文:大下文輔
Adobe Symposium 2018レポートの前編に続き、アスクルの梶井健吉氏によるLOHACO(ロハコ)での実践に基づくKPI設定ノウハウについてのセッション『デジタル時代のKPIマネジメント』について報告したい。
重要顧客の満足度と結びつかないCVR
ロハコは、オフィス向けのBtoBを中心とした通販事業を展開するアスクルと、Yahoo!ジャパンが共同で、「暮らしを軽くする」という理念のもとに2012年に創業したBtoC向けの日用品を中心としたECサービスだ。
扱う商品は家電、化粧品、ファッションなど多岐にわたる。顧客は都市部の30~40代の女性、とりわけ仕事をし、子供を抱えている人がメイン。忙しいママの、重くてかさばる買い物の負担を減らし、最短当日で届けることがロハコの利用価値だと言える。
創業以来、売上(流通総額)は順調に拡大している。昨年、物流倉庫が大きな火災を出したことで一時期売上が減少したが、それも回復し、再び成長の軌道に乗った。
順調な中にも、問題がないわけではない。1つは宅配クライシスと呼ばれる、配送の危機的状況だ。ECを利用する人が増え、ニーズは高まるが、配送に従事する人が増えないことによって差し迫った状況になっている。こうした社会インフラの問題がまずある。
もう1点がKPIに関わる問題である。ECは売上を向上させることが使命となっているが、そこで注目されるのがコンバージョンレート(CVR)と呼ばれる指標で、訪問回数に対する購買点数の比をとったものだ。しかし、ロハコにおいて、このCVRをKPIとすることが、重要顧客の満足度と結びついていないという点で問題があると考えている。
ロハコでは、重要顧客を「なんでもロハコさん」と呼んでいる。「なんでもロハコさん」の特徴は、日用品はなんでもロハコで買い、ロハコの世界観に共感し買い物を楽しむとともに、他のクラスタよりもNPSが高い(満足度が高く、他人への推奨可能性が高い)ことだ。
CVRの高い人と「なんでもロハコさん」の一致度が高ければ、問題はない。ところが、CVRの高い人の中に占めるロハコさんのシェアをプロットすると、むしろ負の相関を示す(CVRが上がれば、ロハコさんの占める割合は下がる)結果となる。
それが意味することは、CVRが上がったとしても、満足度の高い人が増えるわけではないことだ。売上を健全に伸ばすために、CVRを最重要KPIにすることには無理があることが見えてきた。
CVRに変わるKPIを探す
満足度の高さとCVRがなぜ結びつかないかを考えるヒントは、「なんでもロハコさん」の購買行動にある。
ロハコには、日用品をまとめ買いするとお得になる仕掛けが数多くある。ロハコが生活に浸透している「なんでもロハコさん」は、そのメリットを活かして、日用品をまとめ買いし、購入頻度を下げつつ荷物の受け取り負担を軽減する。つまり1回あたりの注文単価が指標として重要になってくるのである。
以上のことから、ロハコでは、「CVRが上がれば売上が上がる」というシンプルな考え方から脱却し、より良い買い物の体験価値を提供し顧客満足を上げていくという施策に対応するKPIを新たに設計する必要があった。
具体的には次のような形で実践した。
まず、なんでもロハコさんのような定着している顧客と、ロハコを使い始めて日の浅い人(ビギナー)で満足度につながる指標は違う。そこで、売上をビギナー顧客売上と、定着顧客売上に分解し、それぞれにKPIを設定した。
「ビギナー顧客売上」のKPIは顧客数とリテンション率である。新しい顧客を増やし、その人が良い買い物体験によって定着の度合い(リテンション率)を高めることを目標とする。そして、定着顧客売上のKPIは注文単価とした。
KPI変更に伴ってABテストのルールを変える
KPIの設定が及ぼすアクションの変化について、ABテストのルール変更について見てみたい。例えば、スマートフォンサイトのトップページのリニューアルに際し、評価基準として、これまではRPV(Revenue Per Visitor:1人あたり売上単価)を使っていた。つまり、ページリニューアルするときに、RPVが上がればリリースをしていた。ところで、「RPV=CVR×注文単価」として表現される、言い換えればRPVはコンバージョンレートに注文単価を掛けて算出される。
CVRと注文単価、いずれのスコアが上がっても、RPVは数値を上げる。しかし、先に見たように、スマートフォンのサイトでは注文単価をKPIにすることとした。だから、CVRの数値が上がることだけでRPV上がったものは、以前ならリリースされていたが、KPIの見直し以降、RPVの上昇に注文単価が寄与していないものは、リリースを見送ることになる。
実際のスマートフォンサイトのリニューアルでは、ABテストを実施し、他の指標も含めて数値の変化を見ながら試行錯誤を行い、CVRはほぼ横ばいだが、注文単価が上昇したことでRPVが上昇したものを採用した。
サービス品質におけるKPIを考える
ところで、注文単価を上げるドライバーとして、顧客満足を上げることについても手を打っていくことが必要だ。顧客満足は、単に「お得」「価格が安い」だけで得られるものではない。
ロハコでは、顧客満足を構成するファクターとして、品揃え、価格、お届け品質、サイトの利用しやすさ、楽しさの6つを想定している。これらのファクターにつながる下位の項目を設定し、それらに紐付いた施策を実施して顧客満足の向上を目指している。
例えば「利用のしやすさ」につながる下位の項目として「検索品質」を設定しKPI化している。ロハコでは品揃えの点から、取り扱い点数を増やしている。そうすると、たくさんの中から顧客が欲しい商品を、検索によっていかに的確に提示できるかが「利用のしやすさ」につながるはずだ。そこで、2つの検索エンジン評価によって、検索品質を比較した。
まず、訪問者何人に対して、何人が注文したかという指標(検索CVR)で見ると検索エンジン間には有意な差が見られなかった。だから、この2つの検索エンジンには優劣の差はない、と従来では判断していた。
今度は、同じ検索エンジンを使って、検索回数のうち、何回「かご追加」につながったかという「かご追加率」で比較した結果、有意差が認められた。つまり、検索回数に応じたかご追加(かご追加率)を見ると2つの検索エンジンには、「利用のしやすさ」に差があり、ひいては「顧客満足」の差につながっていくと見なせるわけである。このことは、検索においても、買ったかどうかだけでは、検索品質の満足度は判断できないことを意味する。
そこで、かご追加率をKPIとし、それをさらに分解して、図1のようなKPIのツリーとして表示することが可能だ(図中でKWはキーワードのこと。また「ドンズバ検索かご追加数」というのはキーワード検索をかけたときに、その結果から絞り込みなしでかごに追加された数を指す)。
つまり、顧客満足につながる経験として、検索かご追加率を上げるために何をすべきかということをこちらのツリーに示された項目の数値を見ながら考える、というのが実際の使い方になる。
KPI細分化の弊害と対策
このようにKPIツリーを作って細分化することで、精緻にビジネスパフォーマンスを見直し、最終的には満足度を高めることと、売上を上げることの両立が可能になるはずだ。
一方で、KPIの細分化は、集計やモニタリングが複雑化し、誰もが簡単に数字を追いかけられなくなる。
その対策として、簡単に分析の精度を高める環境作りとして、1つはツール(Adobe Analytics)を活用すること、もう1つは教育によって社内のデータドリブンな文化を醸成することを進めた。教育の主なものとしては、定期的な勉強会と、新入社員研修を実施し、社員のリテラシーを上げている。
さらなる向上に向けて
顧客満足の向上につなげ、ひいては売上につなげるため、ロハコでは、品揃えや競争力のある価格や商品レビューなどの基礎的要因「ファンダメンタル」の強化に注力している。
しかし、自社商品を持たないロハコは、商品周りに関して、メーカーやサプライヤーの協力が不可欠である。
そこで、ロハコでは、ECに参加している日本を代表する130の企業に対し、昨年からAdobe Analyticsのログデータを解放することにした。名付けてLOHACO EC Marketing Lab.だ。
それよって、各社は見たい数値を見て施策を打ち、満足度を上げつつ売上につなげることができる。そうして得た各社の知見を共有することで、トータルなビジネスパフォーマンスの向上につなげていきたいと考えている。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |