「我々の事業は、ビールを中心としたエンターテイメント事業だと思っているんですね」。
その“エンターテイメント事業”と呼ぶ数々の取り組みを紹介し、終始会場を沸かせたのは、「よなよなエール」などクラフトビールの製造および販売を行う、ヤッホーブルーイングの代表取締役社長である井手直行氏だ。
2016年12月14日、トライバルメディアハウスが主催する「熱狂ブランドサミット2016」が都内で開催され、顧客から熱狂的に愛されているブランドを持つ企業が登壇し、その戦略や取り組み内容などを紹介した。
ヤッホーブルーイングは「ビールに味を!人生に幸せを!」というミッションを掲げ、1996年に創業。斬新なブランド名とデザインにより売り出した「よなよなエール」は、大手ビール会社とは明らかに違う個性的な味わいで、1997年の発売直後から、地ビールブームにのって順調な売れ行きをみせた。ところが1999年、ブーム終了とともに売上が落ち、以降8年連続赤字を記録。しかし後述の「熱狂的ファン」を増やす取り組みで、その後は11年連続で売上を伸ばし、会社全体でも増収増益を続けている。
トレードオフを続けてきた結果、誰も真似できない会社になった
「縮小するビール業界の中で、急成長を遂げているのは我々だけです」と井手氏。
しかしかつての地ビールブーム終了後は、どこの小売店にも取り扱ってもらえないという低迷期もあった。ただ、「よなよなエール」はリーズナブルな価格設定と、世界的なビールの大会で金賞を受賞したこともあるというその薫り高く深い味わいに自信があった。
そこで、店舗で扱ってもらえないならと、インターネットでの販売を始めたことが今につながっているという。
「当たり前の話ですけど、我々はファンを大切にしています。ファンの支持なくして製品の成長はありません。ファンの支持なくして会社の成長もありません。そして、ファンの支持は社員のモチベーションも上げてくれる。ファンを大切にするのは、総合的に意味があることなのです」。
ファンを大切に思う気持ちの原点は、売上が落ちた際にも支持し続けてくれたという思いからだ。また、インターネットでの販売を始めてからファンの声が直接届くようになり、その喜ぶ姿を見て、将来への手ごたえを感じられるようになった。「買っていただいて、こちらがありがとうと言っているにも関わらず、お客さまはお金を払って、さらにありがとうと言ってくれる。自分のやっていることが世の中のためになっている、人を幸せにできているという思いを感じました」と、井手氏は噛み締めるように話す。
そんなファンへの思いを胸にビジネスを学び、進めていくうち、井手氏は2つのキーワードにたどり着く。それは「トレードオフ」と「活動間のフィット感」だ。「トレードオフ」とは、何かを取ったら何かを捨てることで、「活動間のフィット感」とは、それらの選択はすべてひとつの戦略的目標に向かい、つながっているという考え方だ。「トレードオフをするときは、100人いたら1人か2人しか選ばないような茨の道を行くんです。つまり、我々がトレードオフを2回やったら、もう競争する相手はいない。それを続けてきたところ、誰も真似できないような会社になりました」と、講演冒頭でも「人と違うことをするのが大好き」と語った井手氏は、誇らしげだ。
ファンを熱狂させてきた、個性的なプロモーションの数々
ファンを熱狂させる“誰も真似できない”取り組みについて、「よなよなエール」劇場、ないしは井手劇場とも呼べるユニークな事例をいくつかピックアップしてご紹介する。
誰も真似できないプロモーション(1):「夫婦で幸せ50年」企画
これは、ネット通販に関連する企画だ。「よなよなエール」は夫婦でのファンも多いことから、夫婦で1日1本ずつ、休肝日を1日除いて一週間に計12本……という計算で、50年分の「よなよなエール」をまとめ買いすれば、50年間毎月お届けするというもの。50年分の定価は750万円。そこから300万円を値引き、450万円で1組にその権利を譲渡するとした。ファンからの問い合わせは殺到し、インターネットでの反応も上々だった。現金一括前払いや、権利は他人に譲渡できないなどさまざまな条件付きだったため、結果的には売れなかったが、ブログや口コミなどで広く話題になり、大きな宣伝効果があったという。
