文:大下文輔

レイ・ポインター(Ray Poynter)氏は、新しいマーケティング手法について積極的に提言を続けている人として、グローバルなマーケティングリサーチの世界で一目置かれる存在である。

2012年以来、親日家でもある彼はJMRXにおいてレクチャーを行っているが、今年も開催されると聞いて参加した。対象はマーケティングリサーチャーではあるが、業務でリサーチを使う人を含め、マーケティングを学ぶ学生など、もっと多くの人に聞くことをおすすめしたい内容だった。講義に使われたスライドはSlideshareにアップロードされている。

彼の講義は英語で行われ、逐語訳はなかったものの、話し方は明瞭でややテンポを落とした聞き取りやすいものだ。これはポインター氏が日本語を学んでいることとも関係している。彼曰く「1つ苦手なものを持っておきたい」と日々訓練しているようで、彼を知る人はその上達ぶりを称賛する。おそらく彼は苦手を克服する過程からいろいろな学びを得ているのだろう。そうした探究心がよいリサーチャーというものを形作るのではないか。

ストーリーは、ビジネスの意思決定に役立つように組み立てる

さて、この日の話は、質的な情報からいかにストーリーを見つけ出し、それを伝えていくかというものであった。本能的にこれができる天才は、それを教えることが苦手だったり、チームで仕事をすることが苦手だったりする。そこで、フレームワークを作ってシステマチックなアプローチでそれに迫ろう、というのが趣旨である。

ポインター氏の指摘の1つは、リサーチを広いコンテクストの中に位置づけて捉えるということである。それは、ある課題についてリサーチを必要とする企業内、リサーチ会社、あるいは一般社会といったさまざまなレベルで、その課題がどのように捉えられ、すでにある知識は何かということによる。

質的な調査(や情報)からストーリーを組み立てる、ということは、質的な情報の性質を見極めて結果を分析した後、それをとりまとめてビジネスの意思決定に役立つように話の流れを作るべく言語化することである。その前段には、調査を中心としたデータ収集と、分析の共生(Symbiosis)がある。

Symbiosis of Collection and Analysis
Symbiosis of Collection and Analysis
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ストーリーの典型例は、4タイプに分かれる。それは朗報(Good news)、警告付きの朗報(Good news with caveat)、何らかのオプション付きの悲報(Bad news with some options)、悲報(Bad news)である。よい報せか悪い報せかを決めるのは、クライアントが望んでいることと、リサーチの発見事項の組み合わせで決まる。

そして朗報と悲報では伝え方が異なる。悲報の伝え方は注意を要する。まず、悲しみには5つのステージがある(これはキューブラー=ロスによる癌患者が死を受容するまでの段階説にもとづく)。それは怒り、否認、取引、抑うつ、受容である。すなわち事実を淡々とプレゼンしても、その事実を知らされたクライアントは気持ちの上で素直に受け入れたくないのである。だから、消費者発言のビデオを参照するなどの方法をうまく取り入れる、あるいはもともとクライアントが期待していたことと一致する事実から伝え始めるなどの工夫が必要になる。

最終的にストーリーを含む、調査の全体像には次のような段階がある。
・信頼性が高く、効果的なストーリーづくりのためのフレームワークを決める
・課題を定義する
・データをフレームワーク─即ち誰もが同じ道具や方法に沿って使うもの?に沿って整理する
・主軸となるストーリーを見いだし、そこから膨らませてゆく
・朗報か悲報か、すなわち期待や信念を確認するかそれに商戦するかを確認する
・ストーリーは魅力があり、記憶に残るようなシンプルなものにまとめる

コトバは解釈すべきもの

これらの段階に沿って、ポインター氏はさまざまな内容の話をしたが、それについては先のSlideshareを参照いただきたい。

その中から1つ挙げておくと、コトバによるデータは、そのまま受け止めてもよい場合と、解釈が必要な場合があり、それはリサーチャーの判断に委ねられていることである。例えばある質問に対する回答が肯定的な場合と否定的な場合である。否定的な場合は、ある程度信ずるに足る。否定は、発言するのにそれなりの覚悟を必要とするものであるから、信じやすい。
だが肯定は、そうした覚悟も必要ない場合が多く、また否定する勇気を持たなかったり否定を隠したい気持ちを隠したりして発言されることもあるのである。このような場合には解釈が必要となる。その場合、根拠を持ってしっかり解釈できるだけの多面的なデータを集めることと、リサーチャーの解釈能力が要請されるのである。

よく、フォーカスグループインタビュー(FGI)、インデプスインタビュー(IDI)は、発言に信頼できない部分があるから、実施しても意味がないという人がいる。発言をすべて真実だと仮定するならそうだが、コトバは考えをそのまま伝えるものだとは限らない。
ポインター氏はイギリス人だが、同じ英語の発言でも、イギリス人とその他の国(即ち世界的に影響力が最も強い某国など)では異なる解釈をする場合があるという。半ば冗談交じりだが、「With the great respect…… (心からの敬意をもって)」という表現を聞けば、某国にいる人なら「He is listening to me(私の言うことを聞いてくれている)」と喜ぶだろうが、イギリス人なら「I think you are an idiot(あほかいな)」と思ってしまうだろう、と言う。

どんなデータであれ、必要に応じてリサーチャーは解釈をするし、またそうすべきなのだ。

その解釈という要素は、定性データにまつわる根幹的なものである。今回の講義のレッスンの1つが、改めて定性とは何か、と考える機会を得たことであった。

何が定性かにつき、1つの基準で明確に規定することはできず、あくまでそれは程度問題なのである。例えば、ドアノブが図にあるような右左のどちらか1つを選ぶとしたら、という問題を探る場合のアプローチとしてはいくつかある。

What is Qualitative?
What is Qualitative?
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FGIで迫ろうとする人は、Aは左利きの人に好まれ、Bは右利き人に好まれるかを見出した上で、どちらかのグループの意見の強さも加味した上でどちらかを選ぶ(定性的)。行動観察的アプローチを採る人は、人々がいろいろなドアなどの対象に対してどのように取り組むかを観察する。そして左手を使う人はAを好み、その逆もまた然りといった決め方になるだろう(定性的)。ユーザビリティの専門家は、経験と規準値に基づいて双方を評価する(定性的だが決まった点数システムを利用する場合は定量的)。サーベイの専門家の場合、90%がBを好むといった定量的アプローチを採る、あるいは左利き/右利きの変数を加味して、右利きの人はBを好む(こちらも定量的)とするか、あるいはなぜそうなのか、という自由回答を加えることで、利き手とA/B選択の対応関係を見出すこともあろう(いくばくかの定性を含んだ定量的なもの)。

また、定性的データもしかるべきプロセスを踏む(Operationalize)ことで定量データとして扱うこともできる。例えば好きとか嫌いとかという判断をスコア化することがこれに含まれる。定性は人間が分析するものだが、定量はアルゴリズムを用いる。

多変量解析の多くは、因子の距離計算などをして空間布置を行っているが、最終的には人間が各群の境界を設定したり、それらを意味づけし、解釈して命名したりすることなどからすると、データ処理の手法は定量的だが、分析としては定性的だと言うことが言えるだろう。少数サンプルから多くのデータを引き出すことを得意とし、解釈や意味づけを行って理解するという定性的手法には人間の知恵がまだまだ必要とされるだろう。

 

タイトル:レイ・ポインターMR白熱教室第3弾!英語で学ぶMR
日時:2016年4月12日
場所:全水道会館

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。