文:大下文輔

一歩先の働き方。そのロールモデル

リサーチャーの集まりであるJMRXの勉強会でも、テクノロジー周り、デジタル関連のトピックが増えてきた。今回は、2016年3月の出版にして早くも定番教科書と目される『アドテクノロジーの教科書』の内容紹介を、著者の広瀬信輔氏自らが、内容の一部をダイジェストしてプレゼンテーションを行うというものであった。

広瀬氏は、大学卒業後リサーチ会社のマクロミルに入社。すなわちマーケティングリサーチのバックグラウンドを持つ。そして現在もその会社でウェブマーケティングという要職に就くかたわら、「Digital Marketing Lab(DML)」という広告業界、広告主の担当者向けにウェブマーケティングや、アドテクなどの知識啓蒙を目的としたウェブサイトを運営したり、講演活動やコンサルテーションなどを行っている。会社員とフリーランスのコンサルタントという二足のわらじは、ともに片手間ではない本業である。リサーチ会社に勤務するリサーチャーが「署名入りの仕事(個人のレピュテーションをベースとした仕事)」をすることは極めて珍しい。また、副業(というより同じ専門能力を活かした別の本業)を持つ自由が与えられていることもあまり例を見ない。広瀬氏は、新しい働き方のロールモデル、と言えるかもしれない。

書籍は、ウェブサイトのDMLで書きためた内容を整理・再構成してまとめたものが中心となっているが、また同時に出版後の新しいトピックや本に盛り込めなかった内容などはDMLで補完することになる。グロサリーなどを含めたハンディなリファレンスとしての書籍と、縦横なランダムアクセスが行えるウェブサイトの関係は、コンテンツのオンラインーオフライン連携の優れた例と言えるだろう。本は2色刷であるが紫のキーカラーの使い方はウェブサイトとデザインのトーンが統一されている点に広瀬氏のこだわりを感じる。

アドテクの歴史と将来、そしてマーケティングリサーチとの関連

さて、プレゼンテーションのアジェンダは3部構成である。第1部は「アドテクを振り返る」と題し、インターネット広告にまつわるテクノロジーの歴史的変遷と背景を踏まえた、基本的な技術の内容と分析のおさらいである。第2部は「アドテクとリサーチ」をテーマにした、アドテクに関連したマーケティングリサーチのトピックである。第3部は、「今後のアドテク」と題し、比較的新しい事例紹介と将来の方向性についての考察を内容とする。

アドテクの歴史

第1部は、1996年にわが国でインターネット広告が登場したあたりから広告取引のネットワーク化が進展し、広告の取引データと、自社、外部データの連携が行われてウェブマーケティングが本格化しつつある、現在に到るまでの話である。まずは、媒体社のアドサーバーによる広告配信の外部化によってクリック数が測れるという極めて原始的なレベルから、広告在庫の調整問題によりアドネットワークによる第三者配信の登場、Cookieベースの行動ターゲティング広告の仕組みの説明が行われた。さらに、入札方式を採り入れたアドエクスチェンジにより、広告枠が取引市場化されるようになることとあいまって、データエクスチェンジャーに蓄えられたCookieデータにより、オーディエンスのセグメンテーションが行われるようになった。このことは「どのような人に対して広告を打つか」という関心のもとに広告配信が行われるようになったことを意味する。これが、広告取引の重心が「枠から人へ」と移行する流れの起点となった。

複数のアドエクスチェンジやネットワークを一元管理する仕組みとして、メディア側に立って広告収益の最大化を目的とするSSP(Supply-Side Platform)と、購買側に立って買付を有利に進めることを目的とするDSP(Demand-Side Platform)の2つのプラットフォームによって、入札単価の調整やオーディエンスターゲティングなどのシステム化が進んだ。さらに、DSPで配信する広告以外も含めて、メディアを横断した広告効果測定を可能とする3PAS(3 rd Party Ad Server:第三者配信アドサーバー)により、動画やインタラクティブなどリッチメディアの広告配信や効果測定が可能となった。

DSP、SSPは複数のアドエクスチェンジやネットワークを一元管理
DSP、SSPは複数のアドエクスチェンジやネットワークを一元管理
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超高速でデータを流通させ、さまざまな課金方式に対応した膨大な取引を可能にする技術は、すでに実用化されていた株取引の仕組みを応用してアメリカがリードする形で広まっていった。3PASはディスプレイ広告やリスティング広告などの複数の施策が一元管理できるため、最終的なCV(Conversion)に対する各施策の寄与を評価できる。その方法がアトリビューション分析である。アトリビューション分析には数理モデルや統計物理モデルなど、さまざまなモデルが存在するが、最も単純な成果配分モデルが経験上、汎用性が高いというのが広瀬氏の見解である。また、広告配信の質の管理のための計測ツールとしてアドベリフィケーションが、主として配信会社によって導入され、広告がユーザーに見える位置で表示されたか、あるいはアクセス不能なサイトや公序良俗に反するサイトに配信されていないかなどがチェックされるようになってきた。

2012年ころから使われ始めたDMP(Data Management Platform)は「枠から人へ」の流れを加速させている。DMPは基本的にデータの貯蔵庫である。DMPには、広告主が自社で管理しているユーザーの会員情報や購買データ、アンケートデータなどと、DSPなど外部で蓄積された外部データ(広告配信データのほかにオーディエンス、ソーシャルメディア、ECサイト)などが蓄積される。これらのデータを総合してユーザーのセグメンテーションを行うことで、「誰に届けるか」ということをデモグラフィック、サイコグラフィック、ソシオエコノミックなどの各種の切り口でセグメンテーションできるようになった。DMPに蓄積されたデータを加工処理してマーケティングオートメーションに組み込むことで、本格的なウェブマーケティングができることが期待される。

