文:大下文輔
顧客中心主義によってロイヤルティ(loyalty)を高め、「良い売上」によってビジネスを伸ばそうと主唱するビービット主催のセミナーが2017年11月1日、都内で開催された。
同社代表取締役の遠藤直紀氏のオープニングトークに続き、『先進企業はいかにデジタル×顧客理解でビジネスを変革しているか』というタイトルのもと、コンサルタントを経てダイエーやam/pmの再建に取り組んだTSUNAGU・パートナーズ代表取締役の相澤利彦氏と遠藤氏が対談した。進行役は元NHKアナウンサーの松本和也氏が担当した。
「顧客理解競争」の時代へ
相澤氏は、25年間POSデータ(Point of Sales:販売時データ。量販店やコンビニなどのレジを通じて集約されるデータ)を使って仕事をしてきた、という。ずっとそれがマーケティングの基本データであった。
そのデータが最近とみに変化しており、POSデータでもid(個人の識別符号)と紐付いたID-POS(個人に紐付いたPOSデータ)、さらにマルチプルID-POSという同じお客さまが別々の店で買ったレシートのデータを統合して見られるようになったものなどに進化してきた。
さらにPOSではなく、例えば電子書籍でいまそのお客さまが何ページを読んでいるかといった、購買後のPOU(Point of Use:使用時データ)、あるいは購買前のPOI(Point of Interest:興味関心時データ)なども取れるようになり、いわゆるAIDMA(購買決定プロセス)の軌跡を辿れるようになってきている。
それらを統合することで、今は、顧客の理解競争の時代になってきている。すなわち、デジタル化がもたらすことは、idによるデータを集めることで、お客さまの個別理解をして、お客さまに個別対応をして、顧客満足度を上げることができるようになることだ。そのことが真の顧客指向である、というのが相澤氏の見解である。
逆に、そうした対応が不十分であると、顧客が不満を募らせるようになる。百貨店でよく買い物をするある男性が、「自分はカードで買い物しているから、プロフィールや履歴がわかっているはずなのに、なぜか女性下着のDMを送ってきたりする」と語っていたそうだ。相澤氏は、その例を引き合いに、お客さまはデジタルに馴染んでおり、レコメンデーションは当然のことだと思うような時代認識でいるべきだ、と示唆する。
メーカーの営業も、データに基づく提案を
データを使ってどのようなことが読み解けるか、コンビニエンスストアのビール系飲料と食品の併売率によって例示された。
図1にあるとおり、縦軸には健康志向でないことの代用指標としてフライドチキン(ジャンクフードの典型)との併買率を、横軸には健康志向の代用指標としてウコンの力(健康食品の例)との併買率をとり、各ビール系食品をプロットしたところ、ジャンク派と結びつきの強い(併買率の高い)商品としてクリアアサヒ(CMはこちら)が、健康志向派と結びつきの強い商品としてスタイルフリー(CMはこちら)が明らかになった。
人によって、併買傾向が変わるということがわかってくることは、販促が「マス」から「パーソナル」へとシフトしていくことの表れである。
遠藤氏は「かつては三河屋の御用聞きが各家庭のニーズを把握して商売をしていたように、画一的なマーケティングではなく、そして押し売りのような『悪い売上』でなく、各個人に寄り添った『良い売上』を目指さないと生き残れないということですね」とコメントし、相澤氏は「発想はその通りです。デジタルデータがそれを可能にしました」と答え、「メーカーの営業の人からも、この事例のように『この商品とこの商品を組み合わせてキャンペーンしましょう』といったデータに基づいた提案が期待されます」と続けた。
遠藤氏の「ところで、こうした軸を発見するのにどうしたらいいのか」という質問に対し、相澤氏は「奇策はないが、方法の1つは現場を見ることだ」とした。現場を見てからデータを見ればリアリティに基づいたストーリーが見えてくる、というのがディスカッションで導かれた結論だ。塊としてのビッグデータではなく、ひとりひとりのデータを時系列で見ていくことがリアリティにつながる。
経営者こそデータ解析を重視して経営を進めるべきである
現場は経営者の思いを実現しようと努力するだろうが、それがうまく行かないこともある。相澤氏が挙げたのは、あるアパレル系企業のネット解析の事例だ。
その会社のオンラインでのコンバージョンポイントは3つあり、1つはリアル店舗と同じチラシをウェブ上に置いて見せているもので、コンバージョン率は低い。2つ目はLINEを使った販促である。LINEの場合、流入は多いが、コンバージョン率は低い。そして、3つ目は、最近チェックしたものからのコンバージョンで、こちらは極めて高い。
現場の会議では、チラシやLINEからのコンバージョンをいかに上げるかに腐心していたが、これは、「リアル店舗の再現」という経営のテーマに沿って現場スタッフが実際に陥っていたことだった。
上記の事実から言えるのは、「チラシやLINEというマス(ばらまき型)に頼った販促は効果が低い、もっといえばマスマーケティングの終焉を意味しているのだ」ということであり、経営者こそがこうしたデータ分析を経営的視点で読み取って、判断や施策にもっと活用すべきである、というのが相澤氏の主張だ。
マーケティングのパーソナライゼーション
デジタル時代に、経営者が指し示すコンセプトとの例として、相澤氏は自ら推進したものを紹介した。
まだスマートフォンが普及していない時に、社長を務めていたam/pmで「インフォメーション・バリューチェーン」というものを構想し、推進した。それは顧客が来店前から情報を得て、お店に来て、商品を選び、支払をする、といった顧客の行動に沿ったものである。 そうした顧客接点ごとに情報発信の考え方と具体策を設定し、それぞれの情報が顧客に与える価値は何かを意味づけている。今で言うカスタマージャーニーのようなものである。
情報を核にした、お客さまとの関係性が、「疎から密へ」、「マスから個へ」、「一方通行から双方向性へ」、「単純情報から提案情報へ」と変化するという予測を背景とし、総体として従来と全く異なる小売業を実現しようとする試みであった。
インターネット普及後のマーケティングは大きく言って3つの世代に分かれる、と相澤氏は言う。第1世代はたくさんの人に同じ内容の情報をメールなどで送るもの、第2世代は、検索などによるマッチングを行うものである。しかし、これだけ多くの商品があり何が自分にフィットするのかがなかなかわかりづらくなっている中では、負担のかかる検索ではなく、個人の趣味嗜好に合わせた商品をキュレーションやAIなどによってリコメンドするべきで、これが第3世代だと相澤氏は位置づける。
そうしたマーケティングのパーソナライゼーションの先進事例として、相澤氏はヘアケア商品のパンテーンの事例を紹介した。
米国パンテーンでは、「個客」の髪質や居住地などのデータを把握し、その地区の気象情報(湿度と気圧)によって、その人が例えば癖毛の場合、朝起きたときに同社のモイスチャータイプかレギュラータイプかをスマートフォン上でレコメンデーションするやり方を取った。つまり個別に異なる湿度や気圧によってコンテンツを変えて、タイムリーに発信していくというものである。
それにより、同社は当該商品の売上の24%アップを達成した。パンテーンが大量の気象データを収集している会社と利用契約して実現した方法である。大変だが、個客から見れば、新しいCX(消費者体験)を得られるものだ。
それを受けた遠藤氏は、バリューチェーンやカスタマージャーニーを突き詰めて考えると、これからのお客さまとの関係は短期ではなく、長期にわたって築き上げていかなければならないとし、それによる変化をまとめてセッションを締めくくった。
イベント名:Digital Experience Summit 2017 「顧客体験から考えるデジタライゼーション」
セッション名:「先進企業はいかにデジタル×顧客理解でビジネスを変革しているか」
日時:2017年11月1日
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |