文:大下文輔
トライバルメディアハウス主催の『熱狂ブランドサミット』。2回目となる2017年は、10月24日に都内で開催され、今年もヤッホーブルーイングの井手直行氏が登壇した。
井手氏は、社長でありながら「てんちょ(店長)」と呼ばれている。同社は、社員はもちろん取引先の社員までも親しみをこめてニックネームで呼び、ファンにもそれが浸透している。トライバルメディアハウス社長の池田紀行氏との対談は「池ちゃん」、「てんちょ」の掛け合いで展開された。
題して「熱狂的ファンを生み出す熱狂社員の育て方。ヤッホー流熱狂経営術の秘訣に迫る」。同社が熱狂的なファンに支持される理由の一端は昨年のレポートに記された通りである。そうしたファンやファンと一体化する社員はある日突然生まれるものではない。今回はいかにしてファンが生まれ、社員が育っていったのかに主眼を置きつつ、ファンの行動はどのようなものかを午後からのセッションと合わせて報告する。

ステージ1:ファンが生まれて「良い売上」につながった
会社ができて8年間は赤字続きであった。その間、売ろうとしてもがき苦しんだ。1人の営業社員として、井手氏は楽天市場でECを始めることにした。当初は売上を上げようと、現金があたるキャンペーンやさまざまな販促のメッセージを届けたが、結局売上は上がらなかった。
そうこうするうちに、売上のことでなく、そこに来てくれた人を驚かせよう、面白がらせようという情報発信をし、そのお客さんが喜んでくれるのを見て嬉しくなり、さらに面白がらせようと試みているうちに、メルマガから興味を持ったお客さんがECで買い物をするようになり、売上が上がるようになった。「売ろうとしても売れないが、面白い企画で楽しませることが売上につながる」ことの原体験がそこにある。
売上アップにより単年度黒字を達成、その実績やそれまでの取り組みが初代ヤッホーブルーイング社長であり、親会社である星野リゾート代表の星野佳路氏に買われて、井手「てんちょ」は社長になった。
ステージ2:「チームの力」を社内に浸透させた3年間
売上が上がるようになると、それまで個人プレーに依存していた会社が、とても立ちゆかなくなってきた。他の社員と協力する必要がある。しかし、当時の社内は井手のやり方にとても協力的とは言えず、陰口なども横行し、朝礼をしても暗い雰囲気で「お通夜のようですね」と新入社員から言われる始末であった。
そこで、社長自らチーム作りの研修をみっちり受けた。そこで衝撃を受け、社内に戻ると「すっかり人が変わった」といわれた。チームビルディングが重要だ、とわかったため、自らが受けた研修内容を社員の中で手をあげた8人に社長自ら教えた。当初は研修に参加しない社員から「忙しいのに、何で」とか「行った人が研修に熱中して何やら宗教みたいだ」とか批判を浴びたが、研修に参加した社員がどうやったらチームの力を引き出せるのかなど熱心に語りあったりして、少しずつ社内の空気が変わってきた。
その間の売上は停滞していたが、星野リゾート代表の指示は「1円でもいいから増収増益をしなさい」という一点だった。それを守りながら、チームビルディング、すなわち社内の一体化に取り組んだ。3年でほぼ全員がチームビルディング研修を終えると、「ビールに味を!人生に幸せを!」というミッションに対する一体感が強固なものになり、「日本のビール文化を変えるのだ」という想いの元に共通の目標意識が高まった。
そして、売上は上昇に転じ、以降は好調を維持しつつ、クラフトビールNo.1のポジションを獲得している。チームビルディング研修は、今でも続いている。
ステージ3:社員満足度の最大化に取り組む
「てんちょ」は社長として「売上を40%高めよう」などという大胆な目標を掲げる。
しかし、それは必達を前提としたものではなく、「今やっていることの延長とは違う、誰もやったことのない試み」を引き出す刺激であることを優先したものである。社員は真面目に売上向上に取り組むために、会議ではややもすると数字の話になってしまうので、「売上のことばかり言うな」と釘を刺すこともある。
本当にやるべきことは、戦略上意義のあることか、お客さまに幸せを届けることであって、売上はその結果として向上するのだというのが自分の体験から得た教訓だ。
「てんちょ」が現在、次の目標として指し示していることの一つは、経営理念への共感度を高めることである。経営理念への共感を経営の根幹に据えて業績を上げているアメリカの通販小売企業Zapposを超えるべく、まずは日本一になろうとしている。ファンに楽しんでもらう企画を出すのに、社員が苦悶しているのでは意味がない。単なる満足では、人は動かない。ファンイベントなどのアンケートでも、自社が採用している7段階の最上位にどれだけ評価が集まるか、すなわち熱狂させるかが重要だ、というのが経営者としての考えである。
ファンを楽しませるイベントの背景は、製品ベネフィットだった
「超宴」のようなイベント実施には、それなりの裏付けがあることを、「てんちょ」は明かした。
2009年頃のこと、よなよなエールのファンになぜそれが好きなのかと聞くと、「おいしいから」と一様に答える。さらにそれを掘り下げるとよなよなエールには、5つのベネフィットがあることがわかった。それは、「理想像の実現」「癒し」「自己確信」「世界観の共有」、そして「仲間をつくる」である。
この「仲間をつくる」というベネフィットは、例えば友達とよなよなエールを飲みに行こう、と誘って行くけれどもそこでビールの話をするわけではないという事実である。あるいはSNSで、よなよなエールを一部に配した写真が投稿されたりもして知らない人とつながるなどということも、「ビールを通じて仲間ができる」ということの証でもある。そこで、ファンサービスのイベントを当初は40人くらいの規模で始めてみた。
そうすると、かれらは熱烈に社員と会いたがっている、つながりたいと思っていることがわかった。それからもずっと、企画は社内で行い、当日の受付からビールのサーブや司会なども社員が行っている。そうして、社員と同じようにファンもニックネームを持ち、そのファンがどこに住んで何を趣味にしているかなどのストーリーを、社員はつぶさに把握している。
熱狂ファンのブランド愛がもたらす行動
午後のセッションでは、ヤッホーブルーイングの「ジュンジュン」ことFUN×FAN団団長佐藤潤氏と、トライバルメディアハウスでFUN×FANプロジェクトを支援する、「おすな」(鳥取県出身としてついた)こと高橋遼氏によるセッションが行われた。
FUN×FANプロジェクトというのは、マス広告に頼ることなく、よなよなエールの認知度を上げてファンのロイヤリティ(loyalty)を高めるため、リアルとネットにわたるアンバサダーマーケティングを展開するプロジェクト、ということである。
FUN×FANでは、顧客を図のような5つの階層に分けている。

(※画像クリックで拡大)
「ジュンジュン」は、そのうち⑤の熱狂顧客と④のロイヤルカスタマーは、製品を超えたヤッホー(ブランド)のファンで、とりわけ⑤の熱狂顧客が推奨者(アンバサダー)となってこのブランドを支えてくれているという。
この熱狂顧客の行動の5つのパターンが、エピソードを交えて紹介された。
- 会社にまで足を運んで社員に会いに来てくれる
- イベントに応じた色紙や、年賀状を贈ってくれる
- ヤッホーに対する心ない攻撃に対して、ファンが立ち上がって守ってくれる(後述)
- 手作りのグッズを作って持ち歩いたり、SNSでシェアしたりしてくれる
- 専門性を生かしてヤッホーのためのイラストを描いてくれる(会社からお願いして一緒にグッズを作ることもある)
スーパーなどの冷蔵庫でよなよなエールを見つけると、フェースを整えてくれる(缶のロゴが正面になるように向きを変える)
グッズを作ってくれる(「超宴」などではよく見かけるそうだ)
中でも上記3)のエピソードは、心動かされるものがあった。
神宮で行われたイベントに先立って、前売り券を発売したところ、「雨が降っても儲かるような仕組みだな」といった趣旨の皮肉をSNS上でアピールする人がいた。
それに対して、SNS担当は「それは人数を予め知っておきたいからで、楽しんでいただけるよう頑張ります」と真っ当に返した。
それを受けたあるファンが、嫌みを言った人に向け、「そういう考えもあるだろうが、自分たちは、イベントが楽しくて仕方ないから行くのだ。よなよなのみなさん(社員のこと)と僕たちファンとで楽しいイベントにしますよ」という感じの、よなよな応援メッセージで援護してくれたそうだ。
さまざまなイベントも、「ビールに味を!人生に幸せを!」というミッションに向けてのものであり、目先の売上を負うものではない。しかし、「ジュンジュン」に、BtoBに対するアプローチを質問したところ、企画段階から営業と連動して、流通のバイヤーなどにはイベントの成果などを持って回れるような体制を作っているとのことであった。顧客の囲い込みをしない、とともにサイロのない会社であることが滲み出ているセッションであった。
記事執筆者プロフィール
|
|
![]()
|
株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |