文:大下文輔

Advertising Week Aisa 2018のレポート前編では、「マーケティングを変えるGoogleの機械学習」についてまとめたが、後編では、小売店舗を対象としたデジタルマーケティングについてのプレゼンテーションを紹介したい。
まずは、Googleの信濃伸明氏(当時)から、何ができるかについての概要説明とビジネス上の課題提示がされ、それを受けて、Google林氏によるイオングループによる実践の説明がされた。

元Google 広告営業本部 リテール業界 統括部長 信濃伸明氏
元Google 広告営業本部 リテール業界 統括部長 信濃伸明氏

まずは、信濃氏によるGoogleのO2Oソリューションの解説から。

ビジネスの94%はEC化されていない

消費者の情報探索やカスタマージャーニーは、モバイルデバイスの利用とともに大きく変化した。すなわち、「欲しいときに、すぐ探す」ようになったことである。
Google調べでは検索全体の69%がモバイル経由によるものであり、その影響力の大きさが伺える。カテゴリー別で見ても、化粧品の84%やアパレルの78%などが目立つところではあるが、単価が高く、カスタマージャーニーの長い家具においてすら71%がモバイルによる検索である。

けれども、消費者は検索したものを何でもインターネットで購入しているか、というとそういうわけではない。
2017年の経産省データによるEC化率は、全体のわずか5.8%に過ぎないのである。EC化率が最も高い家電でも30%、書籍で26%と、実際には小売店舗で買われている割合が圧倒的に大きい。したがって、小売店舗で、新しい消費者の行動にどう対応していくかは、大きな課題である。

O2Oソリューションとしての来店コンバージョン

GoogleのO2Oソリューションとして、来店コンバージョンという機能がある。それは事前に同意を得た人の位置情報を検知して、広告をクリックした人がどの程度来店したかを計測するものである。
匿名データとして集約したデータを、Adwordsの管理画面で見ることができる。オンライン広告とECのコンバージョンと同じように扱えるため、使い勝手の良いものだと言える。
機能の採用は初期には小売業者が多かったが、最近ではクルマや外食などへと業種が拡大し、また大手から中堅企業へと裾野が拡がってきている。
この機能は2016年から日本でも提供が始まったが、検索広告、ディスプレイ広告に対応しており、最近のアップデートとして、YouTubeの視聴完了者の来店コンバージョンも測定できるようになったことで、Googleの持つ3つの広告プラットフォームで、共通の効果指標として利用することが可能になった。

ビジネスオペレーションの課題

「店舗」を基点としたデジタルマーケティングを実施する上での小売店とメーカーのそれぞれの視点は次のようなものになるだろう。

小売店は、既存の販促にどうデジタルを入れ込んで「リーチ」を拡大し、ニーズが発生する「タイミング」を捉え、インパクトを最大化できるかに取り組むかを考える。
そして、メーカーは、大量広告を支えとした棚の獲得から、「来店や店舗での購買」をゴールとし、小売店舗との「新しい協業体制」をいかに作り上げるかが必要となる。

「リーチの拡大」は、例えば新聞広告のチラシだけでなく電子チラシをモバイルなどのデジタルディスプレイに配信することで可能になるし、またそれも従来の金曜日や、特定のセール日に特化したキャンペーンベースのものから、デジタルによって「定常的に何かが発信されている(オールデイゾーン)」状況によって消費者のさまざまな購買パターンに対応することができるようになる。

また、今欲しい、に応える「タイミング」について、ユーザーの位置情報を検知してそのときに、近くの店舗に在庫があるときにのみ、ユーザーが検索した商品広告を出すといった対応が考えられる。

そして、既存の枠組みを超えた協業のあり方では、薬のメーカーと薬局の事例が挙げられた。
メーカーでは、ブランドと小売店のタイアップ版オンライン動画広告の制作と露出に支出を行い、それを受けた小売店舗では、その商品の棚と陳列を確保するとともに店頭でのブランド訴求を行いつつ、来店効果を把握してメーカーとのデータ共有を行った。
メーカーとしては、当該商品の売上が上がればそれで良いわけだが、小売店から見ればその1ブランドだけでなく、カテゴリー(風邪薬なら風邪薬の全ブランド)での売上向上が望ましい。このケースでは動画広告の来店コンバージョンを把握できただけでなく、小売店における当該商品とカテゴリー全体の売上向上においても効果があったとのことである。

前半の締めくくりとして、デジタルマーケティングの企業オペレーションのあり方における課題が指摘された。

要約すると、テクノロジーの進展により、消費者の情報探索行動や購買行動が変化してきたのに対し、企業のビジネスオペレーションがマスメディア、マスマーケティングに最適化されたままだと、デジタルマーケティングの効果が発揮しにくい。組織をデジタルマーケティングに合わせて再構築していく必要がある、というものだ。

本気でデジタルマーケティングへと舵を切ったイオン

小売店舗を基点としたデジタルマーケティングの実践例として、イオングループの取り組みが、Googleの林氏より解説された。

Google広告営業本部 リテール業界 インダストリーマネージャー 林大貴氏
Google広告営業本部 リテール業界 インダストリーマネージャー 林大貴氏

イオングループでは、急激にデジタルシフトを進めており、中期経営計画では向こう3年間で、従来の2.5倍に相当する5,000億円の投資を行う。同時に、従来の発想にとらわれず、ゼロベースで取り組む旨の発表がなされている。

イオンの広告への取り組みは、「リーチ」「タイミング」「クリエイティブ」の3つの角度から再考されている。

まず、リーチであるが、「最近1ヶ月でイオンお買い得情報や商品情報をチラシで見たことがありますか」との問いにより調べたところ、24%に留まっていることがわかった。そのリーチを拡げるために、最大到達人数が2,900万人であるチラシの新聞折り込みに加え、9,000万人への潜在的リーチがあるモバイルに対してデジタルチラシを加えるようにした。

消費者の購買パターンの多様さに対して、金曜日に固定される紙のチラシだけでは対応困難な状況だったが、デジタルチラシの配布パターンを多様化することで解決が図れる。

突発的な需要に考慮した「台風コロッケ」

タイミングを考慮したイオンの事例として興味深いのが「台風コロッケ」だ。
「ネットで台風に備えてコロッケを買い込んだ」という書き込みに端を発してネットで盛り上がり、その後「台風時期になるとなぜかコロッケの需要が増える」らしいといういわば都市伝説があった。そのことを各地域でヒアリングをすると、確かにそういう事象が起こっていることが確認された。
そこで、台風が来るとわかっている地域に、「台風接近中」を伝えるメッセージと共に「台風コロッケ98円」といったディスプレイ広告を打ち、仕入れや売り場と連動させることで台風時期にコロッケの売上増を図るという実ビジネスの成果につなげていったそうである。
こうしたことは、花見や月見など、季節のイベントなどに応用可能であることは、想像に難くない。

3つ目のクリエイティブについて。イオンの商品は約50万点ある。
紙のチラシ広告では、エリア特性も加味して6テンプレートが用意されている。
デジタルでの広告では、50万点の商品を地域だけでなく、消費者の性別や年齢その他の個人の属性に応じて、タイミングも合わせて、内容のバリエーションを増やしていく計画でいる。究極は個人別、すなわち広告のパーソナライゼーションである。

リーチ、タイミング、クリエイティブの3点を考慮し、イオンでは「火曜市」に合わせてトライアル配信を行い、リーチや来店者数の増加(言い換えれば到達や来店単価の低減)に効果があることを確認している。

デジタルシフトのための新しいオペレーションの提案

デジタル広告を実施したいという要望は、各エリアからも増えてきた。
しかし、イオンはグループ内に400もの事業会社を抱えており、各地域にエリア統括の会社がある。そしてそれらは従来型のチラシを中心とした最適化がなされている。
すなわち、広告を作るとすれば、目玉商品を選定し、それに応じたブリーフを各エリアで作成して広告代理店に依頼する。広告代理店からの提案を受け手からフィードバックを返して合意が形成されたら、それに基づいて制作、配信、そしてレポートを受け取るという過程を踏む。レポートを受けて次の広告をどうするかについて策を練る、というサイクルを回していた。

デジタル広告を配信したいが、それに対するナレッジ、スキルが各地域の担当者にはまだ浸透していない、という事情を受け、Googleは次のような改善案を出した。

まず、エリア担当が必要な事項をヒアリングシートに記入する。続いて、それをいったん本部に集約し、本部が販促プランを立てて、広告代理店と交渉し、運用責任を負う。レポートも本部で受け取ってエリアとシェアするというものだ。

本部での一元化により、オペレーションコストの削減と、ナレッジの蓄積という2点において全社的な効果が見えてきた。

以上のような対応により、イオンでは店舗を基点とした、組織的なデジタルシフトを実現している。

 

イベント名:Advertising Week Asia 2018
講演名:『実店舗』基点のデジタルマーケティング:今できること、これから大切なこと
日時:2018年5月15日

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。