文:大下文輔

マーカスエバンズ主催のCMO Japan Summit 2017の中から、資生堂ジャパンのセッションに続いて、もう一点報告したい。
ブランディングを成功させている、と誰もが認めるスターバックスコーヒー。デジタルの分野で、どのような方針で、どのような活動を行っているのかについて、『デジタル時代のブランディング』というタイトルで行われたデジタル戦略本部の長見明氏のプレゼンテーション内容を報告する。

(文章の主語は特に断りのない限り、プレゼンターの長見氏である)

成長著しいデジタル分野

2008年時点ではウェブの専任は2人だったが、現在20人のチームを率いている。デジタル戦略本部でやっていることは、オウンドメディア、ソーシャルメディア、スターバックス カード、オンラインサービスの4分野である。オンラインサービスではスターバックス カードのオンライン入金や、Starbucks eGift、オンラインストアなどがある。

デジタル分野は急速に伸びており、2010年を起点として5年半の間に、オンライン会員数が7倍、ウェブサイトのアクセス数が6倍、スターバックス カードの発行金額が4倍となっている。
SNSについて見ると、日本のアカウントを対象にしたツイナビのランキングでTwitterでは第6位、同じくFacebookでは15位、Instagramのビジネスアカウントとしては15位という実績を誇っている。

また、2016年5月にアプリをリリースしたが、ダウンロード数160万であり、デジタルコマースにおけるキードライバーになっている。スターバックスではメルマガや広告はあまりやっておらず、データはビジネス判断の質とスピードを上げるために利用している。用途としてはレポーティングや商品開発だ。会員情報と購買データをひも付けたデータが相当量蓄積されているが、それを分析して社内で利用してくれる部署に供給している。

デジタル分野では、大別して、メディアの成長、デジタルビジネスの成長、CRMデータによるビジネスの加速という3つの方向性があるが、この場ではその先に何があるのか、を見据えた話をしたい。
キーワードは「差別化」と「エンゲージメント(Engagement)」である。マーケティングの世界では使い古されたキーワードだが、相応の重みのあるコトバだと考えている。

体験の創出で差別化をはかる

コンビニの棚を見ても、ものすごい量の商品(それは情報につながる)があふれており、そこでお客様の目を引くことは大変困難だと思う。そこでどのように差別化していくか、が重要なテーマとなる。

その背景となるトレンドと対応についてまとめてみると、大きくは以下の3点にまとめられるだろう。

1つ目は、消費が多様化・細分化してきているということである。個人単位での行動が増え、情報発信も個人で行われるようになると、キュレーションなどによる「自分に合わせてカスタマイズした情報」の収集へと向かう。いろいろなことを知っている人とそうでない人の情報格差が拡がっている一方、検索とキュレーションによってその差を埋めることもできる。
個人の嗜好の多様化・細分化が、消費にそのまま反映されることになる。そのことへの対応として、マーケティングは、個人にあわせること(Personalized Marketing)をもいわば必要悪として取り込んだり、オウンドメディアを強化したりすることが重要になる。

2つ目は、買い物の自動化・合理化が進むことである。例えば、オイシックスのKitOisixでは、自動的にいい食材をチョイスして届けてくれるが、あたかも公共料金の支払いのような感覚で買い物が行われるようになってきていることを示唆している。オンラインでの買い物が増えると、週末に買い出しに行く必要が薄れてきた。以前は、買い物はある種の労働とも言えたが、いまではそうしたことがなくなった。自動化・合理化の進展には、ITによる利便性の提供が求められる。

3つ目は、モノからコトへという流れである。モノや情報があふれる中で、消費者はますます心の充実を渇望するようになっている。1400億もの非合理的なお金が動くようになったハロウィーンも、そうしたことを反映していると思われる。マーケティングでは、ユニークな体験をいかに創出できるかが鍵となる。

考えておくべきは、自動化・合理化されたショッピング体験を創るだけではブランディングが充分か?ということである。例えば、Amazonでのショッピング体験は、どのブランドのものを買っても均一だ。Amazonに店を出して買い物をできるようにして売上を伸ばしたとしても、それだけでよいのだろうか。
スターバックスらしい買い物、をどう創出して行けばよいか。それには、コーヒーを飲みに来ていただいたお客さまに、高いレベルのいい体験ができるような、いわば劇場型と呼べるような方策がいるのではないかと感じている。

以上のような課題に対して、スターバックスらしく時代の変化に寄り添うべく解決策を見出してきた。

まず、メディア強化とパーソナライズという点では、アプリケーションやSNSを使った情報発信で成果を出し、購買者データに応じたメールやチケット発行で対応している。次に、買い物の合理化への対処として、オンラインストアを立ち上げ、モバイル決済ができるようにしている。なお、アメリカでは先行してスマートフォンからのモバイルオーダーも実施している。

スターバックスらしさを考えたStarbucks eGiftとスターバックス タッチ

スターバックスらしい差別化とは何か、について体験の側面を考えてつくられたサービスのうち、2つを紹介しておく。

1つは、Starbucks eGiftと呼ばれるオンラインギフトである。ウェブやアプリで、500円支払ってオンライン上でパーソナライズしたカードとともにドリンクチケットを送る、というサービスだ。良いところは、コーヒーを媒介に、人と人が結びつくこと。このサービスは、Yahoo!やLINEでも利用可能だが、スターバックスのホームページとアプリによる売上が約6割で、スターバックス以外のチャネルを上回っているということが特徴的。外部のECでたくさん売れているという話はよく聞くが、自社サイトでの販売比率が高いという話しはなかなか珍しいのではないだろうか

もう1つはスターバックス タッチである。レザー素材のキーホルダーでコーヒーを買えるという商品だが、その入手のために表参道で行列ができるというほどの人気商品になった。これは、「支払を楽しいものにしたい」という思いを込めて作った商品だ。決済の世界では、利便性や経済合理性は話しにあがるが、決済にファッション性や楽しさが話題になることはない。そういう意味でもユニークな商品だと思っている。

嘘のつけない時代に、誠実さを軸にしたエンゲージメントを推進する

10年程前なら、新製品が出た時に、誰が買ってどのように評価されているのかをつかむのに、調査を行って約3ヵ月かけて答を出していた。今ではその日のうちに、誰が買っているかは購入データで手に入るし、何が評価されたかも、SNSを通じてわかる。ビジネスパーソンとしては生きづらくなったとも言えるが、要はごまかせない、嘘のつけない時代になったということである。
CMでタレントを起用しても、本当にそのタレントがブランドのファンなのかどうかは、SNSを通じてすぐに分かってしまう。イメージタレントとして起用しているのだとは思うが、ブランドのファンであることや、商品のユーザーであることが分かっていたほうが、そのCMの説得力も増すことだろう。

そうした時代認識のもとに、スターバックスは本当であること、誠実であることにこだわっている。
幸い、スターバックスにはパートナーと呼んでいる、アルバイトを含めた従業員がいて、彼ら彼女らがインフルエンサーとして機能している。
スターバックスでアルバイト採用が決まると、まず8時間程度の座学があり、そこでコーヒーのいれ方やオペレーションの基礎とともにスピリットを教わる。実際に店頭に立つと、結構大変で、パニック状態を抜け出るのに1週間程度はかかる。しかし、その間常に「あなたは必要なのだ」と言われ続ける。決して否定から入らない、受け入れるという強いカルチャーがある。なぜなら、否定や叱責によってその人が「ごまかそう」という態度に陥ることがあるからだ。それは嘘につながる。

パニックを脱出できたパートナーは「あなたの好きなコーヒーをおすすめしてみよう」と促される。会社が売りたい商品でなく、その個人が好きだと思える商品をおすすめするのだが、意外と高い確率でお客さまから「ありがとう」と言われて、嬉しくなる。仕事で得た自己肯定感は、お客さまの状況を察した自発的な行動につながり、そこに信頼感が生まれ、サービスの品質が自然と上がる、というよい循環となる。

カップに書かれたメッセージがエンゲージメントの象徴

パートナーとお客さまの信頼関係の中で自然発生的に生まれてきた現象が、カップに何かしらのメッセージを書くという行為だ。この行為についての、経営の考え方は「お客さまとのつながりを強める素晴らしい行為です。しかし、だからと言ってパートナーに強要することだけは決してしないでください」ということであり、そのことは徹底されている。

デジタルの時代に「クリックする」ことをエンゲージメントと結びつけるなど、エンゲージメントが安売りされている、と感じることがある。デジタルの時代にはビジネスにテクノロジーを採り入れないと生き残れない。だが、そのことに加えて、誠実なブランド表現からしかエンゲージメントを深まらないということを忘れてはいけないと感じている。誠実な表現から生み出された感動や喜びを伴う体験は、情報過多の時代にあっても記憶に残ることであり、それがブランディングの根源にあるべきだと思うのだ。

 

イベント名:CMO Japan Summit 2017
イベント日時:2017年6月15日
場所:椿山荘東京

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

 

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。