文:大下文輔
2017年9月14、15日の2日間、都内のホテルでAdobe Symposium 2017が開催された。このイベントは、3月にラスヴェガスで行われたAdobe Summit 2017の日本版とでも言うべきものである。ラスヴェガスのSummitは武井涼子氏がレポートしているが、それと合わせてお読みいただきたい。
本稿では、ジェネラルセッションという統括セッションで、アドビCEOのシャンタヌ・ナラヤン(Shantanu Narayen)氏と、同社デジタル事業部門のヴァイスプレジデントである、ジョン・メラー(John Mellor)氏、エクスペリエンスコンサルティング部 祖谷考克氏のプレゼンテーションの一部紹介と、それに基づく考察である。
なお、ジェネラルセッションに登壇したマクドナルドの足立光氏によるプレゼンテーションはこちらに記した。

アドビのExperience Cloud立ち上げの背景
ナラヤンCEOのスピーチのポイントは2点だ。
1点目は、現状維持は戦略ではなく、常に変革を求めていかなければならないとし、アドビ製品のこれまでの変革を振り返ったことである。
アドビはCreative Suiteによってコンテンツ制作のリーダーであったが、よりアドビのポジションを強化すべく、クリエイター中心からマーケターへと対象を拡大し、コンテンツの管理や効果測定などに視野を広げて収益化を図る、すなわちコンテンツ制作から「コンテンツとデータ」におけるリーダーになろうとした。同時に、Creative Suiteというパッケージ製品からクラウド環境に切り替えて、コラボレーション支援や、モバイル環境へのシフトなどへと大きな転換を遂げたことを紹介した。
2点目は、アドビのミッションとして「世界を変えるデジタル体験を届ける」を掲げ、そのための製品としてExperience Cloudを提供しているという主張である。(これは、マーケターを主な対象と想定していたMarketing Cloudを、最近では経営者にまで拡大したものでもある)。クラウドの普及により、新しい体験(Experience)が出てきたし、仮想現実、拡張現実、ボイス、ジェスチャー、タッチなど、さまざまにその幅が拡がっており、すべての企業は体験にシフトすべきである。そこには、データの精度を上げることや、パーソナライズや自動化が不可避であり、コンテンツを制作し、供給する事それ自体のスピードアップを図る必要に迫られる。このような、中枢神経系とでも呼ぶべきシステムには、これまでのシステムの流用は難しく、新たなプラットフォームによる対応が必要になった。
これらのポイントは武井氏のレポートにおける3つのポイントのうち、2点目と3点目に近い。そして、1点目の「Disruption(破壊)からReinvention(再発明)へ」という主張は抜け落ちている。それがなぜかは明らかではないが、考えられることの1つは、テクノロジーを起点としたビジネスの破壊的変革の連続は止めようのない現実であることだ。再発明と破壊の関係は「From~to」ではなく、「with」や「over」のほうがしっくりくる。また、他社がDigital Reinventionを標榜していることの影響もあるかもしれない。
アドビが考える体験の要点
アドビのExperience Cloudは同社のウェブサイトにもある通り、3つのソリューションを8つのモジュールによって提供している。ソリューションは、プログラマティックな広告出稿管理(Advertising Cloud)、セグメンテーションやターゲティングを可能にするアナリシス(Analysis Cloud)、そして個別のカスタマージャーニーを考慮したパーソナライズドコンテンツの提供(Marketing Cloud)である。

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どのような体験をアドビが理想としているかは、武井氏のレポート内容を言い換えてみると、「ひとりの顧客として、自分のことをよくわかってくれていて、デバイスを変えても、あるいは場所を移動しても自分の気持ちに即して、適切なタイミングで接してくれ、しかも複雑さや難しさを感じないこと」といったところであろう。
このことは、T-Mobileが同社の事例を披露する中で、示されていたことでもある。要は、徹底したパーソナライズによって、その人にとってポジティブな気持ちになるような情報や状況が与えられることを意味すると言えよう。
アドビのメラー氏が示したのは、その体験を作り出すために必要なこと(レシピ)である。
A) 顧客のコンテクストを把握すること
(スタートラインはコンテクスト)
平日の昼間に仕事をしているときと、週末の夜に自宅でくつろいでいるときなど、顧客が置かれた状況が異なれば、接し方も変わる。
B) コンテクストに応じて、何を届けるかをデザインすること
(迅速な成長のためのデザイン)
個々人のコンテクストに応じて、大規模かつ広範囲に届けるために必要なコンテンツをデザインし、制作し、保管する。サプライチェーンを見直し、再構築する必要がある。
C) 複雑なトランザクションを超高速(ミリ秒)で行うこと
(体験を決定づける1/1000秒)
情報が必要なとき、顧客が即時に情報を受け取るようにするためには、複雑な作業も場合によってはリアルタイムで処理できないと意味をなさなくなる。
D) サイロを取り払って効率よく仕事ができるような統合環境があること
(変革を起こすインテグレーション)
体験を届けることを基軸として、社内の各部署がコラボレーションによって仕事を進めていけるような環境を提供する。
言うはやすく行うは難し。以上の4つの命題はどれひとつとっても簡単なものはない。コンテクスト理解のためには、大規模なデータ収集とクレンジングの基盤が必要だし、安定的にリアルタイム性を確保するのも極めてシビアな作業となる。それゆえに、Experience Cloudは大規模なものであり、費用面も含めて、基本的には大企業向けのシステムと言えるだろう。
アドビが目指すのは、そうした難題に妥協せず、VRやARへの対応や、機械学習をも取り込みつつ最善最高のソリューションを提供できる、「チャンピオン」になることだろう。
アドビの祖谷氏の説明によれば、Experience Cloudのプラットフォーム構築にあたり、以下の3つの原則を取り入れたという。
1. 共通言語(データスキーマ)の採用
例えば顧客プロファイルやキャンペーン情報など、さまざまなデータを扱う際、システムが異なると、データの受け渡しのためのつなぎ込みに手間と労力がかかった。そこで、Experience Cloudでは、図1の「プラットフォーム」の1つのレイヤーとして示されている、エクスペリエンスデータモデルと呼ばれる言語(データスキーマ)を採用することで、つなぎ込みの課題に対処する。
2. オープンなエコシステムの採用
Adobe I/Oによるインターフェース連携により、アドビのサービスを他社のサービスとつなぐことで、パートナー企業は、自社の持つサービスを拡張することができる。今回は、リアルタイムな連携を可能にするAdobe I/O Eventsと、クライアントサイドへのタグの挿入や管理を容易にするAdobe Launchを発表した。
3. 人工知能の導入
Experience Cloudで人工知能と機械学習のフレームワークAdobe Sensei(先生)を活用することで、人間が処理しきれないほどコンテンツやデータを分析し、さまざまな自動化を促すことが可能になる。
Adobe Sensei(図1の、データサイエンスのレイヤーに置かれている)は、汎用(はんよう)ではなく、クリエイティブの拡張、顧客体験のための知性、コンテンツの理解といった領域に特化されている。すでに数百のサービスが提供されているが、新しいものとしては、コンテンツの表示を顧客の閲覧環境に合わせて自動化する、といったものがある。
上記の3つの原則は、よい体験のためのレシピと密接に結びついている。例えば、共通言語の採用は、レシピDの統合環境に関わるものであるし、Adobe EventsはレシピCのリアルタイムを具現化するものである。
顧客に、適切なタイミングでコンテクストを読んでアクセスし、情報やオファーを提供することでブランド体験を創出することは、「嫌がられるブランド」につながる「嫌われる広告」から脱却する最善の方策だと考える。そのためには体験(Experience)と、体験の主体となる顧客、そして人間への深い理解が求められる。
イベント名:Adobe Symposium 2017
イベント日時:2017年9月14日10:00~12:00
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |