文:大下文輔

JDS主催の、JNNデータバンクについてのセミナー。前編に続き、レポートする。
今回は、2014年からJNNデータバンクに組み込まれたライフスタイルセグメンテーションについてと、企業内マーケターがデータバンクをどう使うかについてである。

Japan-VALS™というセグメンテーションの戦略的活用

JNNデータバンクが連携しているライフスタイルセグメンテーションがJapan-VALS™である。
Japan-VALS™をNTTデータとともに開発し、分析やコンサルテーションサービスを行っているStrategic Business Insightsの徳重桃子氏が、「Japan-VALS™の戦略的活用」と題するパートのプレゼンテーションを行った。

Japan-VALS™のルーツはアメリカの1980年代に遡る。アメリカ人のライフスタイルを9つに分けたVALSが、広告代理店でマーケティングに利用され始め、注目を浴びた。
しかし、リースマンマズローの影響を受けたVALSは、消費行動との結びつきは弱く、説明力が弱かったため、大幅に改訂されてVALS2が生まれた。このVALS2と同じ思想で日本市場を区分したのがJapan-VALS™である。

徳重氏によれば、Japan-VALS™は、日本市場での心理基軸(ありたい姿)を3方向に分け、それとロジャーズのイノベーションの普及理論を組み合わせて、日本市場を10のセグメントに区分したものである。

3つのありたい姿、すなわち行動の動機となる軸は、伝統、達成、および自己表現である。これら3つは、時代や社会の影響を受けにくく、生得的なものであるために、行動のなぜ、を説明しやすい。
伝統は、「どうすれば恥ずかしくないか」ということを行動の動機とするもので、家族を守りたいという意識を持ち、長幼の序やしきたりを重視する。
達成は、「何をすべきか」に着目して行動し、知的と認められたいとか、時間効率の重視とともに、文化や芸術への関心をもち、達成プレステージ志向がある。
自己表現は、「何をしたい気分か」を行動の動機とし、今を刺激的に過ごしたいという意識を持つ。

このありたい姿に沿った動機で、自発的に市場に投入された商品・サービスを早めに取り込むグループを2層に分けた6グループがあり、その6グループの影響を受けて、Me Tooすなわち受け身で徐々に採択して行く3つのグループがある。
さらに、ありたい姿というよりはむしろ、「今までにないから」という理由で失敗することも覚悟の上で革新的なものに飛びつく、新規性評価のアンテナのような「革新創造派」というグループを付加して、10のセグメントが構成されている。これらのセグメントは、それぞれ固有の価値観を持つと見なされる。

©Strategic Business Insights. All rights reserved.  図1.Japan-VALSの市場構造
©Strategic Business Insights. All rights reserved.
図1.Japan-VALSの市場構造

ある人がどのセグメントに所属するかの同定は、JNNデータバンクの質問に付与された40問程度のVALS分析用の意識や行動に関する項目と、学歴や年収など社会経済的な特性との組み合わせにより判別する。
JNNデータバンクではJapan-VALS™のセグメントキーが、回答者一人ひとりに付与されており、クロス集計などで、セグメンテーションによる商品所有やメディア行動の分析が行える。
そうした分析によって仮説を立てて、商品やサービスを、どのように展開していくかについて戦略策定できる、というのがJNNデータバンクにライフスタイルセグメンテーションを組み込む意味である。

図1の構造を普及過程による時間を折り込んで見ると、3つの入り口からの川の支流が過半数に上る大きなフォロワー集団へと吸収されていくようなイメージである。伝統、達成、自己表現の3つの入り口のうち、どこをどのように刺激して各入り口からの流入を促すかが、全体の流量を最大化する方法だ、というのが大きな戦略枠組みになる。

年齢とセグメントを掛け合わせてみればわかることだが、年代が同じでも人々の価値観のありようは異なる(年代別のセグメントの構成比にバラツキがある)し、同じ価値観を持っていても、年齢はさまざま(セグメントごとの年齢構成比にバラツキがある)である。

この日のプレゼンテーションで紹介されたいくつかの事例のうち、ハイブリッド車の事例を紹介する。
まず、JNNデータバンクの最新である2016年版による数値では、ガソリン車は保有者全体のうち、ガソリン車は87%なのに対し、ハイブリッド車は10%と少数派である。ハイブリッドの保有者をVALSでみると、フォロワーに属さない先行層の割合が、ガソリン車に比べてやや多くなっている。
逆に言えば、そこそこフォロワーもいることから、緩やかに比率が上がっていくものと思われる。

ハイブリッド非保有者へのアプローチの入り口として、伝統11%、社会12%、自己表現9%と極端な差がないことから、それぞれの購買のモチベーションに沿って、打つ手を代えたアプローチを行うことが望ましいと考えられる。(図2)

図2.同じハイブリッド車購入者でも、モチベーションは異なる
図2.同じハイブリッド車購入者でも、モチベーションは異なる

普段使いのJNNデータバンク

かつて住宅メーカーで、マーケティングの研究員をしていたJDSの星野俊樹氏は、企業内マーケターにとって、JNNデータバンクの使いどころがどこにあるか、について語った。

ポイントは4つある。

  1. 自社が費用負担して独自に行う調査は、もっとも重要視されるが、そのデータを鵜呑みにしないこと。
  2. 自分なりの市場解釈を持つ、ということ。これは後述するように、JNNデータバンクに見出した「おや」と思うような疑問から出発して、観察や意見交換など、さまざまな手段を駆使すれば現在の市場への認識を整理して見ることができるということにつながる。
  3. 話題に引きずられないこと。何か目新しい話題があると、社内でそれを振りかざしてものごとを進めようとする人がいるが、データによる裏付けで、「はずし」にならないように注意することである。
  4. 確信のある疑問をもつこと。ともすれば思い込みで動きがちなところを、データで押さえて確信しておくことが重要である。

JNNデータバンクは、網羅性や継続性のあるデータであり、サンプル数も多い。ついつい、大上段に振りかぶって使いたくなるが、企業内マーケターとしては、例えば冊子で供給されるデータを、日頃から昼休みにでもパラパラめくりながらデータを眺めることに意義があると星野氏はいう。そもそもJNNは社内では数あるデータソースの1つに過ぎず、一般の社員からありがたがられるような存在でもない。

小さな疑問からの出発

2000年代の初めころ、星野氏は、JNNのデータバンクで住宅の満足度が上昇傾向にあることに気づいた。
住宅の着工件数は安定的だが世帯ベースで見たときの新規取得は安定的だし、住宅の取得意欲も特に衰えがあるわけではない。中古住宅も増えたとはいえ、満足度が上がる要素はそこにはない。
大手住宅メーカーのシェアは20%程度しかないことを考えると、地域の工務店やハウスビルダーに何か起きているのではないかと疑念を持った。
JNNデータバンクでできることはここまでである。そこからは、そのデータに基づき社内説得を進めてプロジェクトを立ち上げ、調査をすすめることになる。

その当時の背景を考えると、バブルの頃にはものの選択は「良い/悪い」から「好き/嫌い」へと転換を迎えていたことがある。住宅もその流れに乗って、機能性からデザインを重視するようになり、大手住宅メーカーのものは洒落たデザインの家が増えた。
しかし、そうしたデザインという地域の工務店に対する差別化要素が、バブルの終焉以降薄れてきたのではないか、と考えて定性、定量などいろいろ調査を進めていくと、予想通り地域の工務店のデザインレベルが大手のハウスメーカーと同等レベルに達していることがわかった。
住宅デザインや間取りに関しては、そっくりのものをつくってもかまわない。大手ハウスメーカーでデザインを担当していた人が転職や独立によって地場に流れ、そこで再び住宅デザインをするという流れができていた。
大手は地域の工務店に比べると価格が高いから、別の競争軸が必要になってきているという事実に直面した。

同時に、調査で興味深かったのは、二世帯住宅、太陽光発電など省エネ住宅などへの急激な関心の高まりである。
また、当時は地価の下落や就職氷河期、証券会社の倒産など、景気の悪化が表面化し、資産デフレにもつながっていたため、消費者は住宅取得のような大きな買い物をするにあたり、「自分が納得できる、合理的な理由」を求めていることもわかった。

それに伴い、住宅の選択基準はデザインなどによる「好きか嫌いか」から「何らかの課題解決ができるか否か」にシフトしてきていることが明らかになった。
機能性食品や機能性のファッションなど、現代につながっている何らかの機能を求める傾向は、この頃に端を発する。

その帰結として、星野氏が所属していた住宅メーカーでは施主が思いつかないような解決策を提案できるソリューションカンパニーへと舵を切ることとなった。
不安の高まる社会に対する安心を提供する、節約志向に対して効率が高まるようなものを提供する、ストック化していることに対して長持ちするものを提供する、先端技術がどんどん出てくる中で古びずに先取りしているものを提供する、といった方向性を決めた。

これをもとにした製品の企画開発をし、ツールの開発を行い、コミュニケーションを設計し、一番大変な現場の営業担当者への教育を行った。

図3.蔵のある家
図3.蔵のある家

具体的に開発した商品の例としては、「蔵のある家」がある。図3の矢印で示した中層の空間を「蔵」としたが、1m40cm以下なら容積率に含まれないため、収納スペースを増やして、容積率を確保することができる。リビングの広さと、収納スペースのトレードオフに悩んでいるといった場合に有効なソリューションとなった。

こうした小さな疑問から出発して、戦略やソリューションにつながることもたまにはある。そうした小さな疑問を持つ、そしてマーケターとしての感性を養うが大事で、網羅性のあるJNNデータバンクはそうしたことにもいい素材である、というのが星野氏の見解だ。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。