講演者の足立光氏(日本マクドナルド株式会社 上席執行役員 マーケティング本部長)
講演者の足立光氏(日本マクドナルド株式会社 上席執行役員 マーケティング本部長)

文:大下文輔

2015年10月に日本マクドナルドのマーケティング本部長に就任し、業績が窮地に陥っていた同社のV字回復に大きな貢献をした足立光氏による講演が、シナプス主催のセミナーで行われた。タイトルは『トップマーケターになるために絶対にやってはいけない12のこと』である。内容をかいつまんで報告する。

足立流マーケティングと仕事のやり方12則+1

万人が納得できるマーケティングの定義はない、とした上で足立氏はマーケティングの定義を、

・人の心を動かす
・ビジネスのためになることは「なんでもやる」
・利益を出す仕組み(ブランドもその一環)を作ることである

とした。

またマーケターについては

・人の心を動かす「扇動者」
・なんでもやる「プロデューサー」
・儲かる仕組みを作る「経営者」

である、と指摘した。

その上で、マーケターが成功する上で気をつけることを、インプット、アウトプット、態度の3分野で4点ずつあげた。順に記すと、

 <INPUTS>
 1)移動中にスマホでゲームをしない(Input,Practice EVERYDAY)
2)朝から晩まで仕事に打ち込まない(DIVERSIFY Your Friends)
3)仕事が順調なことに満足しない(Get Out from Your COMFORT ZONE)
4)平和で安定した生活を送らない(Stay Tuned to TRENDS)

<OUTPUTS>
 5)面白いアイデアを追わない(Start from OBJECTIVE & GOAL)
6)あれもこれもやろうとしない(Focus on BIG Thing)
7)「堅実」に積み上げようとしない(DIFFERNTIATE, or Die (Go Extreme))
8)目の前の仕事だけに集中しない(Spend Your 20% to STRUCTURAL Changes)

<ATTITUDE>
 9)いさぎよく負けを認めない(Never Give-Up)
10)安易に上司に従わない(Never COMPROMISE because of Boss/Consumer)
11)革新的な計画にみんなの理解を取ろうとしない(Permission-Less INNOVATION(Take Your Own Risk))
12)マーケティング(自分)が主役にならない(Excite Your TEAM, Not You)

である。

要約すると、次のようになるだろう。

マーケターにとってもっとも貴重な「時間」という資源を活用して、情報のインプットを行おう。精力的に人と会い、流行り物には自ら取り組んで、世の中のトレンドに対する感度を上げよう。実績を上げるのは必要だが、それに満足せず、仕事の幅を拡げ、ポジションを上げて視野や経験を広めよう。

マーケティングは目的とゴールの設定が重要で、小手先のアイデアでなく、OGSM(Objective, Goal, Strategy, Measures/Measurement)の順番で考えていこう。「勝つために何をしないか」を考えることも大事な戦略。効くメディア、ターゲットに資源を集中しよう。1日に4,000の広告に触れる消費者のAttentionを巡る戦いは厳しい。心の琴線に触れるべく差別化する、目立とう、そして彼らを動かそう。将来に備え、20%の時間を儲かる仕組みを作るために使おう。

そして、やるからには勝ちにこだわり、諦めることなく実績を積み上げよう。ビジネスのために正しいと信ずることをしよう。消費者の言うこと、上司の言うことに盲目的に従うのではなく、自ら判断しよう。また改善ではなく革新につながる施策は、なかなか周囲の理解を得られないものだから、「これはいける!」と信じる革新的なことは、決裁権限を最大に使って、自分の判断でやろう。そして、仕事は一人でできるものではない、という自覚のもとに、情熱・やる気をまき散らし、みんなを巻き込んで戦おう。

そして+1のこと。仕事は「信長の野望」のようなシミュレーションゲーム。とことん楽しんでやれば、ストレスに打ちのめされることはない。ENJOY, Everything.

12則+1について等、当日の詳しいレポートは、主催のシナプス社ウェブサイトで参照可能だ。

<第1回CMOセミナー報告> 日本マクドナルドCMO 足立氏が語る!マーケティング論 2017/2/27(月) 開催
~あの方の凄さに迫る。スーパーマーケッターへの道~
http://cyber-synapse.com/consulting/entry-682.html

Love over Hate(嫌悪に打ち克つ愛を)

ところで、このセミナーに集まってきた人々の関心はやはり、足立氏がどのようにして苦境に立っていたマクドナルドに再び活力をもたらしたか、にあるだろう。それは、上記の12則に織り交ぜて語られた。そのいくつかを紹介する。

CMO就任当時、とりわけネット上で、消費者には何を言っても通用しないほど、マクドナルド批判の嵐だった。その状況を変えるべく行ったのは、批判に対する反論や言い訳でなく、客観的な「良いニュース」を、悪いニュースを凌駕するほど展開することだった。

とりわけ注力したのは、「おいしさ」を伝えること。「dancyu」や「食べログ」といった媒体に積極的に採り上げられるようにし、ネット上の評判が記事を起点にして拡がるようにした。キャンペーンも、おいしさと結びついたものにする、ということを旨とした。

テレビに代表されるマス広告の影響が低下する中、確実に存在するマクドナルドファンと共に、「おいしさ」が「身内ごと」として伝わるように、インフルエンサー試食会を倍増させ、SNSなどでの情報の拡がりを図った。以前はあまり行っていなかったSEOも導入するようにした。マスメディアの重要度は変わらないため、プレス向けのイベントにも力を入れ、ポジティブなニュースが溢れ返ることで失墜したブランドの信頼回復に努めた。

一気通貫のコミュニケーションを生む変革

マクドナルド商品の場合、商品投入から4~6週間で勝負が決まってしまう。そのため、発売前にどれだけ世の中に新商品の情報が流通し(これをプレバズと言う)、初速を上げられるかがきわめて重要であるため、マーケティング本部のKPIにプレバズの件数を加えた。

新発売商品、季節限定商品などが「驚き」をもって受け止められないと埋もれてしまう。そこで、通常はでき上がった商品からコミュニケーションを組み立てていくのだが、キャンペーンという出口から商品開発することも始めた。例えば、チキンタツタと合わせて「タルタ」という商品を開発した。

「チキンタルタ?え?」という反応から興味を喚起することを想定してキャンペーンを行うためには、商品ができ上がってから準備を開始しては間に合わない、という事情もある。そこでマーケティングサイドから、あらかじめ「こんな商品を作ってください」とお願いして開発してもらった。

プレバズやキャンペーンを成功させるためには、クリエイティブ能力を活用することが必須だ。エッジの立った短く覚えやすい商品名やコピー開発、その他の打ち手を講じられるよう、広告会社を重要なパートナーと位置づけ、商品企画などの早い段階で参画してもらうようにした。ミーティングも半分は広告会社のオフィスに出向くようにしている。双方向コミュニケーションを意識して、「ツッコマレビリティ(いじりやすさ)」などでバズが生まれるようにした。

広告会社によるコミュニケーションプランのプレゼンテーションは、通例ではマス→デジタル→PRの順序をとる。マスを決めてからお金が余ったらデジタルやPR、という意識の表れだ。それを逆にするよう要請し、Owned→Earned→Paidの順序でのプレゼンに変えることで、PRやSNSの最大限の活用を目指した。

また、ネーミングに「必勝バーガー」などの漢字を用いたものや、「タツタ」のように商品名のみの斬新なパッケージデザインを採用したりした。これは、グローバルのパッケージのガイドラインからすると異端だが、なんとか説得して通した。

「思い切ってやってみれば、何とかなるものです」と足立氏。実績を上げつつ仕事を楽しむという12則の具現化がそこにあった。そういえば「絶対にやってはいけない~」というセミナータイトルも足立流だ。

 

イベント日時:2017年2月27日
場所:TKP東京駅八重洲カンファレンスセンター

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。