DMPに蓄積されたデータの活用で「枠から人へ」の流れが加速
DMPに蓄積されたデータの活用で「枠から人へ」の流れが加速)
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PMP(Private Market Place)は、広告取引に参加しているメディア(すなわち、広告枠)の品質を保つために、参加するメディアと広告主を限定した取引市場のことを言う。最近PMPを構築したいという会社が数社でてくるなど、急激とは言えないものの、伸びが期待できる分野である。

以上をまとめると、アドテクの歴史は、多くの企業とサービスが生まれてはつながって共存するエコシステム(生態系)の発展の歴史であると見なせる。

アドテク関連のリサーチ市場の躍進とその背景

広告の接触者と非接触者の比較などによる広告効果がどうなっているのか、あるいは各媒体の力はどうなっているのかに対する関心が増しており、そのためにアドテク関連リサーチの市場は急速に拡大した。今の広告取引市場は、低利益かつ大量の広告インベントリを抱え、巨大なプラットフォーマーにCPAで劣っている。そこで、媒体側は、CPA以外の広告価値を広告主に啓蒙する必要があること、また高単価商材である動画広告などのリッチメディアを販売する必要に迫られているといったことが背景となっている。

具体的にリサーチと購買データを活用した効果測定の事例として、オンラインの広告キャンペーンが実店舗での購買につながったかどうかを調べた事例が紹介された。

リサーチを進化させたCookieシンクとPiggy Back

マクロミル社は、AccessMillというCookie情報を取得したモニタのオンライン上の行動履歴(ログ)を把握し、オンライン広告の接触者や特定のサイト訪問者などに対して、実行動ベースでターゲティングして、態度変容などの分析が可能な手法を持っている。

アクセスミルの活用イメージ(マクロミルのウェブサイトより)
アクセスミルの活用イメージ(マクロミルのウェブサイトより
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これらの調査の基礎となっている2つのアドテク要素が、Cookieシンク(sync)とPiggy Backである。Cookieシンクはあるユーザーがウェブサイトを訪問したり、バナーを視聴した際に、そのユーザーに対して発行されたCookieを別のドメインで発行したCookieに紐づけてCookie IDを統合する技術。また、Piggy Back(便乗すること)とは、例えばDMPで広告インプレッションの計測を行う場合、広告クリエイティブが画像サーバーから呼び出されるタイミングで、DMPのタグを一緒に呼び出す、といったものである。

バナー広告に紐付いたアンケートと課題

なお、主としてレクタングル広告を利用したアンケート手法として、インバナーサーベイとリードバナーアンケートがある。インバナーサーベイは広告バナースペースにアンケートバナーと通常広告バナーとをランダム表示させ、広告接触者と非接触者のブランド態度を比較するものである。質問数が少なく、アンケートの自由度が低いほか、スマートフォンなどのミスタッチによる回答など、回答精度に難がある。リードバナーアンケートは、バナーからアンケートページにリンクを貼って回答を促す方式。こちらは通常のオンラインサーベイと同様のものであり、質問の自由度が高い半面、回答完了率が高くないため、散布路回収コストが嵩むということが課題である。

アドテクの今後をのぞき見る

第3部では、4つの将来に向けてのトピックが語られた。まずは、「CMP(Contents Market Place)」である。広告主が提供するコンテンツデータを、メディア側で取捨選択・加工して、メディアのメインコンテンツの一部として掲載する形をとる。メディアに掲載されれば広告主からメディアに報酬が支払われるため、メディアへの収益と情報コンテンツを手に入れることになる。また広告主も、視認性の保障のほか、良質なコンテンツであれば、ソーシャルな拡散を期待しやすい。サービス例として、動画コンテンツマーケットプレイス「VISM」が挙げられる。(ちなみに「Contents Market Place」は広瀬氏による造語である。)

2点目はデジタルサイネージなどによるオフライン広告への期待である。オフライン広告もデジタル化することにより、インタラクティブなコミュニケーションが期待できる。事例は、こちらを参照されたい。リアル行動ターゲティングを活用すべき分野である。

3点目は、Google、Facebook、Yahoo!などの巨大プラットフォーマーが、DSP事業者などのアドテク企業らが構築してきた広告マーケットプレイス(あるいは広告取引のエコシステム)を遙かに凌ぐ力を持って寡占化に向かう現実があるということである。例えば、Facebookは学歴、職歴といった個人データによるセグメンテーションにおいては質量共にナンバーワンと言ってよい。

こうした巨大プラットフォーマーに対抗するごく最近の流れとして、複数のメディアが読者データを共有し、新たなオーディエンスデータを創出する動きがある。各メディアの1st Partyデータのみでは、ボリューム不足があるため、3rd Partyデータ(他メディアのデータ)と1st Partyデータ(自社データ)の組み合わせによって中庸をとり、2nd Partyデータとしてクライアントに提供されるほか、メディアの特性を活かしたさまざまな広告フォーマットが考えられる。まだ実ビジネス化されてはいないが、希望を感じさせる挑戦である。

 

<開催概要>
タイトル:JMRX勉強会(第65回)
日時:2016年8月31日
場所:エー・ピーカンパニー1階 セミナールーム

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。