文:大下文輔
マーカスエバンズ主催のCMO Japan Summit 2018について、前回の日産自動車に続き、LIXILが現在進行中で推進している同社のマーケティング改革についてレポートする。プレゼンターは同社マーケティング本部 マーケティングストラテジー統括部 統括部長兼デジタル推進部 部長の二瓶拓穂氏だ。
LIXILを取りまく変化
LIXILは2011年にINAXやトステムなど、国内の主要な建材・設備メーカーが統合して発足した企業。主な製品はトイレ、お風呂、キッチンや窓、ドア、エクステリアなどの住宅建材・設備であり、新築・リフォームを主軸にしたBtoBtoCビジネスである。
住宅建材・設備は、耐久消費財の中でも、マーケティングの難しいものだ。購入頻度が一生にせいぜい数回と極めて低く、消費者の関与度も低めだからだ。典型的な購入パターンは、住宅購入時に住宅の設計会社、施工会社のおすすめをそのまま受け入れるというものだ。不具合や故障に見舞われる、あるいは住宅をリノベーションするというチャンスがなければ、なかなか買い換えは起こらない。
新築戸建住宅の着工件数は減少傾向にあり、リノベーション市場も基本的には横ばいで、市場環境は良好とはいえない。
そのような中、スマートフォンの普及などのデジタル化により、キーワード検索、動画利用の増加など、消費者行動の変化が急激に起こっている。リフォーム関連検索の量は、年々増加しているが、それはユーザーが、リフォームの「発注者」としての主体性を高め、製品に対する関心、選択、購買への関与が上がっていることを示唆している。
LIXILは長年日本市場で生き残ってきた大手企業の抱える問題を、そのまま踏襲しており、大企業ならではの意思決定の遅さやデジタルへの対応の遅れがあった。
しかし、起業経験の豊富なCEO、デジタルやデザイン担当幹部の着任など、新たな経営陣による会社のかじ取りが始まったことで、世の中の変化が突きつけるビジネス変革やコミュニケーション変革への大胆な取り組みができる機運が生まれた。また、ユーザーとのコミュニケーションについては、増えてきたユーザー接点の活用にビジネスの活路を見いだせるチャンスと捉えることもできる。
本格的C向けマーケティングをデジタルで
二瓶氏は、会社のマーケティングを進める方向として、カスタマーセントリック、データドリブン、アジャイルの3点を挙げた。
二瓶氏が他社からLIXILに転じた当時、社内では「お客さん」といえば直接の売り先である流通企業を指していた。「カスタマーセントリック」は、最終的なユーザーが建材・設備の発注者として主導権を握る方向へと向かう以上、ユーザーをカスタマーとしてマーケティングコミュニケーションの対象とすべきである、という考え方を表している。
マーケティングの意思決定では、しばしば声の大きい人の意見が支配するということが起こる。天才でもない限り、感性や直感に頼ったり、他人任せの判断を承認したりするだけでは立ちゆかなくなる。「データドリブン」はデジタルによって取得できるようになった各種のデータによって、ビジネスの判断と効率追求を果たすという考えに基づく。
大規模な会社、しかも合併によるいわば寄り合い所帯では、ビジネスの判断と実行が遅くなりがちだ。そこから脱却するため、ビジネスにはスピード感が必要になる。「アジャイル(俊敏であること)」は、社内にスピード重視の意識をもたらすためのキーワードである。
デジタルマーケティングのWhat、How、Who
カスタマーセントリック、データドリブン、アジャイルの3点セットは、本格的なカスタマー(エンドユーザー)向けマーケティングの考え方だが、実際に何を(What)を行い、それをどのような組織体制(Who)で、いかに(How)推進していくか。
まず、何をしたいか、すべきかについては、「データドリブン」の考えにのっとり、取得できるデジタルデータやツールを使って行えることであり、その種類と範囲は多岐にわたる。(図1)
図の中央は、ユーザーの認知、行動のプロセスを、左のブロックは個別の手法や実施項目を、そして右のブロックは個別の手法を使って得たものを統合することにより実現する内容を示している。
広告効果測定に見る、Whatの実践例
二瓶氏がLIXILで行った実践例として、個人視聴データに基づくTVCMの効果測定、メディアミックス最適化のための実験、アトリビューション、機械学習モデルなどが示された。
TVCMで最もよく利用されているのが、ビデオリサーチ社による、1分単位の世帯視聴率データである。世帯視聴率は、TVのチャンネルが映し出されているかどうかを基に算出されているのだが、視聴者が「トイレタイム」で離席していたとしても視聴していたものとしてカウントされる。LIXILでは、TVの前に人がいない、TVの前にいたとしても画面を注視していない、そして画面を注視しているなどの状態に分けてデータを提供するサービス(TVISION INSIGHTS株式会社の「視聴質」データ)を利用し、ビデオリサーチの世帯視聴率データと比較して、実態に即した視聴率(および視聴質)の把握に努めている。
また、広告のメディアミックスの効果測定にも取り組んでいる。これは、比較的大規模な実験だ。広告を発信する媒体がテレビ、ラジオ、新聞、OOHの4種類あるとき、県単位でその組み合わせを変え、消費者の反応の差を調べる、というやり方である。組み合わせは、TVのみ、TV+ラジオ、TV+新聞、TV+新聞+OOHの4種類にする。例えば「TV+ラジオ」と「TVのみ」を比較するとラジオによる効果の積み増しがわかる。理想はTVの広告を行わない地域も調べることだが(それによってTVの効果がわかる)、さすがにそれは非現実的だと営業部門などの反対が強く寄せられたため、時期をずらすなどの便法を使っている。
マス広告、とりわけTV広告の出稿費用は高額なため、以上のようなデータや実験で効果を見極めることで、数億円レベルの費用の削減(や配分の見直し)につながる。
また、LIXILでは、オンラインメディアの広告効果については、アトリビューションが極めて重要である。なぜなら、日用品のような衝動買いが少なく、ユーザーの情報取得経路、パターンの多様な建材では、ラストクリックの寄与は相対的に小さいからだ。そこで、最近リリースされた「Googleアトリビューション」のβ版を利用も開始し、アトリビューションの把握に取り組んでいる。それ以前にも、GoogleのDDA(データドリブンアトリビューション)の活用により効果測定を行って見直したことで、CPA、CVとも改善につながった。
こうしたマーケティングの効果測定の最終的なゴールは、マーケティングROIを正しく把握することだ。そのためには単体の測定データではなく、各種のデータを統合する必要がある。また、データ統合によって、それまで見えなかったものが見えてくる。それはウェブのデータだけでなく、コールセンターで集めたユーザーの声なども含まれる。質と量、オンラインとオフラインなどのデータを各種ツールとともにGoogle Cloudを利用して統合を進めている。
組織の変革と仕事の進め方(WhoとHow)
デジタルマーケティングを進めるにあたり、社員に求められているのは、仕事の進め方の改革で、スピード重視、目的の再定義、あるいは代理店任せから自分たちでもやってみることなどの推進だ。とりわけ重要なのは、挑戦することである。すなわち、失敗を許容して、失敗から学んだことを次に活かすことを是とし、逆に挑戦しないことを排除することだ。
個人の行動指針に加え、組織変革がWhoとHowの重要なパートになる。
デジタルマーケティングについては専門の部署(二瓶氏が部長を務めるデジタル推進部)を設け、そこでプロパーの若手を育てながら、データサイエンティストなどの外部専門家を積極的に雇用している。
旧宣伝部は、マーケティングコミュニケーション部と名称を改め、30代のグループリーダーを部長に抜擢し、外部からも人材を数名加えると同時に、業界知識や経験豊富なベテラン社員のシナジーで活性化させている。
このデジタル推進部とマーケティングコミュニケーション部を合わせたものがマーケティングストラテジー統括部であり、二瓶氏はその統括部長でもある。
LIXILの進むべき「その先」のビジョン
こうした本格的C向けのデジタルマーケティングに対する取り組みは、現段階では、リフォームを検討しているユーザーをメインのターゲットにしている。
検討しているユーザーとは、程度の差こそあれ、リフォームを検討しているという意識や行動の痕跡が何らかの形で残っている人たちで、少なくとも何らかの課題や問題を自覚しているということが前提となる。
建材・設備というのは、それが使えているという状況においては、新しいものに置き換えようという動機に乏しい。けれども、キッチン周りの製品にしても、トイレにしても、10年前のものと現状のものを比べると、必ず今の製品の方が良いと感じられるはずだ。その新しい製品の優位性がもたらす価値を潜在ユーザーに届けることで、リフォーム市場の需要創造と拡大を果たしたい、というのが二瓶氏の考えるLIXILの「その先」である。
イベント名:CMO Japan Summit 2018
主催:マーカスエバンズ
日時:2018年6月12日
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |