文:大下文輔
JNNデータバンクは、TBSがキー局となる全国放送網の加盟放送局28社によって行われている全国規模の生活者調査で、シングルソースデータの老舗と言ってよい。
この、JNNデータバンクの潜在的なパワーをマーケターに伝えるべく行われたセミナーが、2017年11月24日実施された。
「マーケティング戦略のために日本の現在と未来を俯瞰する」とのサブタイトルがつけられたこのセミナーの、興味深いプレゼンテーションを、2回に分けてレポートする。主催は、JNNデータバンクのデータサービスを提供しているJDSである。
オンラインデータ収集の盲点とその克服
冒頭、TBSの江利川滋氏よりJNNデータバンクの概要について説明があった。
JNNデータバンクは、商品の保有実態、ライフスタイル、媒体接触などにつき、1971年の予備調査から今に至るまで40年以上にわたり続けて実施されてきた。1999年までは年2回、それ以降は年1回で2017年実施分を含めると調査回数は73回になる。
調査対象は、13歳から69歳まで(大都市圏は現在74歳まで)の男女で、調査項目も多岐にわたっている。東京と大阪の2地区で「好きなもの」を調べ続けている姉妹編の総合嗜好調査とあわせて利用されている。
JNNデータバンクの特徴は網羅性、継続性、代表性の3点である。
1点目の網羅性は、幅広い年齢層と地域そして質問の多彩さにある。また、サンプル数も細かな分析に耐えられるよう7,400程度を確保している。
第2は継続性である。長期間にわたって、同じ質問項目を繰り返されることによって、変化が見えることである。時代に応じた項目の入れ替えはあるが、基本的に同じ質問、選択肢による構成である。
そして、第3は代表性である。対象者が特定の偏りを持たないように選ばれていることで、調査結果から全体状況を正しく読み取ることができる。
昨今では、手軽に利用できることから、ネット調査パネルを利用したオンラインサーベイばかりを利用する傾向にあるが、このネット調査パネルにはバイアスがあるから不安だという声を聞く機会がこのところ増えていると、アダプティブの久恒整氏は言う。
昨年JNNの対象者をベースに(すなわち13~69歳までの日本人全体の縮図として考えられる)、ネットリサーチ会社のモニター登録を見ると、わずか6%であった。その6%でも、偏りがなければいいが、モニター登録している人にはバイアスがある。

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久恒氏のパート(『市場調査全体におけるJNNデータの価値と使い分け』)では、これらのバイアスの検討がなされた。 ネット調査パネルのバイアスとして考えられるのは、
1)インターネットを利用していない人(約16%)については網羅されていない(ただしこの点は2018年においては大きな課題ではない)
2)現在、家庭でのインターネットアクセスの70%はスマホからであり、PCからパネルに登録している点で市場実態とかけはなれるリスクがある。
3)モニター登録はポイントサイトからのポイント稼ぎを動機としての入会が多く、複数のパネル登録で重複がある。
である。
こうしたバイアスがあることを前提として、必要に応じてインターネット調査の結果を校正していく必要がある。問題は調査パネルによって起こる回答のずれがあることではなく、安定的にずれているかどうか、あるいはどのようにずれているのかを知ることである。
JNNデータバンクはその対象者に対して、ネット調査パネルへの登録・回答実態質問を2016年に試験的に挿入した。そのデータを見ることで、パネルと非パネルの差の傾向がわかる。
アダプティブではそのような分析のトライアルを行っているが、一例を挙げれば、ネットパネル登録者の専業主婦率が高いことや、マルチアンサーへの丸つけ個数でみると、ネットパネル登録「あり」の人の方が確実に多い傾向にあることなどがわかっている。
30代以上の世代ではネットパネル登録者と非登録者の回答傾向のズレはある程度安定しているが、10-20代のズレは30代以上とは異なる傾向を示してることが不安材料で、さらなる検証が必要であるとコメントしている。

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久恒氏はさらに、JNNデータバンクの使いどころについて、マーケティングプランにおける、初期仮説の構築の前に参照するデータとして、ベンチマーク的に利用するのがよいということや、後編で紹介する、Japan-VALSを他の調査と連携する方法などについて提案を行った。
長期データによるコホート分析
長期の傾向を見る場合、時間的な変化が何によって生まれてくるのかを見極める必要がある。
加齢に由来するものや、ライフステージによる変化を年齢効果(Age Effect)、社会全体の傾向が変化している部分を時代効果(Period Effect)、そして、同じ時代に生まれ育ったことによる世代間の差を世代効果、(Cohort Effect)と呼ぶ。
変化は何に由来しているのかを、それらの3つの要素に分解して、どの要素がどのくらい変化に影響しているのかを探るのがコホート分析(Cohort Analysis)である。
ちなみに、コホートとは同じ年代に生まれた人口集団(Birth Cohort=世代)のこと(コホートは生まれた年代以外にも、教育を受けた期間を基準にした教育コホートや、結婚した時期を基準にした結婚コホートなどもある)。 JNNデータバンクや総合嗜好調査は社会的な事象のコホート分析が行える数少ないパブリックデータの1つだ。TBSのウェブサイトにその一例が出ている。
JNNデータバンクを使った未来予測
年齢(Age)、時代(Period)、世代(Cohort)によるスタンダードなコホートモデル(APCモデル)には、数学上の問題その他の課題がある。
尚美学園大学の華山宣胤氏は、JNNデータバンクの嗜好データを使い、マーケティングに応用可能な独自分析として、拡張型年齢・経験(EAE)モデルを提唱している。セミナーでは、その考え方の概要が説明された。
世代効果、時代効果に代えて経験効果(Experience Effect、適用領域によっては環境効果Environment Effect)を使う意味は、時代効果は一時点の影響が次の時代区分に対して影響をもたらさないのに対して、強い経験は、その後の時代区分に対してもその効果は維持すのではないかという仮説と、世代(出生)効果が示唆している幼児体験のみの影響は、幼児期以外の体験によっても影響を受けるのではないかという仮説による。
体験効果の例として、総合嗜好調査のビーフステーキが好きという数値を、年代を追ってみると、1992年から1997年にかけて急激に落ち込んでいる。これは、その年にBSEプリオンによる牛の感染症によって、牛の異常行動が大きく報道されたことと関連している。
これは、BSEについての情報体験が大きく嗜好性に影響を与えたということであり、その経験効果は何年か続く。BSE感染症報道体験を経験した最も若い年齢(L)および最高年齢(U)とその効果が持続する期間(D)という3つのパラメータが設定される。同様に、嗜好性にプラスの効果をもたらす社会的影響要因として、牛肉の関税引き下げによる市場開放などが上げられる。
同時にビーフステーキに対する嗜好は、加齢とともに変化する。常識的にも、歳をとれば、ビーフステーキは消化に負担の大きい食べ物として徐々に敬遠される傾向にある。
この年齢効果も、時系列データから、他の要因を取り除いて設定される。

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華山氏の説明では、EAEモデル(拡張型年齢・経験モデル、拡張でないAEモデルはL/U/Dの3要因を組み込まないもの)は、赤池情報量基準(AIC)を指標とすればデータの適合がAPCモデルよりも良かった。すなわち、コホート分析モデルとしてAPCを使うより、EAEの方が良いといえる。
重要なことは、将来的にBSEのような強い時代効果が起きないという前提のもとに、年齢効果と経験効果の推定値があれば、JNNデータバンクのデータを使ったEAEモデルによって将来予測が可能になるということである。こちらに事例が出ている。
JNNデータバンクは、このEAEモデルを会員社に対して、データ解析パッケージ及び解析サービスを提供している。それにより、簡単に将来の嗜好性の変化がわかるので、それに人口動態等を加味して、市場規模を推計できる。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |