文:大下文輔

リアルタイム顧客データ統合プラットフォームTealiumが主催するアニュアルカンファレンスDigital Velocity。2018年東京での開催は11月15日に行われた。

その中からOne to Oneマーケティングの取り組み事例として、『顧客に寄り添う - ソニーマーケティングのOne to One コミュニケーションの実現』と題された、ソニーマーケティングの橋本好真氏のプレゼンテーションを要約してお届けする。

ソニーマーケティング 橋本好真氏
ソニーマーケティング 橋本好真氏

One to Oneマーケティングに取り組む背景

ソニーマーケティングではソニーの家電製品を中心としたマーケティングを行っている。
市場の動向として、2010年ごろまでにはテレビ、ポータブル音楽プレイヤー、デジタルカメラなど扱う商品の市場が縮小傾向にあったが、2011年からソニーマーケティングでは、高付加価値の投入へと舵を切り、市場の活性化につながったと自負している。
2020年までは穏やかにマーケットが伸びると考えられるが、それ以降については予断を許さない。日本は今後、急速な人口減による消費者絶対数の減少、超高齢化による使い慣れた商品への傾倒、そしてライフスタイルの多様化による大物家電購入機会の減少などと、商品の差異化の困難さがあいまって新規顧客の獲得がますます難しくなると予想されるからだ。

そこで、ソニーの目指すべきことは、ソニー製品の使用体験によって、その結果ソニーが継続的に選ばれるブランドになること、すなわちソニーファンを増やすことである。

One to Oneマーケティング実践のためのフレームワーク「ロイヤリティループ」

One to Oneマーケティングによってソニーファンを増やすという目的に沿って使われている独自のフレームワークが、「ロイヤリティループ」だ(図1)。

図1.ロイヤリティループ
図1.ロイヤリティループ
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このフレームワークでは、生活者の変化を次のように想定している。生活者はソニーが発信する戦略PRやバナー広告、広義のリスティング広告などに接触することを経て、ソニーのウェブサイトを訪問し、その時点で見込み顧客となる。そこでレコメンデーションを得たりして、商品をよりよく理解し、納得し、リターゲティング広告にも触れたりして、商品を購入し、その商品のカスタマーになる。そのカスタマーが一見顧客で終わらぬよう、ソニーのカスタマー登録を用意し、登録後にその商品の使い方、役立て方についての情報を複数回届けてコミュニケーションを図っている。

この段階で、カスタマーはその商品をソニー製品が好きだから選んでいるのではなく、製品の先にある体験に共感するからだ、と考えている。その製品を好きになり、製品のファンになっていただき、そして定期的なメールやステップアップの案内によるコミュニケーションを継続して、次の商品の見込み顧客になってもらえるようにしている。
そして次の製品以降も同じようなサイクルを繰り返して、最終的な結果としてソニーファンになってもらうことを目指している。そのようなモデルの下にタッチポイントを整理し、運用している。

重要なことは、タッチポイントごとに送り出す情報は、顧客にとって有用で不快でないものを、必要とされる適切なタイミングで提供することだ。ユーザの態度変容を捉え、心地よいと思える施策を打つこと、すなわち、Inform(一方的な発信)でなくCommunicate(ユーザとの対話)を心がけながらOne to Oneアプローチを行うよう心がけている。

メール、広告、購入後の施策など、ロイヤリティループをベースにしたアプローチに切り替えたことで、従来のやり方に比べて効果効率は向上している。
例えば、ユーザは情報収集の手段をそれぞれのライフスタイルに合わせて選んでいる。そこで、メールではアプローチできないユーザに対してアプリによってコミュニケーションを行うことにより、リーチ率を大幅にアップすることができた。

それぞれの施策についてはスモールスタートを行い、パフォーマンスをチェックし、実績の上がった施策だけをスケールアップしていきながら、全体の効率を上げていくスタイルを取っている。

顧客インサイトを行動から逆算する

以上のような取り組みを経た結果、カスタマージャーニーマップを描いてCRMの実践を行っている(図2)。

ここに記載されたほとんどのコミュニケーション活動は、ユーザの態度変容を捉えたアプローチになっている。その態度変容はTealiumを通して捉えられ、例えばYahoo!やGoogleの広告プラットフォーム、Salesforce Marketing CloudのようなCRM実行ツール、その他のパーソナライゼーションツールにトリガーを送っている。
このように、オーディエンスを統合して管理することで、One to Oneのマーケティングができるようになっている。

図2.カスタマージャーニーマップ
図2.カスタマージャーニーマップ
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その際のデータの捉え方のコンセプトとして、「ユーザインサイトを行動から逆算する」と規定している。「インサイト自体は捉えることができないが、インサイトを持ったユーザの行動は捉えることができるから」というのがその理由である。

例を挙げると、ウェブサイトへの流入1つとっても、それがどこから、どのような経路で来たかという情報には意味があるし、検索から来たとすると、広義の検索キーワードから来ているのか、指名のキーワードで来ているのか、それとも購入のキーワードで来ているのかによって来訪の意味が異なる。したがって、それらを「検索からの流入」として捉えるのではなく、キーワードのカテゴリーごとにリストを管理している。

また、特定の関心を持つユーザが来訪するページでは、記事を絞り込んでスコアリングの概念を用いてユーザの興味関心を把握し、バッジをつけて管理することで、One to Oneマーケティングの実践につなげている。

データ収集にあたっては、ファーストパーティデータをできるだけリッチにしていこうという方針を持ち、オウンドメディア上での行動データ以外にアンケート調査データ、直営店舗やイベント来訪のデータ、購買情報データなどを顧客idに紐付けて統合的に管理するとともに、ユーザが大半の時間を費やすオウンドメディア外のメディア接触や、ライフスタイルデータなど、サードパーティのDMPデータからの情報取得も行っている。

One to Oneマーケティング実践の鍵となる3つのこと

One to Oneマーケティングを実践する上で重要なことは3点あると考えている。

1点目は、データを一元管理することである。
データには、広告分析データ、CRMデータ、売上データなどさまざまなマーケティングデータやユーザ管理のデータがあるが、それらをリアルタイムで一元的に統合することが必要となる。なぜなら、ユーザの態度変容を捉えた施策を行うためには、データは必須のものだからだ。

2点目は、組織を超えた連携体制を取ることである。
企業のカスタマーマーケティングプラットフォームには、主に3つの機能別の組織が関わっていると考えられる。マーケティングやマーチャンダイジングの機能を担う「ビジネス」部門、IT/システムの機能を担い、外部パートナーと協業する「システム」部門、そしてオペレーション機能を担い、アウトソーサーとつながる「オペレーション」部門だ。

皆が「ビジネス」を理解すると、描いているビジネスの世界観が共有でき、要件定義が鋭くなる。皆が「オペレーション」を理解することで、プロセスデザインに配慮が行き届くようになり、スケーラビリティが担保できる。皆が「システム」を理解することで、実装時の齟齬(そご)がなくなり、手戻りがなくなる。
すなわち、組織連携ができた結果、実装時の構築が早く、スケーラビリティを持ったプラットフォームが構築できるようになる。

3点目は、共通のビジョン/フレームワークを持つことである。
これによって、何か迷ったときに、立ち戻って考える基準ができる。ソニーの場合は、先に示したロイヤリティループがそれに相当する。施策の意味合いは正しいものか、あるいは設定しようとしているKPIが適切かどうかなど、このロイヤリティループを常に参照しながら行っている。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。