誰も真似できないプロモーション(2):授賞式で仮装
ヤッホーブルーイングの楽天市場における公式通販サイト「よなよなの里」は、2007年から9年連続でショップ・オブ・ザ・イヤーのビール・洋酒ジャンル賞を受賞している。その授賞式の様子は「よなよなの里」で毎年レポートされているが、仮装をしたり、仮装に至るストーリーをつくったりと、毎回奇知をてらった内容になっている。
授賞式会場では、ほかの参加者に「よなよなエール」を配り歩いたり、楽天株式会社 代表取締役会長兼社長の三木谷浩史氏を写真撮影に巻き込んだりして苦笑いされていると言うが、そんな三木谷氏も実はファンのようで、日本の重鎮たちが集まる会合の雑談などでしばしば話題にするのだという。
「ファンは授賞式のレポートを喜んでくれ、SNSでシェアしていろいろな人に宣伝をしたり、口コミをしたりしてくれます。また、普段はリーチできないような日本のリーダーたちにも知ってもらうことができたのは、思わぬ収穫でした」。
誰も真似できないプロモーション(3):ネットオークション
2008年のショップ・オブ・ザ・イヤーでは、「スノボ編」と題してスノーボーダーに仮装。小道具には、「よなよなエール」のダンボールと空き缶で5時間かけてつくったスノーボードを携えた。授賞式後、小道具のスノーボードが欲しいファンもいるかもしれないと思いつき、シャレでオークションを開催。すると、意外にも入札が殺到した。最終的には驚くほどの金額で落札されたため、恐縮して数ケースのビールとともに送付したという。
リアルのイベントでファンに触れ、社員も会社のミッションを体感
ヤッホーブルーイングは年に一度、本拠地である軽井沢のキャンプ場を貸し切り、1,000人のファンを呼んで「超宴」と題したイベントを開催している。イベントの企画に、社長である井手氏はノータッチ。すべて社員主導で進めているという。それにはまず社員全員が、会社の掲げるミッション「ビールに味を!人生に幸せを!」を目指して同じ志を持つことが大事で、ミッションを体感するのにいちばんいいのはファンと触れ合うことだと井手氏。イベントの開催は、まさにその好循環を生み出していると言える。
イベントに参加したファンのアンケートによると、満足度は7段階評価で「非常に満足」「満足」が合わせて95%だった。イベント参加者のうち、初参加は全体の42%という中でのこの評価だ。「なぜこんなに初参加が多いのかを紐解くと、熱狂的なファンの方々が友だちをたくさん連れてきてくれていることがわかりました。なかには初めて『よなよなエール』を知ったという人もいましたね」。
参加した社員にもアンケートをとったところ、「じかにファンと触れ合い、感動してずっと泣いていた」「古くから応援してくれていたファンと直接話ができて非常にうれしかった」など、まさに会社のミッションを体感した感動の声が多く挙がった。
「スタッフが意図的に“ファンを喜ばせよう、楽しませよう”というのとはちょっと違います。自分たちが熱狂して、それが伝わってファンの方も熱狂してくれる。さらにその熱狂に触れて、またさらに社員も心から熱狂する。それは、本当に素晴らしいことです」と、井手氏は言葉に熱を込めた。
おわりに
ヤッホーブルーイングの「トレードオフ」の基準は、誰も歩まない道を選択すること。先の「超宴」イベントが採算度外視で運営されていることからもわかるように、これらの事例はすべて、目先の売上を完全に捨ててファンに喜んでもらうことを選択している。ファンの心を掴めば、あとから売上は付いてくる。「我々」は「ファンに喜んでもらいたい」という言葉を、井手氏が講演中何度も口にしたことからも、その思いの強さが感じられた。
最後に井手氏は、「クレイジーと笑われてもいい、我々は『よなよなエール』でファンを幸せにするのだ!」と言い放ち、拍手喝さいの中にセッションを締めくくった。
イベント日時:2016年12月14日
場所:日経ホール