文:大下文輔
マーケティングオートメーションツールの代表的ベンダーであるMarketoが、今年もTHE MARKETING NATION SUMMIT 2018を開催した。その中から、2つのセッションを取材した。前編では、freeeの川西康之氏により行われた経営的観点から見たマーケティング戦略の事例紹介をレポートする。
プレゼンテーションのタイトルは『マーケティングテクノロジースタックで実現するfreeeのマジ価値マーケティングの全貌』。
マーケティングテクノロジースタックとは、数多くのツールやOSなどのマーケティングテクノロジーをどのように組み合わせて利用するか、といういわばテクノロジーのポートフォリオのようなものを意味する。

freeeの事業ユニット
マーケティングテクノロジースタックは、それ自体を単体で考えるのではなく、事業構造や、組織文化を考慮して差配すべきだというのが、CMOとしての持論だ。その点からまず話したい。
freeeは、「スモールビジネスを、世界の主役に。」というモットーを掲げ、無料で利用開始できるオンラインベースの会計ソフトを起点として、人事労務管理などのスモールビジネスのバックオフィス業務を支援してきた。順調に成長を遂げ、創業5年で約100万ユーザーを数えるまでに至った。
事業の対象となるユーザーは、個人事業主や数人ベースの企業から上場を見据えた中小の企業、上場した企業なども含め、最大約1000人規模までの企業であり、企業の成長に応じたサービスが提供できるような体制を取っている。
freeeでは、この事業の対象ユーザーを属性や提供サービスの使い方の異なる3つの事業ユニットに分けて、それぞれにセールスチームとマーケティングチーム、サクセスチームを配している。その3つとは、個人事業主から20名程度の小規模事業者向け、それ以上の中規模法人向け、そして、会計事務所や銀行などのパートナー企業向けである。
ただ、その3つの事業ユニットのユーザーを横断的に束ねるセントラルマーケティングチームと、同じく事業横断的なプロダクトチーム、PRのチーム、アナリティクスのチームなどを置き、freeeという統一ブランドによる製品と一貫したコミュニケーションを行えるようにしている。
freeeの組織風土と行動原理
freeeの組織文化を象徴するものとして5つの「価値基準」があり、それを行動や意思決定の基本に据えている。その価値基準とは以下の通りである。
- 本質的(マジ)で価値ある
ユーザーにとって本質的な価値があると自信を持って言えることをする。 - 理想ドリブン
理想から考える。現在のリソースやスキルにとらわれず挑戦し続ける。 - アウトプット→思考
まず、アウトプットする。そして、考え、改善する。 - Hack everything
取り組んでいることや持っているリソースの性質を深く理解する。その上で枠を超えて発想する。 - あえて、共有する
人とチームを知る。知られるように共有する。オープンにフィードバックしあうことで一緒に成長する。
こうした価値基準による、いわばカルチャーによって、社員の行動をコントロールしようとするのがfreeeという企業であるが、その前提になっているのが性善説だ。つまり、社員は積極性を持って自主的に行動し、自らの成長を促すものだという考え方を強く支持している。
現在のマーケティングは構造的に無理ゲーだ
ところで、マーケティングテクノロジースタックを巡る困惑には次のようなものがある。それは、「自分たちにとってどんなテクノロジーがあっているかわからない」、「十分に活用できている自信がない」「新しいサービスに追いつけない」あるいは「SuitesかBest Breedか」。
最後のSuitesとはつまり「これだけですべてがまかなえるような理想のツール」を利用するやり方であり、Best of Breedとはベストなツールを組み合わせていく方式のこと。いわば定食か単品の組み合わせかという感じのもので、Best of Breedの方式で統合的にやるのがよいとされたりもするが、それはほとんど何も意味しないことと等しいと自分は考えている。
事実として、マーケティングテクノロジーは恐ろしいほどに増えており、マーケティングテクノロジーのカオスマップが、まさにカオス状態となっていて、次々に出てくるものをすべて把握することは不可能と言える。マーケティングテクノロジーは、ムーアの法則に象徴されるように時の経過とともに指数関数的に変化するのに対し、組織(企業における人的資源)は対数的にしか変化せず、その乖離(かいり)はどんどん拡がってゆく。(図1)

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あるいは、クリックスルーの法則と呼ばれるもの(どんなマーケティング戦略も結局はクリックスルー率の急降下に巻き込まれる)に代表されるように、高い成果を維持するためには常に新しい戦略を実行する必要がある。言い換えれば、あるやり方でうまくいってもそれはすぐに陳腐化してしまうという現実にわれわれは直面している。
つまり、現代のマーケティングは構造的に無理ゲー(難易度が高すぎてクリアできないゲームのような理不尽な状況)である、と考えている。
事業戦略と組織文化から規定するマーケティングテクノロジースタック
この無理ゲー状況を打開するためには、マーケティングを単体で考えるのではなく、事業戦略と組織文化から考えることが必須だと考えている。両者で枠を作り、マーケティングスタックを形成していくというやり方をわれわれは取っている。
freeeの事業構造は、前述したように3つの異なる事業ユニットとそれを横断的に束ねるチームからなる。これにひも付いた事業戦略を要約すると、次の2点になる。
- リードタイムの異なる複数のターゲットセグメントに対して適切なコミュニケーションを行うこと
- LTV最大化のため、すべてのユーザーに全社で一貫したコミュニケーションを行い続けること
一方、マーケティングテクノロジースタックに影響する組織文化を要約すると、次の2点になる。
- トップダウンではなく、現場のメンバーが主体となって事業を推進してゆくこと
- 性善説を大前提として、厳格なルールではなくカルチャーによって制御すること
これらの事業戦略と組織文化から、freeeにおけるマーケティングテクノロジースタックは2つのレイヤーに分けることとした。すなわち、セントラルマーケティングチームが管轄するレイヤーと、各事業ユニットのマーケティングチームが管轄するレイヤーである(図2)。

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セントラルマーケティング管轄レイヤーのマーケティングテクノロジースタックの概要と位置づけは、まず、全社統一のマーケティング基盤となるサービス群であり、仕様変更には、セントラルマーケティングチームまたは、GYOMUハックチームと呼ばれるエンジニアチームが担当するものである。
具体的な採用サービスとして、Marketoをメインツールとし、Googleのマーケティングプラットフォームサービスと、CRM/お客さま情報の要のツールとしてSalesforceを据えている。これらを全社の基盤とすることで、お客さまが企業としての成長を遂げても一貫したコミュニケーションによって、サービスを提供し続けていくことができる。
一方で、事業ユニット管轄レイヤーは、組織文化の前提となる、「価値基準を踏まえた自主性」によって、「とにかくチャレンジしてみる」という立場からマーケティングテクノロジースタックを形成する。
唯一のルールは、セントラルマーケティング管轄の基盤群との連携を必須にしていることであるが、それ以外は各事業ユニットが事業運営の必要に応じて自由に採用し、運用している。このレイヤーに関しては、多種多彩なツールが導入されていて、CMOとしてその全容を把握しきれない、というのが実情だ。どのようなツールをどう運用するかは、価値基準に沿って共有されており、他チームはそれを参照することができる。
重要なことは、どんなツールを採用するかにあるのではない。マーケティングテクノロジーは追いつくものではなく、あくまでも必要に応じて利用するものである。常に「事業戦略」と「組織文化」がマーケティングテクノロジーに優先する。freeeにおいては、「とにかくテストしてみる」という柔軟な意思決定を可能にするために、セントラルマーケと事業ユニットマーケを組織上分割し、担当するマーケティングスタックも分担している。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |