文:大下文輔

去る2017年4月17日午後、シンフォニーマーケティングとSansanによる『BtoBマーケティングを変革するABM(アカウントベースドマーケティング)~営業とマーケティングの連携を実現する秘策とは?~』と題するセミナーが開かれた。
シンフォニーマーケティングは日本におけるABMのエバンジェリストというべき庭山一郎氏を社長とするBtoBマーケティングのアウトソーシングサービスを提供する企業であり、Sansanは名刺管理を専門とする会社である。両社の接点はBtoB、とりわけABMにおける名刺の活用にあるはずだとの考えのもと、セミナーに参加した。
庭山氏はABMの概要を、Sansanの柿崎充氏は全社一丸となったマーケティングを、そしてゲストスピーカーであるPwCコンサルティングの北村慶介氏はセールスオートメーションの考え方について話をされたが、3者の話から得たのは名刺のもたらす価値の再認識であった。

ABMの起点となる名刺

庭山氏の主張の基軸は、日本企業における課題はマーケティング部門と営業部門の分断で、ABMは営業が望む商談機会を創出できる点で両者がつながり効果が上がる手法だ、ということである。セミナー登壇の3者とも、商談に円滑に結びつけるため全社的にデジタルを利用する仕組みを整備しよう、という認識で一致している。

企業が目標とする売上達成のためのステップの基礎となる考え方を、庭山氏は「売上の方程式」と名付けているが、それは極めてオーソドックスなもので、それを売上につなげていくステップはシンプルなストカスティックモデル(段階ごとに確率を設定して推移を追うモデル)なので、営業にもわかりやすく、納得も得やすい。

図. デマンドジェネレーションのプロセスと売上の方程式(庭山氏のチャートをベースに大下作成。数字は例示)
図. デマンドジェネレーションのプロセスと売上の方程式
(庭山氏のチャートをベースに大下作成。数字は例示)
(※画像クリックで拡大)

基本となる方程式は、

売上 = 商談数 × 決定率 × 案件単価

であり、決定率を過去の経験などから決めれば、案件単価は決まっているから、必要な商談数が導き出せる。商談数に到るまでにどのくらいの訪問数が必要であり、その訪問数を満たすための機会は何件であり、その機会がある一定の確率で得られるために必要な訪問相手の母数はいくらあれば足りるか、ということを受注目標数からさかのぼって逆線表を引く。その時の訪問先候補(すなわち見込み客)を得るための最重要資源が、展示会や過去の(同じ社内の他部門も含んだ)コンタクトで交わした名刺である。

「人脈の見える化」をもたらす名刺

庭山氏の説明から、目先の売上を追い求める営業にとっても、名刺情報という会社の資産を個人で管理するのではなく、全社で共有してゆくことが、自然に自分の業績アップにつながる、ということが直観的に理解されるはずだ。すなわち、個人資産を全社資産に格上げして共有することが、営業の利益になるという実感が、マーケティングと営業の部門をつなげるとも言える。そして、名刺を集めたものは「人脈」でもあり、展示会なども含めて、その企業が持つ人脈を名刺の集合体(データベース)が具体化している。このことをSansanの柿崎氏は「人脈の見える化」と表現する。

全社が一体化する、あるいは部門が横連携することの意義は、1つの情報の活用範囲が拡がる、すなわち価値を増幅させることにある。楽観的にみるなら、名刺が全社一体化の推進力になる、とも考えられる。

名刺のデジタル管理がもたらすメリットはクラウドによるデータ連携によっても得られる。名刺情報があれば、スケジュールと結びついて、いつ誰を訪問する(した)かを特定し、交通費などの経費精算を自動化できる。そのようなモジュールが実用化されている。

名刺のもつ希少な個人情報の価値

ちなみに、名刺をデータベース化し、それを活用できる状態にするためにはさまざまなハードルが存在する。まずは、アナログ名刺のデジタル化において、OCRスキャナーによる識字が100%でないことだ。柿崎氏によれば、Sansanではそれを以前は人間の手入力で補っていたが、最近では機械学習(AI)による画像認識がそれに代わりつつあるそうだ。一旦デジタル情報化したとしても、それが実在の組織や部署の移動に伴う重複や脱落、あるいは競争相手となる人の排除、などを含めて整備し、維持するためにはかなりの手間がかかる。

それでもなお、企業の案件創出の中心的役割を果たすデマンドセンターが、名刺を収集し、データベースを維持し続ける理由を庭山氏は次のように説明する。
第1に、部署ではなく直接個人に紐付いていること。名刺に記載されているメールアドレス、ダイヤルイン番号や携帯電話番号などは、いずれもその人に直接アクセスできる情報である。考えて見れば、名刺には夫婦別姓が自然に反映されていて、役所に登録されている名前より、実際に使われている名前が書かれている。
第2は、名刺を渡すと言う行為は、名刺に書かれた個人情報を相手企業に譲る、言い換えればパーミッションを与えることになるわけで、法的安全性が担保されていることでもある。
第3に、名刺を渡すということは少なくとも門前払いや拒否をうけているわけではないことを示唆し、より積極的な関心の表れにつながる場合もある。展示会での収集名刺は、企業との過去のつながりや関心の点から、幾重にもスクリーニングのかかった稀少なデータだと言うことだ。

職業情報の個人データベースの売買がなく、LinkedInなどの職業関連SNSが盛んでない日本では、ビジネスの出会いの場で取得率が高い名刺をもとに内製したデータベースはそれに代替するメディアの役割も果たす。それだけに、よりデジタル化されやすいキーを含んだ名刺の統一規格がどうしてないのか、とも思う。

オンラインとオフラインをつなぐ名刺管理

BtoBマーケティングの肝心かなめは、最終的な購買には人の判断が介在するということにある。だから商談という売上コンバージョンへの起点として、訪問先の部署ではなく、ポジションに紐付いた人で特定することが有効かつ重要になる。企業と企業(BtoB)は結局のところ、人でつながっているのだ。

PwCコンサルティングの北村氏は、デジタル化は単なる電子化ではなく、戦略的な仕組み作りとして取り組むべきであると説く。名刺はオンラインとオフラインをつなぐ接点であり、名刺のデータベースがデジタルマーケティングの基礎となるプラットフォームであるとも見ている。それは、名刺データがSFAやメールやファイナンスといったモジュールに共通に利用されることから、それらのモジュールが連携し、統合的な分析基盤ができるということを意味する。

今回のセミナーにおける最大の気づきは、名刺を個人の属性情報を記した紙に留めておくのではなく、それを集めて「わが社の人脈」に仕立て上げることが重要なのだ、ということである。それは、企業の人脈という、デジタル化によって初めて実体化・実用化された資産の最小単位を名刺が担っているということでもある。

 

イベント日時:2017年4月17日
場所:Sansanセミナールーム(青山)

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。