文:大下文輔
デジタル化がマーケティングにもたらす潮流は、マーケティングの主体が買い手、すなわち、顧客になる、ということである。「顧客ロイヤルティ経営」を事業の根幹に据えたコンサルティング企業であるビービットは、2016年11月9日に『顧客体験起点のビジネス変革 -情報社会における企業の新しいあり方-』と題するセミナーを都内で実施した。同社の遠藤直紀社長のプレゼンテーション、および、登壇者と同社経営幹部とのディスカッションをダイジェストでレポートする。
まずは、遠藤社長のプレゼンテーションを紹介しよう。

「未来の価値を買う」サービス化の落とし穴
いいモノを作ってどんどん販売していけば良かったモノの時代は去り、「コト化」が必要な時代になった。企業ロジックとして、これまでのような単発課金では経営困難となり、長期に繰り返して課金ができるようなビジネスモデルに変えていこうと、多くの企業が模索していると私は捉えている。言い換えれば、あらゆる企業がサービス化を模索している、ということだ。サービス化は消費者から見れば、体験価値が長期化する点で望ましい一方、新たな問題も生んでいる。
ある家電量販店が高齢者に対して不当な契約を結んでいるのではないかということが問題になった。米国の最大のリテール銀行でも問題が起こった。一言で言えば、押し込み営業をし、必要以上の契約を迫って不当な支払いや解約料を課してしまったということである。
なぜ、このようなことが起きているかを紐解いてみると、実はサービスというものの特性と関連していると思う。まず、サービスは見えないということ。また、価値の実感が未来に起こる、すなわち買うのは現在の価値ではなく将来の価値であるということ。さらに、長期課金ができるため、課金ポイントをずらすことが可能となることである。翻って消費者にとって未来のことは予測しづらく、今わかっていることを必ずしも1年後に同じ感覚で覚えているとは限らないことがある。さらに、買っているのはサービス価値であって契約そのものではないため、消費者にとって契約を軽く捉えてしまいがちになる。未来予測が難しいため、保険にたとえれば、必要な特約なのか必要でない特約なのかの判断を意図して鈍らせることもできてしまう。あるいは料金体系を複雑化することで、誤認を誘発したり、課金ポイントをずらすことで、身に覚えのない課金がされたりするような状況を生むことが可能になる。
そうしたいわば「悪い売上」が発露するのは短期売上のプレッシャーが強くかかる場合である。短期にやれることを最大限やろう、となるとどうしてもそちらに走りがちになる。自問すべきは、「自分たちのサービスを自分の親に売れるか」、あるいは「同じ販売手法を自分の子どもにやらせたいと思うか」である。短期業績へのプレッシャーからつい「悪い売上」に向かうのは、いわばサービス化の業と言うべきもので、克服は容易ではなく、多くの企業が自覚していくべき課題だと言えよう。
それをどう解決するのかと考えた時、働く人の善意に頼るということもあろうが、それよりも組織としての仕組みが重要だと認識している。仕組みをしっかり作って、やり方次第で不正や不適切なことができる、という状況を排除したい。これから、みんなが頑張ってお客様に喜んでいただける仕組みに作り替えていくべき時期にきていると思う。
我々が目指している社会は、お客様に喜んでいただいた上で、ビジネスとして潤い、働く人が笑顔で誇りを持てるというものである。今まさにサービス化の流れが大きく動いている中で取り組むべきはお客様の視点で、お客様を起点にサービスを構成していく必要がある。
CXは自発的なアクションから引き起こされるもの
以上の遠藤社長のプレゼンテーションに引き続き、「顧客体験(CX)」に先進的に取り組んでいる3社がプレゼンテーションし、登壇者がビービット幹部と一対一の対談形式でディスカッションした。ディスカッションから導いた、「デジタル時代の顧客体験経営におけるポイント」をまとめてみたい。
全社的、組織横断的に取り組む
経営トップを巻き込んで、意義と意識を組織に浸透させ、高い温度感で長期的に取り組んで行くこと。ビジネス成果につなげ、企業文化となるためには長期での活動が必要。いわばCXは漢方であるとの認識が有効である。
活動の手始めとしてCX重視のメリットについて、とりわけ幹部社員の納得を促すためには、経済性を証明する必要がある。たとえば、自社サービスへのロイヤルティの高い顧客はサービス解約率が低いなどのことが、実施しているアンケートなどから証明できる。この数値をベースに、ロイヤルティの高い顧客をどれだけ増やすと、解約率がどのくらいになるか、といったビジネスシミュレーションが可能になる。また、商材を拡大する際に、NPS(Net Promoter Score)の分類で言う「推奨者」は受容性が高いが、そうでない人は有意に低いことから、ビジネス領域の拡大には推奨者を増やすことが重要であることがはっきりとしている。ただ、直接顧客と接触するスタッフなどの現場を動かすには、「お客様からのお褒めの言葉」などをインセンティブとしたエモーショナルな要因も有効である。
顧客をよく見ること
企画(Plan)に先だって、顧客をよく観察する(See)ことが重要である。
やり方の一例として、「スマートフォンを使って独身女性に24時間何をしているか常時レポートしてもらう」といったエスノグラフィ的調査を行えば、オンライン上のログデータなどでは見つからないさまざまなことが見えてくる。あるいは、購入後のアンケートは顧客体験を知る上で重要になってくるため、売りっぱなしにせず、モニタリングを行うことが推奨される。
顧客の期待を超えるのがCX
CS(顧客満足)は顧客にとって当たり前の水準に応えることであり、いわばマニュアルに従った行動である。かたやCXは期待を超えて感動体験を与えることであり、自発的なアクションから引き起こされる。CSを地道にやらないとCXに到らず、CSをきちんとやろうとすると、たとえば人手不足だとか販売店との協調だとか、根本的な課題にたどり着く。CXは即効性のあるものではなくいわば漢方薬。活動を評価するのはあくまで顧客である。
コアコンピタンスを踏まえ、現実的な人材育成を
最後のトピックは、各企業がCX活動を推進する上で大きな課題となる人材についてであった。
リアルの営業網を強みとし、顧客を知り抜いた営業担当者の存在をコアコンピタンスとする企業において、営業は決してアウトソースできない。同様のことはデジタルなCX活動においても言える。O2O的展開が増える中、基本的なデジタルのフレームワークを身につけ、それを高速のPDCAサイクルで回すことを実践した上で、顧客の行動をよく観察して施策につなげていける人材をアウトソースではなく自社内で育てていくことで、デジタル時代のコアコンピタンスを形成しうる。
デジタルを事業のベースにした企業では、デジタルのある領域に特化したスペシャリストの集合体となってしまうことも多く、デジタルとビジネスのすべてを統合できる希有な人材で組織を構成できる、といった理想的な環境は得にくい。そこで、ビジネスの領域とデジタルの領域の基本を身につけつつ、複数の領域にそこそこの専門性を持った人を複数集めることを目指すのが良いと思われる。
なお、ウェブ上では顧客体験をベースにした具体的な対応として、顧客のコンテクストに応じてUXの機能を変える(たとえば電話の問い合わせをしていない時間に閲覧した場合に、問い合わせ電話番号を見せない)ような方法も採用されつつある。
イベント日時:2016年11月9日
場所:東京国際フォーラム
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |