング本部
先端技術ビジョニング&IT戦略プロフェッショナル シニア・プリンシパル
樋口陽介氏
日時:2016年3月8日
場所:アクセンチュア株式会社
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |