文:大下文輔
企業経営におけるデジタル革新の有用性は、さまざまなマーケティングデータ、ビジネスデータの統合・連係によってビジネスプロセスの一貫性が生まれ、生産性が向上することにある。
デジタル革新の一環として、BtoB企業においては、アカウント・ベースド・マーケティング(ABM)への注目が高まっているが、マーケティング・オートメーション(MA)ツールベンダーのマルケトが、ABMモジュールとともに国内11社と連携し、ツールに紐付いたソリューションを提供することを2017年3月8日に発表した。
同日、ABMを中心テーマにした同社のMarketing Nationと銘打ったイベントが開催された。そこでの基調講演は、慶応義塾大学大学院教授の余田拓郎氏による『BtoBマーケティングのこれから』と題するものであったが、BtoBマーケティングの動向を広い視野から捉える内容であった。
以下は、余田氏の講演の要約である。
ビジネス環境の変化がもたらす、BtoBマーケティングの課題
産業財(BtoB)のマーケティングと消費財(BtoC)マーケティングの違いは、一般にBtoBは合理的な意思決定がなされ、顧客数も限られる中で、BtoCに比べて営業担当者による人的販売を重視し、広告に対する期待は低い、とされる。しかし、ビジネスの環境が変化する中で、こうした見方に対しても見直す時期に来ていると思われる。
ビジネス環境の変化の第1は、グローバル化の進行である。日本企業の輸出先は世界各地に拡がっているが、これは顧客の分散、あるいは需要の分散化を意味する。
第2は、顧客接点の拡大である。従来型のメディアに加えて、低コストでの情報発信が可能なインターネットの影響は大きい。
第3は、日本の部品・素材メーカーの低利益率の定常化である。過去50年間、企業規模を問わず、製造業の売上高営業利益率は低下の一途をたどっている。
一般にBtoBは顧客の関与度が高く、製品の特徴を調べた上で購入される。その場合、製品選定にあたり、さまざまなメディアで接触するが、一般にマスメディアのようにカバー率の高い(Reachの広い)メディアは、関与度の低い製品に向いている。また、顧客の製品知識が低い場合には、アメリカのように国土の広くない日本においては、セールスパーソンによる説明が重要な役割を果たした。
しかし、製品知識の高い顧客の場合は製品について自ら調べることも、インターネットを使って効率的に行うことができ、BtoBでも有力な情報源になっている。ウェブはカバー率が高いと同時に高関与のメディアであり、しかも低コストで情報発信が可能である。ウェブでは閲覧後に19%の人がダウンロードし、15%の人がブックマークをした、という報告もあるが、これは極めて高いと言える。したがって、これまでのPush一辺倒から、PushとPullの両面を使うことで、営業を効率化することと、バリューチェーン内で付加価値を向上させ、利益を確保することが、BtoBマーケティングが今直面している課題である。
その課題解決の方向性として、1つはABMに代表されるPull型プロモーションによるカスタマーリレーションシップ構築と強化であり、もう1つはブランディングの強化である。
カスタマーリレーションシップの構築と強化
カスタマーリレーションシップ、すなわち顧客との関係性については、2つの立場がある。収益の源泉について、フォーネル(Fornell)の示したフレームワークに従えば、新規顧客の開拓(攻撃)、もう1つは構築された関係性を利用して既存顧客にどう対応していくか(防衛)を考えるものである。
新規顧客の開拓の方法としては、前述のようなウェブなどによる低コストメディアの活用がある。
他方、顧客維持に関しては、まだまだ開拓の余地は大きいと考える。収益性に焦点を当てれば、顧客維持率が高いと税引き前利益率が高まるという証拠がある。1顧客あたりで見てみると、顧客維持の年数が多ければ、利益は増える傾向にある。この要因としては、1顧客の中でのクチコミによる横展開や、既存の関係をベースとしたオペレーション・コストの低下、クロスセル/アップセルを含む購入増加などが挙げられる。
また、ターゲティングを考えるときに、BtoCの場合、ニーズの同じような顧客をくくったセグメンテーションによるターゲティングが一般的であるが、BtoBの場合は顧客のニーズがバラバラであるゆえ、行き着くところはOne to Oneマーケティングである。しかし、純粋なOne to Oneでは非効率なため、顧客生涯価値を高められる企業セグメントを、ABC分析などを行いつつ選定して、ターゲティングをする方法が推奨される。要は、収益性の高い企業を選べば利益も高まる、ということである。
考えておくべきは、クロスセル/アップセルも闇雲に実施するのではなく、網羅的に行う、ということだ。何が生涯顧客価値につながるか、について青山学院大学の小野教授が提唱している広さ(買い上げ点数、関連購買など)、長さ(継続期間、購入間隔など)、深さ(購入頻度、購入数量)など5次元の指標である。これらの指標はBtoC向けとして開発されているが、BtoBにも適用できる。
収益を上げるとしても、それは単にプロモーションを行えば良いというものではなく、関係性を維持強化し、顧客満足を上げて行くことを考えなければならない。そのためには、顧客満足調査(例えばこちらがしっかりとした例)を行い、対策を立てることが肝要である。
成分ブランディングの可能性
これまで、BtoBのブランディングについては十分に研究されてきたとは言いがたいが、企業の付加価値を上げるという点で、ブランディングは有用だと思われる。ブランドは、安定的な成長のドライバーになる可能性があるからだ。インターブランド社が公表した2016年のグローバルブランドランキングにおいても、多くのBtoB企業が含まれている。
付加価値向上には企業ブランド、商品ブランドの他に、「成分ブランド」(Ingredient Brand)と呼ばれるものがあり、研究自体は古くからあるものの、ここ5年ほどで注目が高まっている。成分ブランドは、平たく言えば部品や素材のブランドで、例えば、古くは「Pentium(Intel)」や、「e-Business(IBM)」、最近のものでは「プラズマクラスター」、「ナノイー」といったものがあげられる。コトラーが『Ingredient Branding(原題)』というタイトルの本を2010年に出したし、余田氏も、昨年『BtoB事業のための成分ブランディング』を書いている。
成分ブランドについては、例えば、新規購買において、購買担当者が見本市を重視する度合いが、成分ブランドありの場合、それがない場合より高くなっている、ということがわかっている。同様に、成分ブランドありなしにおいて、営業担当者の説明はその重視度に差がないが、ホームページやメールマガジンの重視度は、成分ブランドがある場合の方が高くなっている。このように、要素や部品のブランド化は、それによって関心度が高まることから、今後の活用が期待される。
もちろん、成分ブランドはブランディングの一部に過ぎず、付加価値を高めるために、ブランディングは広く捉える必要がある。
それを図示したのがこの図である。
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以上が基調講演の概要である。
今回のMarketing Nationはマルケトの製品発表に呼応したABMを主なテーマとしていたが、グローバルで掲げている大きなビジョンは、エンゲージメント・エコノミーだ。エンゲージメント・エコノミーを一言でいうと、あらゆる人やモノがデジタルでつながる未来のことである。この到来に向けたマルケトの取り組みについて、日本代表の福田康隆氏と、プロダクト&ソリューションマーケティング担当VPのMatt Zilli氏から説明があった。資料はこちらに公開されている。
引き続き、2つのパネルディスカッションが行われた。
まずは、マルケトのABMモジュールのパートナーとして参加している企業のうち、ユーザベースの佐久間氏、アクセンチュアの槙氏、東京商工リサーチの弓削氏、をパネリストとするディスカッションである。(モデレータはマルケトの鈴木仁氏)
続いてのディスカッションは、マルケトユーザーで、ABMと関連の深いSansanの石野真吾氏、コンカーの柿野拓氏、富士通の駒村伸氏をパネリストとするものであった。(モデレータはマルケトの小関貴志氏)
これらのディスカッションを通して、ABMへの関心やニーズの高まりを感じたと同時に、導入や活用はまだこれから、という印象を持った。
イベント日時:2017年3月8日
場所:六本木アカデミーヒルズ タワーホール
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |