文:大下文輔
2018年9月4、5日の2日間、都内のホテルでAdobe Symposium 2018が開催された。
昨年も報告したように、Adobeはクリエイティブのためのツールを出発点としているものの、クリエイティブの領域にとどまらず、企業のデジタル変革を支援する会社になっている。
本年は進化したAdobe Sensei(AI)によるデモなど、刺激的なプレゼンテーションが目立った。そのような中、比較的地味ながら、デジタルマーケティングの実践上役に立つ2つのセッションを紹介したい。
まずはアドビ システムズの山田智久氏による『測ってますか?自分たちのデジタルマーケティング成熟度』と題されたセッションである。
山田氏はよく、デジタルマーケティングの担当者から、「このままデジタルマーケティングをやり続ける意味があるのか」、「そもそも自分たちはちゃんと頑張れているのか」といった声を聞くそうだ。
そうした問いに答えるためは、社内共通の独自評価指標を持つべきであると考えている。それをどのように推進していくか、その考え方を提示したのが本セッションである。
限られた時間の中での説明ということもあり、ある程度抽象化されていて、話を聞いただけですぐに始められるような簡単なものではない。
重要なポイントは、「デジタル成熟度を測ることができる」ということを知ることだ。社内のデジタルマーケティングの立ち位置を認識し、成熟度を正しく測定して、それを時系列で見てゆくことで、デジタルマーケティングのステージを上げていくことができる。
以下、山田氏を話者として、ダイジェストを試みよう。
ものさしを作ろう
今日は、「マーケティングのものさしを作る」ことをテーマとして、マーケティングの自己評価をどうしたらよいのか、についての考え方を共有したい。
話をしたい対象者は2種類の人たち。
まずブランドオーナーや、何らかのブランド管理に携わっている人。そのような人にとって関心のあることはROIだとよく聞かされるが、ではデジタルマーケティングの質をどう捉えるのだろうか?
もう1つの対象者は、マーケティング実務担当の人。彼らにとってデジタルマーケティングの質を高めるための検討材料をどう集め、どのように扱い、成長のロードマップをどう描いていけばいいのか、という点から話したい。
要点は以下の3つだ。
1)評価の出発点となる、「切り口」と「尺度」という用語の共通認識を持つこと
2)成熟度を評価するにあたり、さまざまな切り口の中から、必要なものに絞り込むこと
3)尺度は自社のビジネスに影響するものから決めていくこと
切り口と指標
最初にデジタルマーケティングというコトバがカバーする範囲を決めておきたい。
デジタルマーケティングは、人によって定義が異なる。ある人にとっては、マーケティングのデジタル化のことであり、またある人にとっては、プロモーションチャネルの話であり、別の担当者にとっては、オンライン広告のチャネルの1つだということもある。
本日お話しする、デジタルマーケティングというコトバの範囲は、
1)経営資源として
2)マーケティング戦略として
3)オンラインチャネルの施策
という3つの観点をカバーするものだと決めておきたい。
切り口とは分析をしている人が使う「ディメンション」のこと。尺度とは同じく「指標」に置き換えられるものと考えてよい。マーケティングを評価する際に、何の切り口で、どんな指標によって行うのかが混同されてしまうと、議論がかみ合わなくなってしまう。
切り口は、分類粒度の定義や、セグメントの定義に関係する。尺度は、「単位を揃える」、あるいは「度数を揃える」ということに関わる。
ちなみに、切り口と尺度の2つが合わさることで、具体的なKPIにつながると私は思っている。
さて、切り口の見つけ方に話を進めたい。
切り口は組織寄りのものと施策寄りのものの2つに大別される。
自分たちの成長を図る組織寄りのものとしては、「L3PS」という評価の要素がある。L3PSはLeadership、Product/Technology、People、Process、Strategyの略称である。
そして、顧客の獲得手法の質に関わる施策寄りのものとして、「施策の分類」がある。すなわち、施策はData Management、Business Strategy、Optimization、Platform、Creativeに大きく分類される。
L3PSを使って切り口を見つけようとする際には、それぞれを細分化して考えるとよい。
例えば、Peopleで見るとき、デジタルマーケティングを実施するための人の配置(リソース配分)は適切になされているか、専門知識を持った人は十分いるか、推進体制は整っているか、ナレッジを共有できるコミュニティができているか、などに細分化して考えていく。
あるいはProductで見るとき、その製品は課題解決をしてくれるのか、プロダクト同士の統合化はどうなのか、また業務の高度化がそれによって進むのか、あるいは自動化を進めてくれるのか、というような観点で見る。
同様に、施策寄りの切り口を見出す際には、図2で示したような細分化で見ていくことができる。
指標作りのプロセス
切り口が決まったとして、それらを指標に落とし込んで評価をすることになるが、そのためのプロセスは3つの過程を踏む。
それは、
1)さまざまなビジネス指標の相互作用を可視化すること
2)各指標の影響モデルをコトバで定義すること
3)スコアシートに指標を落とし込むこと
である。
そのステップを踏む理由は、まず、ビジネス指標の相互作用の可視化することで、評価した結果が「だから何なの(So What?)」にならないようにすることだ。つまり、ある指標のアセスメントをした結果、何をしていいかわからないということではなく、その指標のスコアを上げることがどんなことにつながってゆくのかを明らかにすることが求められる。
例えば、残業を減らして稼働時間を減らすことは、直接的には時間の効率化だが、それは原価の削減にもつながるし、仕事の質の向上にも影響するし、人事評価の最適化、モチベーションの向上といったことにもつながる。
また、各尺度(指標)の影響モデルの言語化するのは、「どうしてそうなの(Why So?)」とならないようにするためだ。
例えば、業務の質の向上という切り口に対して、「時間を短縮できているか(効率性)や、「マニュアル化されていて、属人的になっていないか」(汎用性)、「トラブルが発生しない仕組みか(正確性)」などのように言語化しておく。
この2つのプロセスで社内の合意形成をして、初めて最終的なスコアシート作りに着手することが可能になる。
スコアシートへの落とし込み
それぞれの尺度が決まったら、そのレベルを決め、順にスコアシートへの落とし込みに入る。
例えば、そのレベルが未着手、初歩的段階、安定的段階、最適化されている、部門横断化を実現している、というようにLevelを1から5までに設定して一つ一つの尺度ごとにスコア化し、切り口によってそれを俯瞰(ふかん)できるようにする。
もともとビジネスに影響の大きいもの、必要なものに絞り込まれているので、デジタルマーケティングの成熟度を切り口と尺度の組み合わせによって、「戦略・企画」、「チャネル選定と最適化」「顧客セグメントとクリエイティブ」「データマネジメント」といった観点から、現在の状況や、過去に比肩して進展度合いがどうなっており、今後どのような点を強化するかなどについて検討することが可能になる。
そうした切り口と尺度を選定し、評価をするために必要なスキルセットは、その企業のビジネスについてよく理解していること、テクノロジーのエキスパートであることに加え、マーケティング経験のレベルが高く、プロセスマネジメントができることである。
その企業のデジタルマーケティングの進展度合いを見るための、切り口と尺度の組み合わせを構成していくことは、容易ではない。
そのために、アドビはソリューションを用意している。
それには、決められた項目で手早く診断するパッケージ型の診断、業務支援を主軸にし、オンサイトから見える実態に即して診断をするオンサイト型の業務支援並行診断、切り口と尺度を要件定義を通じて診断するプロジェクト型の診断と、大別して3つのタイプの診断を各企業に対して提供できる体制をとっている。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |