文:大下文輔
ブランディングは消費者向けマーケティングの専売特許ではない。ブランディングの意義は、買い手の判断基準が価格と製品・サービスの機能のみに固着した結果、不毛な価格競争、体力勝負に陥ることを防ぐことにある。したがって、BtoBにおいてもブランディングが果たせる役割はあるはずだ。そのBtoBブランディングをどう考え、どう行うかについてのセミナーが、オウンドメディア型コンテンツマーケティングの運用ツールを提供しているイノーバの主催により行われた。その様子を、招待講演を中心にレポートする。
招待講演は、『反グローバリズム(Glexit)時代のブランディング』と題する、マーケティングの潮流に沿ったブランディングについてのあり方を探るものだった。講演者はサイバー・コミュニケーションズの山崎浩人氏だ。
企業理念こそが、顧客企業を動かす原動力
山崎氏は、サイモン・シネックによる、ゴールデンサークルの考え方に沿って、ブランディングの核にあるのは企業理念であり、それを、理念(Why)、らしさ(How)でどう実現するか(What)を考えるべきである、と説く。
Appleの例によって示せば、「物事を違う角度で考え、現状にチャレンジしたい:Think Different」という理念(Why)を提示し、それを体現するために美しいデザインに注力し(How)、iPodという特徴ある製品(What)を作ったというアプローチであるが、この理念に呼応して働く感情が、Appleの製品やサービス全体に対する支持を生み、それがビジネスにも反映される。多くのアプローチはその全く逆で、わが社のMP3はこんな素晴らしいもので(What)、それをこのような形で(How)で提供します、というレベルに留まってしまう。それにより、商品の魅力が機能レベルに留まり、模倣を容易にし、なおかつ機能と価格という焦点で比較されるという弱点を孕む。iPodが成功したのは、理念(Why)がコミュニケーションの出発点にあるからだ、ということが肝要で、先の弱点を克服できるのである。
同様にして紹介された、孫社長が語るソフトバンクのあり方も、理念(Why)、ビジョン(How)、戦略/戦術/計画(What)の順序である。理念によって会社に集う人(社員)は、給与などの待遇による外発的なものでなく、内発的な動機によって汗を流す。
山崎氏によれば、BtoBビジネスにおけるブランディングも同じ構造を持つ。例えば、その典型企業であるIBM社が2008年に提唱したビジョンは、「Smarter Planet」というものであるが、それを伝えることで、ビジネスパートナーが、IBMという企業が提供するサービスや製品の目指すものを理解し、信頼感であったり先進性につながったりする感覚を付与することが可能となる。質疑応答の中でも強調されたことだが、BtoBにおいても判断する主体は人であり、「何を、いくらで」の背後に控えるブランドへの信頼は、稟議システムの中でも有効だと考えられる。
ブランディングは社会情勢とも無縁でいられない。
山崎氏のもう1つの主張は、BtoBのブランディングはBtoS(Social)の立場にも立って行われるべきだ、ということである。BtoBにおける製品・サービス選択の主体は、担当者と決裁者、あるいは営業担当と購買担当といった、複数のステイクホルダーの意向が揃って決まり、より集団的、社会的な判断がなされる。また、企業が社会的な存在であり、そこにいる意思決定参加者も社会の影響を受けている以上、企業の目指す方向性(ブランディング)は、社会情勢の中で捉えられるはずだ、というのがBtoSのもう1つの側面である。
『反グローバリズム時代(Glexit)のブランディング』という講演タイトルは、今の時代を捉えたブランディングがなされるべきだ、ということに由来する。Glexitは、イギリスがEUから離脱を決め、それがBrexitと呼ばれるようになったあたりから使われはじめた言葉で、グローバリズム(新自由主義、覇権主義)からの離脱を意味する。貧富の格差拡大への不満と絡んだ反グローバリズムは、民族自決と他国との協調(支配ではない)とによって特徴付けられる。もともと欧米列強の時代が長く続き、中国の経済成長が加速すると米中の二極化の時代になり、ロシア、米国、中国を基軸にしつつ多極化の時代に入った、というのが山崎氏の見解であり、そうした情勢の中に企業が置かれているという認識のもとに、ブランディングが行われるべきだ、という考えである。
そのような世界情勢の中にあって、フィリップ・コトラーは「資本主義に希望はある」と言った。しかしこれは、「富裕層の性善説」を前提としており、ピケティの格差論「r>g」やパナマ文書は、これらが現実的でないことを示した。よってマーケティングは低成長時代においてはまた、大企業が優位な「規模・認知」に依拠したマーケティングから、「良識・実質による信頼」の時代に入っている。世界情勢を視野に入れつつ、「良識・実質による信頼」をベースとすることが、ブランディングの中でも重視される。
「機能訴求・タレント・フィクション」からの脱却を
「良識・実質」に価値をおいたコミュニケーションが必要な時代にあって、「日本企業のコミュニケーションのあり方が気になる」として山崎氏はその特徴を次のように指摘した。
まず、どうしても旬なタレントやキャラクターに頼りがちになること、そこで展開される舞台設定やストーリー(いわゆる世界観)として荒唐無稽なフィクションを多用すること、そしてその多くが機能訴求のレベルに留まることの3点である。タレントや荒唐無稽なフィクションは、アテンションを得ることがコミュニケーション目的になっていることを意味する。結果として、見たことはある、という再認率を上げたとしても1回見れば十分であり、「また見たい」につながらない、すなわち共感につながらない(したがって行動喚起のレベルが上がらない)ということになる。
これに対して、理念中心のものとして優れたコミュニケーションは、アイデアに裏打ちされ、テクノロジーや仕掛けを使う、リアルな(少なくとも荒唐無稽でない)ストーリーで、ターゲットをたたえることなどによる心の琴線に触れることで、「何度でも見たい」につなげることが可能になる、と山崎氏は言う。
ソートリーダーシップ(Thought Leadership)に取り組もう
山崎氏の講演を受けて、セミナー主催者であるイノーバの代表取締役社長CEOの宗像淳氏は、「ブランドと見込み客を育てるオウンドメディアのススメ」と題した講演の中で、国内外のいくつかのコミュニケーション事例を紹介した。
例えばGEは以前、「世界でも最悪の汚染者」とみなされていたが、2005年に持続可能な社会インフラに関する戦略的な取り組みとして、「Ecomagination(Ecology, EconomyとImaginationの合成語)」というプロジェクトを立ち上げ、再生可能エネルギーや水浄化技術、航空機向け低エミッションエンジンなどのグリーン事業に巨額の資金を投じるとともに、マイクロサイト、レポート、TVコマーシャルなどの多彩な手段でコミュニケーションを行った。10年以上たった現在、GEは「世界の環境リーダー」として認められるようになった。
このGEの取り組みのあり方は、「ソートリーダーシップ」
ソートリーダーシップは、山崎氏の言う「良識と実質による信頼」を獲得するということにつながるものであり、BtoBのブランドを考える上で、重要なものであると思われる。
■参考リンク:コンテンツマーケティングを通じてブランドを作る~「ソートリーダーシップ」を獲得して業界のリーダーになろう(イノーバ ブログ)
イベント日時:2017年2月2日
場所:文京シビックセンター
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |