文:森田裕美

2017年4月25日、チーターデジタル(旧エクスペリアンジャパン CCM事業部門)主催の「Marketing Forward 2017 ~Spring~ オムニチャネル戦略におけるマーケティングオートメーション活用最前線」が都内で開催された。

今回は、レポート第1弾に続く第2弾として、オイシックス、三陽商会の2社より発表された「オムニチャネル戦略におけるMA活用事例」についてレポートしたい。

顧客とのエンゲージメント向上、長期の継続利用を目的とし、MAを導入

オイシックスドット大地 経営企画本部 米島和広氏
オイシックスドット大地 経営企画本部 米島和広氏

オイシックスドット大地 経営企画本部 米島和広氏は、「心の琴線に触れるような「接客」をデジタルで実現~オイシックスが進めるコミュニケーション戦略におけるMA活用とは?~」と題する講演で、オイシックスの事業紹介のあと、MA導入時の状況と、その際の判断のベースとなったマーケティング基本方針について語った。

インターネットで野菜や食品の宅配を行っているオイシックスだが、関東では駅ナカやスーパーにも一部売り場を展開しており、33店舗ほど運営している。また、40年ほど歴史のある「大地を守る会」、さらには「とくし丸」という地方を中心とする移動販売も事業ポートフォリオに加えている。

オイシックスがMAを導入した背景には、顧客の食に関する意識の変化と、それへの対応による業務量の増加があった。
時間のない中で簡単に調理できるものが好まれるようになるなど、市場ニーズに対応していくと商品点数やサービスが増加していく。しかし、単にニーズに対応していくだけではどうしても業務量ばかりが増加し、サービスレベルが低下していくリスクもある。
そこで、オイシックスでは顧客と接する時間を長くする、関係を深めていくことを考えながら、顧客により長く続けてもらうための仕組みづくりを行った。MA導入は、短期的な売上や刈り取りではなく、顧客とのエンゲージメントを高め、長期の継続利用を促すことを目的とした。

オイシックスでは、広告、オウンドメディア、パッケージ、商品の受け取りなど、購入以外の行動も含め、すべての顧客接点を大切にしており、それらの各接点における顧客の行動や感想を想像しながらサービスを作ることを重視している。この考え方がMA導入の際にも適用された。

MAを活用していくための試行錯誤から得られた3つのポイント

オイシックスでは約2年ほどCCMPを利用している。導入直後は、シナリオを事前に考える際に売り手視点になってしまい、結果的に社内で何度も議論をするということもあったが、その過程を経て、顧客が希望するコミュニケーションのチャネルを理解し、適切なタイミングでシンプルなメッセージを伝えることでスムースなコミュニケーションを行えるようになったという。

米島氏からMA活用に関して、3点ほどポイントが紹介された。

1.顧客だけでなく、現場の視点も考慮した上でメール配信の見直しを
顧客視点でコミュニケーションを考えた時、メールの頻度を見直すことも重要だ。
一方、商品担当は自分の商品に関するメールが配信されないと売上に影響するのではないかと不安になるため、どの担当者もメール配信頻度が減ることに不安を持つだろう。

コミュニケーションの手段はメールだけではない。顧客の導線を見直し、適切な場所で顧客との接点を持つ仕組みを作れば、配信するメールの本数が減ったとしても問題はない。そのためには、関係する部署やチームとコンセンサスを取る、メール本数が減ったとしても売上は担保できる仕組みを提供する、ということが重要だろう。

2.シナリオを細かく作りすぎない
MAを使用すると、シナリオを細かく作成しがちになるが、シナリオ数が増えすぎると振り返りが困難になり、改善箇所が小さなもののみになってしまう。また、古いキャンペーンの情報が残っている場合など、棚卸しに時間がかかってしまう。
そのため、オイシックスでは定期的に振り返りが可能なシナリオ数に絞っているという。インパクトが多いところ、メンバーが振り返れる許容範囲を意識しながらシナリオを作ることが重要だ。

3.顧客の不安や不満の解消と、企業の売上向上とを両立させる使い方を
オイシックスでは、週に1回の定期宅配で食品の内容を変更していない顧客に対してリマインドしたり、食材の調理方法などを通知したりすることで、顧客満足度を上げ、解約を減らして売上につなげるようにしているという。
レシピ、必要な調味料、珍しい食材の調理方法などが記載されているようなメールを商品が届くタイミングに配信され、待つ楽しみ、作る楽しみを演出している。

オイシックスでは、MAでのコンテンツ配信は接客でありサービスであると考えているため、顧客が好むチャネルを通して配信する部分でMAを活用している。と同時に、MA導入により運用も楽になったと米島氏は語った。オイシックスの事例からは、顧客の満足度向上はもとより、売上増加と運用軽減も合わせて可能にするMAの可能性が示された。

顧客体験向上を目的としたオムニチャネル推進とMA導入

三陽商会 IT戦略本部 ウェブビジネス部 オムニチャネル推進支援グループ長 ディレクター 安藤裕樹氏
三陽商会 IT戦略本部 ウェブビジネス部 オムニチャネル推進支援グループ長 ディレクター 安藤裕樹氏

オイシックスの講演に続き、三陽商会からは「MA導入の目的は売上UPが全てなのか?~三陽商会が推進する顧客コミュニケーション基盤の整備で実現できた「本当に大切なこと」とは?~」と題して、 三陽商会 IT戦略本部 ウェブビジネス部 オムニチャネル推進支援グループ長 ディレクター 安藤裕樹氏が講演を行った。

安藤氏によると、近年アパレル市場は大きく変化し、良いものを作れば売れるという時代ではなくなっており、価値ある顧客体験を提供することが非常に重要になってきているという。

三陽商会はメーカー気質が強いがゆえに、販促宣伝に関しても従来型の一方通行的なコミュニケーションが中心になっていた。さらにECと店舗で顧客管理が別々になっていたり、システム運用が異なっていたりするなど、会社として一貫したサービスを顧客に提供できていなかったという。

そこで、多様化、複雑化した顧客の情報収集行動あるいは購買行動に対応した、さまざまなメディアやチャネルを活用した顧客体験の向上を実現するため、オムニチャネル戦略を推進するプロジェクトを立ち上げたという。

MA導入後のマーケティング施策と効果

MA導入においては、まずメール運用の効率化を目的にしたという。CCMPでは会員マスターに加え、ECと実店舗両方の購買データ、商品データ、お気に入り商品やカート投入後の放棄商品のデータなども格納されており、管理画面上で簡単にデータの作成が可能だ。そのため、手動でデータ抽出や加工を行っていた作業工数が大幅に削減できたという。

さらに、顧客の行動に対してタイムリーにコンテンツを配信できるようになった結果、MA導入前も一般的なECサイトの基準と比べ悪くなかったにも関わらず、開封率で1.3倍、コンバージョンで約3倍となり、改善効果としては約4倍の効果が出たと安藤氏は言う。

ただ、自動化メールはインセンティブなどを絡めることで短期的なコンバージョンの向上は期待できるが、それだけが目的となってしまうと、衝動買いによるキャンセルや返品の増加に繋がりかねない。三陽商会では長期的な視点を非常に大事にしており、アクティブ率やLTVの向上を今後の目標としている。メール運用の効率化が達成された今、改めて顧客の行動を継続的に確認しながら、配信内容やタイミングのチューニングに力を入れていくという。

また、三陽商会のMA導入の最大の効果は、直近の受注増とかコンバージョンの向上ではなく、担当者が時間を確保できるようになったことだ。
コミュニケーション戦略を立案する際には、現状把握を行い、理想像を描き、それを実現するための必要なプロセスや体制を考えていくことが必要である。そのために、ペルソナ設定やカスタマージャーニーマップの作成などを行うが、実際それらを実施していく担当者がメールの配信作業とか運用業務に追われてしまうと、戦略設計に必要な情報を検証する時間がなくなってしまう。MAによる運用の効率化がもたらした効果は大きいようだ。

体験を買ってもらう、時間を使ってもらうという考え方

三陽商会では、今後のコミュニケーション戦略でメール、アプリ、SNS、ECサイト、実店舗、さまざまなメディアやチャネルにおいてコミュニケーション自体をパーソナライズしていくことを考えているという。
一つは、それぞれのタッチポイントで起こる顧客の不満などを解消、解決していくこと、そしてもう一つは、その顧客だけの特別感というものを提供していくこと、この2つが三陽商会のコミュニケーション戦略の基本となる。

最後に、安藤氏は「ものづくり、つまり商品力というのは、三陽商会の強みの一つですが、それだけでは顧客の心をつかむことはできません。今の時代、競争優位性は商品力の差ではなく、優れた顧客体験を提供できるかどうかにかかっています。ですので、商品を買ってもらうという考え方ではなく、体験を買ってもらうということが重要であり、お客さまに使ってもらうのはお金ではなく時間と考えるべきかと思います。このような考えにもとづいて、これからのコミュニケーション戦略を進めていきたいと思っています」と講演を締めくくった。

 

2つの事例で共通していたことは、MAの活用目的は、売上増加だけではなく、顧客の不安や不満を解消し、顧客エンゲージメントを長期的な視点で向上させること。さらには、社内の担当者の運用工数を削減し、現状分析、戦略立案、施策立案に時間を使えるようにすることであった。
MAを導入する場合、どうしても目先の売上向上を目的と考えがちかもしれないが、短期的な売上だけではなく、中長期的な顧客との関係性向上や、運用軽減による高付加価値業務へのシフトなどのメリットにも注目すべきだ、ということがセミナー参加者の心に残ったのではないだろうか。

 

※編集部注記:2017/6/8に、エクスペリアンジャパン CCM事業部門から新たにチーターデジタルが設立された。
脚注:チーターデジタルがクロスチャネルマーケティングの新時代を導く|2017/6/8

 

記事執筆者プロフィール

森田 裕美(Hiromi Morita)

プログラマからキャリアをスタートし、外資系企業でマーケティング・コミュニケーション業務全般を経験した後、ウェブ制作会社や広告代理店でウェブプロデューサーとして制作・広告プランニング・分析などを経験。2012年12月に日本初のインバウンドマーケティングエージェンシーであるマーケティングエンジンに参画、セールス&マーケティングを中心にHubSpotのコンサルタント、テクニカルサポート、プロダクトやマニュアルの翻訳などを経験。その後はフリーランスで企業のマーケティング・コミュニケーション業務のサポートやスタッフの教育を中心に、インバウンドマーケティングのサポート、取材やブログの執筆なども行っている。