文:大下文輔

オイシックスは、野菜や肉など食料品の定期宅配を行うEC企業で、設立以来17期連続で成長しており、しかも第17期目は売上230億で対前年比14%増とその好調さがうかがえる(セミナー告知時は17期の業績は未発表だったため、タイトルは「16期連続成長」となっている)。
今回のセミナーでは、主催者のシナプス デジタルマーケティングカンパニーダイレクター 村上佳代氏のナビゲーションにより、同社のCMOである西井敏恭氏がオイシックスの連続成長について語った。その成長理由はさまざまな複合的要素からなるというが、データドリブンな組織のあり方を中心にセミナーでの話を再構成して報告する。
(オイシックスのデジタルマーケティングの考え方、進め方については、2016年10月にMarkteingBaseでレポートしているのでご参照いただきたい。)

講演者のオイシックスCMO 西井敏恭氏
講演者のオイシックスCMO 西井敏恭氏

データに語らせる文化

オーガニックな食材のECは、一般に利益率1%と非常に厳しく、さまざまな工夫で5%の利益を確保しているオイシックスでも、油断するとすぐに利益率が低下する。保存が効かず、鮮度が高い商品はロジスティクスにも気を使わないといけない。こうした厳しい環境下にあることが、データ活用によって経営を進めるもとになっている。

もう1つ、ECは、売上をアクセス数や客単価や購入率や平均継続期間などのさまざまな要素に分解しやすいため、売上に関わるどの要素をどうすべきか、という原因の解明や打ち手を講じるために、データドリブンであることは必然の要素になる。

西井氏が以前に所属していた化粧品を扱うドクターシーラボと根本的に違うのはそのデータ量の多さである。

化粧品の顧客は年に数回サイトを訪れ、数点の商品を購入するといった感じだが、オイシックスが主として扱うのは食品の定期宅配で、会員制をとっており、1人の会員が買う商品点数は週に20となっている。家に余っている食材、足りない食材などをチェックして入れ替えるため、12万人の定期会員が週に5回くらい訪れることになり、サイトの歴訪データ、購買データだけでも膨大なものになる。

さらには、会員に対して適宜実施するアンケートのデータ、さらに年齢や家族構成などの会員情報データやオフライン広告データ、その他の外部データも格納庫であるDMPに入れる。今必要なデータだけでなく、将来必要になるであろうデータも、とりあえず整理して保存している。

そうして集めたデータは、日々の経営に利用される。オイシックスは「全社一丸マーケティング」を掲げており、経営の管理指標を共有している。組織の共通言語として、管理指標を盛り込んだ定型フォーマットを用意し、そこにDMPから抽出したデータを社内のモニターに表示できる仕組みができているそうだ。

会議では、勘に頼ることなく、データによる事実をベースとして議論が行われることが徹底している。その上で、お客さまの気持ちを考えてこうしよう、といった対応がなされる。

通販の経験が豊富なトップがいる会社の場合、往々にして「おれはこっちの方がいいんだよ」という形で物事が進んで行くが、オイシックスはデータ中心なのでそういうことはない。すなわち、データが指し示す事実によって現場が動き、組織が意思決定をしていく。

社長から委嘱された西井氏のCMOとしての役割は、全社員がマーケティングをできる状態にすること。社長自らはトップダウンの判断をするが、会社の成長につれ、現場の悪い情報はだんだんと耳に入ってこなくなる。CMOは、そこを埋め合わせるため現場に入って、顧客と接する中での現場が正しく判断し、ボトムアップの意思決定ができるようにサポートすることを担っている。

少数の専門家集団がフル回転し、全社をサポート

データのハンドリングは、5名程度のデータ解析の専門家ユニットとその他の社員とで役割分担されている。一般社員に関しては、入社したばかりの社員であっても、データの管理画面(ダッシュボード)の扱い方を教えれば、定型化された簡単なデータならいつでも取り出せるようになっている。

データサイエンティストの部隊は、日々、経営陣や各部門の求めに応じて、あらゆるデータを迅速に取り出して提供する。それだけではなく、彼らは自主的なアナリシスも行っている。例えば、たくさん買う人とそうでない人の差はどこにあるのか、という問いを発したとすると、妊娠している人は近くのスーパーに行きづらいからオイシックスのようなネット通販を利用するのではないかといった仮説が出て来たりする。
また、顧客へのヒアリングを通じて、オイシックスで牛乳を買っている人はその後の定着率が高そうだ、といった仮説を導き、データを参照してみる。すると、やはり牛乳がアンカーとして機能しており、LTV(Life Time Value)との相関が高いということになれば、次の経営会議で、打ち手として牛乳に着目したプロモーションを提案する、という流れをつくるなどしている。

加えて彼らは、今後ECにAIを採り入れるべく準備を進めており、忙しい日々を送っているとのことだ。

スマートフォンファーストへのシフト展開

最近は新規会員の8割がスマートフォン経由。オイシックスでは定期会員向けに絞ってスマートフォンのアプリを用意しており、定期便会員の3~4割がアプリを利用している。

3年前、西井氏が着任した当時、2つの点で順調とは言いがたかった。1つは客単価の落ち込みで、もう1つはユーザーにとって使い勝手が良くないことに起因する満足度の低さだった。

オイシックスは、会員がたくさんの種類の商品をまとめて買って成立するビジネスであるため、使い勝手の悪さは売上に直結する。そこで改良につとめ、今では客単価はPCにまだ少し劣るものの、注文回数ではアプリに優位性が出ており、大体80点ぐらいのレベル。売上でPCを上回るまでに引き上げたいという。アプリで検索から注文まですべてを完結できるようになれば、会員にとっても使いやすいだけでなく、スマートフォンのサイトを維持更新する負担が軽減されるメリットもある。

西井氏の着任当時の経営課題は、それまでの成長が連続して2桁だったものが1桁に鈍化したことに対し、成長の勢いを回復することにあった。成長鈍化の大きな原因となっていたのが、スマートフォンアプリの客単価の落ち込みにあったが、そのことを的確に見抜いて対処したことにより、再び成長を加速できたと西井氏は見ている。

ここ数年、ECは大きな転換期に来ていると西井氏は考えている。2000年代前半は、ほかで扱っていない商品を扱い、SEOを少し施す程度で十分な売上を確保できていた。その時代は、サイトへの流入、新規顧客獲得に際し、基本的に検索エンジン主体に施策を組み立てて行く時代だったと言える。その後、ECに多数のプレイヤーが参加し、スマホの登場でPCがないユーザーも手軽にECを使える状態になった。
ここ数年は、SNSの利用が広がり、ECに向いているメディアが出て来たこともあって、SNSへの情報流通を積極的に行い、SNSへの広告などで新規顧客を確保する時代に来ているという。

デジタルを使いこなすことなくして、生き残ることはできない

そのような中、LTV(顧客生涯価値)を上げて行くためには顧客接点としてのECサイトをお店として考え、何度も行きたくなるようなお店にし、そこに顧客が欲しい商品を置くことを考えていく必要がある。「ブランドの顔」としての商品をきちんと設計することが重要だ。オイシックスでは、例えば「カンタンにつくれるけどおいしいもの」として印象づけられる商品を出し、そのイメージの延長上に他の商品をラインアップしていく、といったようなことである。

今後ECとして、また企業として生き残るためには、デジタルマーケティングが経営の根幹に据えられるべきであり、したがって、デジタルへの理解は経営者にとって当然のこととオイシックスでは認識している。その一例として、プログラミングがどのようなものであるかを理解しておく必要があると考えた経営陣は、年齢に関わりなくPythonのプログラミングの研修を受けたりもしている。左脳をしっかり使うことができているので、逆にそこに偏りすぎないようにバランスをとることも時に必要と西井氏は言う。

詳しいレポートはこちらで読める。また、このセミナーで、シナプスとウィンスリーが協業したデジタルマーケティングのセミナー「ウィンスリーアカデミー」がスタートされるとアナウンスがあった。

報告<第2回シナプスCMOセミナー> オイシックス西井CMOが語る! 16期連続成長のオイシックス(前編) 2017/5/15(月)
~デジタルをわかってない人は経営者になるべきではない!~(前編)
http://cyber-synapse.com/consulting/entry-707.html

 

シナプスCMOセミナーとは?

経営とマーケティングのコンサルティングをコア事業とする株式会社シナプスが卓越したマーケティング活動を実行している企業のCMOを招聘し、不定期に行うセミナーで、今回(2017/5/15)が第2回目の開催となる。

第1回(2017/2/27)の「日本マクドナルドCMO 足立氏が語る!マーケティング論」についての記事もぜひ参照いただきたい。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。