文:大下文輔
”From Novelty to Necessity”という機械学習についてのホワイトペーパーがある。直接的な意味は「物珍しいものから不可欠なものへ」だ。
このホワイトペーパーは英語のほか、日本語でも読める。興味深い内容なので、インタビューさせていただいた。話を伺ったのは、ホワイトペーパーの発行元であるiProspect Japan(アイプロスペクト・ジャパン)のネイト・シュリラ氏と的場啓年氏である。
機械学習導入の狙い
最初に、チーフ・クライアント・オフィサーである的場さんに、iProspectについてどんな会社かを伺った。
「1996年にできた会社ですが、もともとはサーチエンジン・マーケティング、つまりSEOやSEMに特化した会社でした。その分野でも傑出した業績を上げておりForrester Researchの2017年第4四半期のリーディングカンパニーに選ばれています。
2004年にイージス・メディアのグループ傘下に入り、その後2013年にイージス・メディアを電通が買収したので、現在は電通イージス・ネットワークのブランドの一つになっています。
また、扱う領域を、サーチエンジン・マーケティングから、「ビジネスパフォーマンスを加速する(Driving Business Performance)」というタグラインのもとにビジネス全体に拡大し、コンサルテーションからアクティベーションまでを一気通貫でやる会社として、世界的にビジネス展開をしています。広告代理店としても機能しており、Googleの広告の取り扱いは世界一です」。
そのiProspectにおいてテクニカル・イノベーションに関わり、今回のホワイトペーパーの執筆にも携わったシュリラさんは、発行の経緯について次のように語る。
「昨年、私たちのクライアント250社に対して、デジタル分野でどのような課題を抱えているか、それからどんなテクノロジーを使ってパフォーマンスを上げたいか調査しました。
すると、機械学習に期待したり使ったりしたいという答えが多かった一方で、膨大な量のデータをどう扱ったらいいのかという課題があるという企業も多いという結果になりました。
そこで、このようなホワイトペーパーを出したり、機械学習のツールを作ったり、クライアント企業にも使ってもらえるような独自データレイクを作ったりし、さらにパートナー企業と提携にも力を入れています」。
的場さんは、機械学習の狙いについて、
「クライアントの皆さんから、これだけいろいろなツールや手法が出てきているのにちっとも仕事が楽にならない、とよく言われます。機械学習は、機械にできることは機械に任せ、マーケターは人間にできることに集中することで業務効率を上げる、いわば働き方改革につながる役割を帯びていると考えます」と言う。
なお、iProspectでは、機械学習とAI(人工知能)を区別しており、機械学習はAIに含まれるとしている。
機械学習の定義は、データの傾向を自律的に見出すとともに、次第に正確かつ効率的な結果が出せるようアルゴリズムによってプログラムを鍛えて行くカスタマイズされたコンピュータ処理のこと。
ちなみにAIは、人の助けを借りることなく、これまでにないスピードと正確さで情報を分類したり解析したりするインテリジェントでパワフルなプログラムのことである。
シュリラさんによれば、AIは、ディープラーニングやニューラルネットワークのような高度のものもあるし、比較的単純なチャットボットなどもあるが、現時点でマーケティングへの応用を考えると、機械学習によるデータの傾向・予測などに焦点を当てるのが望ましいと考えている。
機械学習でできること
ホワイトペーパーには、機械学習を取り入れた先進事例として、Eurostar(ヨーロッパの鉄道会社)で、列車の空席の予約販売処理を最適化したことや、Ocado(イギリスのスーパーマーケット)での、ネット注文による自動配達の苦情処理をより迅速・的確にできるようになったこと、あるいはDan Murphy(オーストラリアの飲料・食料など小売販売業者)のFacebookキャンペーンの最適化を人と機械学習を競わせる形で行って機械学習の効率が人間よりも良かったことを示すといったものが紹介されている。
日本においては、シュリラさんたちの見方として、機械学習に興味を示す企業は増えてはいるが、今現在「不可欠なものになった」という段階にはまだまだ達しておらず、これから導入の機運が高まるだろうとの予測である。
遅れの背景には、文化的な影響として、稟議システムの場合、導入効果の提示を先に求められて提案しにくい、年度単位の予算システムによって、期中での導入決定がやりにくい(海外企業の場合は、予算の執行権を持つ人が「これは必要」と見なした場合には思い切って導入することも多い)ということや新しいシステムに対する導入意欲の差などかあると感じている。
そのような中、少数ではあるが、機械学習にチャレンジしている企業もある。
的場さんが関わり、期待を寄せている例として、ジャストシステムが開発しているリスティング広告のタイトルと説明文の自動生成システムがある。
日本語の場合、そのアルゴリズムを作るのはかなり難しい作業でまだ発展途上のものであるが、ジャストシステムの持つ日本語解析ノウハウをもとに、より検索上位の結果が得られるシステムになるようチューンアップを続けているとのこと。機械学習が軌道に乗れば、人間に比べて「予測」の精度がどんどん高まるゆえ、自動化の恩恵が大きい。
シュリラさんが話してくれた、ある嗜好品の企業では、コミュニケーション活動として、LINEのチャットボットや、ユーザーコミュニティなどさまざまなことを行っているほか、ECサイトなどでのCRMデータなども持っていた。
その企業のGoogleの分析を担当することになり、当初は部署・データのサイロ化によってバラバラになっていたデータをユニークユーザーid単位で統合したことで、さまざまな分析が可能になった。そして、社内でデータ分析の効果が認められた今、その企業には専門のデータ分析チームが生まれている。
まずは使えるデータから
機械学習に限らず、情報処理のプロセスとしてデータ処理の前に必ずしておく必要があるのは、異常値の除去や名寄せなどによるデータの重複回避、欠損データの処理などによるデータの整備(データクレンジング)である。
シュリラさんたちも、クレンジングにかかる手間を「その後の効率をトータルで考えれば、仕方のないこと」と認めた上で、「iProspect Japanでは、自社のデータレイクを構築し、例えばFacebookのキャンペーンデータのような、ある程度クライアント間で共通利用ができるデータをプラグインしてデータクレンジングを行い、提供しています」と言う。
そして、何よりも各企業が保有している貴重なCRMデータのような一時データを整備することが肝心で、ユニークidにさまざまなデータを紐付けてゆけば、精緻なセグメンテーションによるビディングの自動化などを実現できる、とする。
「iProspectでは、開示している自社データレイクの広告関連データなどの参照そのものは無料とし、クライアント企業の広告取引の精緻化・自動化を支援していくつもりです」とシュリラさん。
的場さんは、ネット広告のエージェンシーワークとして、エクセルでの作業が多いことから、自社のデータレイク構築時のベンチマークとして、どの程度エクセルでの作業量があるかを測定したという。
それが機械学習導入によってどれだけ効率化できるか、というエビデンスがあれば社内提案を進めやすいという狙いがあるそうだ。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |