文:編集部
オムニチャネル(Omni-Channel)という用語は何となくわかっていても、「では、クロスチャネルとの違いは?」と質問されると考えこんでしまう人も多いのではないだろうか。
モバイル端末が普及し、小売業の動向や消費者の行動が変わりつつあることを受け、米国小売業組合(National Retail Federation、NRF)が作成した報告書「Mobile Retailing Blueprint (Version 2.0.0)」(※1)では、ECチャネルの進化を4段階で説明している。
- シングルチャネル(Single Channel)
- 顧客のタッチポイントは1種類のみ
- 小売側は単一のチャネルのみ持つ
- マルチチャネル(Multi-Channel)
- 顧客のタッチポイントは複数あるがそれぞれが独立している
- 小売側はチャネルを複数持ち、それぞれのチャネルに対し独立したノウハウと運用方法を確立させている
- クロスチャネル(Cross-Channel)
- 顧客のタッチポイントは複数あり、同一のブランドとして認識されている
- 小売側はチャネルを複数持ち顧客をユニークユーザとして認識しているが、チャネル横断型の顧客管理はできていない
- オムニチャネル(Omni-Channel)
- 顧客はチャネルを意識することなくブランド体験をする(シームレス)
- 小売側はチャネルを複数持ち顧客をユニークユーザとして認識し、チャネル横断型の商品・顧客・販促管理を行うことができる
この中でも混同されやすいクロスチャネルとオムニチャネルについて、信州大学大学院経済・社会政策科学研究科准教授(当時)の牧田幸裕氏は以下のように定義をしている(※2)。
クロスチャネルとは、マルチチャネルのサプライチェーンを統合し在庫管理を一元化する一方で、ECチャネルで注文した製品をリアル店舗で受け取れるなど、複数のチャネルをまたがった購買が可能になるチャネルのことである。
(中略)
オムニチャネルとは、企業が消費者と接するリアル店舗やECチャネルを統合し、チャネルにまたがった購買を可能とし、ユーザーIDの統合と顧客理解から最適な購買体験を提供するチャネルである。(中略)顧客一人ひとりをID化し、購買行動履歴を蓄積し、そのデータをもとにOne to Oneマーケティングを行うことに、オムニチャネルの特徴があるのである。
クロスチャネルは単純に顧客と商品の接触機会を増やすことを目的とするのに対し、オムニチャネルは、接触機会を増やした上で一括管理をしている情報を用いて顧客に正確にアプローチをし、よりパーソナライズされたマーケティングを行うことを目的としている。
つまり、チャネルにまたがった購買を可能とし、ユーザーIDの統合と顧客理解から適切な購買体験を提供するのがオムニチャネルだ。
さらに、オイシックスCOCO(Chief Omni-Channel Officer、最高オムニチャネル責任者)の奥谷孝司氏は日経デジタルマーケティングの記事でオムニチャネルを以下のように説明している(※3)。
これまで小売業におけるマーケティングは購買という瞬間にのみ注力し、売れば終わり(買ってくれれば終わり)という発想に陥りがちだった。売り上げが上がれば企業に利益をもたらすのだから、この発想自体は正しい。しかし購買の瞬間だけに注力しても右肩上がりの成長は維持できない。もはや売っておしまいは通用しない。購入の前後に当たる、検討や使用&消費のフェーズにも視野を広げて、消費行動をどれだけ把握できるか、マーケティングに活用できるかが重要になっている。
それぞれの企業の目指す「オムニチャネル」
実際に企業の進めているオムニチャネルの状況を見ていこう。それぞれの企業がオムニチャネルに対して異なる考え方を持っていることがわかる。
セブン&アイHD
オムニチャネルという言葉が日本で広まるきっかけを作ったのがセブン&アイHDだ。2013年11月に「リアル店舗とネット通販の融合」を新戦略のテーマとして掲げ、2015年11月よりECモール「オムニ 7」を立ち上げた。まずはオムニチャネル化を見据えたクロスチャネルの環境整備からスタートし、自社のコンビニエンスストア(リアル店舗)を拠点に顧客のライフスタイルに合わせた購買が可能となった。圧倒的店舗数を誇る強みを生かし顧客との接点を拡大し利便性を高め、収益増加を狙った(※4)。
しかし、差別化を図るために開発を強化したプライベートブランドは「馴染みのないブランド」と捉えられ、売上につながらなかった(※5)。さらに、オムニチャネル戦略を掲げた会長兼CEOであった鈴木敏文氏が2016年5月に退任、推進役がいない状態が続いた(※6)。
結果、2018年2月期決算時の売上高は1,087億円にとどまり、オムニ7に関わるソフトウエアの多くが減損対象となった。開始当初の目標であった「2018年度に売上高1兆円」という期待を大きく裏切る形となってしまったのだ。
そしてこの不振を受け、井阪隆一社長はオムニ7の見直しを発表。リアル店舗を軸とした戦略を新たに立て直した。
無印良品
無印良品のオムニチャネル化はアプリ「MUJI passport」が入り口となっている。
顧客はアプリを通してさまざまなアクションを起こすことで、金銭価値のあるポイントに変換できるマイルを貯めることができる。一方で、企業側はアプリを通して顧客一人ひとりのアクションを管理することができる。
これにより年齢や性別などの最低限のユーザ情報やリアル店舗/ネットでの商品購入履歴のみならずチェックイン(来店)、商品評価、アイデアの提供などの細やかな顧客のアクションも一括管理が可能となった。
このMUJI passportをプロデュースしたのが現オイシックスCOCOの奥谷孝司氏である。彼は良品計画でオムニチャネル化を進めるにあたって「顧客時間」と呼ばれるフレームワークを着想した(※7)。
横軸は「時間」である。「選択→購入→使用」という、顧客の一連の買い物行動プロセスを示している。縦軸は「空間」である。企業が顧客に提供するチャネルが、オンライン・オフラインのどちらにあるのかを示している。中央には、その企業が戦略的に配置するチャネルのつながりと、どのような購買体験をつくるのかを俯瞰して描けるようにしている。
単にチャネルをオンからオフへ、オフからオンへと移行させることに価値はない。顧客基点に立ち、提供する購買体験を思い描き、その実現のために自社が強みを持つチャネルを組み合わせることが求められる。そのような取り組みを進める企業こそが、顧客とのつながりを創り、強めることができるはずだ。
この顧客体験をデザインする上で、まずは顧客を捉えるために上記のフレームワークを用いて「時間」「空間」「連携」を考えるのだと言う。売上に固執せず、いかに購入時以外の顧客の懐に入り込むかという考えの下、このオムニチャネル専用のアプリが生み出された。
Amazon
オムニチャネルを語る上で欠かすことのできないのがAmazonの存在だろう。
Amazonと言えば世界でもトップレベルを誇るECサイトだが、そのAmazonが近年オフラインに進出している。2018年から「Amazon Go」というモニタリングネットワークを導入したことによって、アプリを通したオンライン決済が可能となり、レジのない無人リアル店舗を展開している。その他にも、日本では2017年から「アマゾンフレッシュ」という名で生鮮食品の宅配サービスをスタートさせている。
安く、早く、楽に商品を購入できる。事業分野も広く、多方面から次から次へと新しいサービスを提供している。これを実現させているAmazonには、これまでに築き上げてきたノウハウや物流といったベースがある。すでに得ている膨大なデータを利用しながら、シームレスでより顧客に密接した新しい購買体験を提供できるのが彼らの強みであり、他企業を差し置いて頭一つ抜きん出ている理由だと言えよう。
オムニチャネルに対するさまざまな考え方、オムニチャネルの将来性
Walmartのような海外企業だけでなく、日本でも上記で述べた以外にもイオン、資生堂、大手百貨店など、デジタルとリアルを融合した新たな購買体験の設計を試みる企業は少なくない。
では、Amazonという驚異的な存在がある中で、これからオムニチャネル化を進める企業はどう対抗し独自のビジネスを展開していくべきなのだろうか。
Adobe Systemsにて小売り及び旅行・観光業界戦略担当ディレクターを務めるマイケル・クライン氏は3つのトレンドに注目していると言う(※8)。
Amazonに対抗する上でクライン氏が重要と考えるのは、「小売体験の再設計」「顧客体験の最適化」「パーソナライゼーションの拡大」だ。
店舗の閉店ニュースはネガティブな印象で捉えられることが多いが、店舗を閉じた分で得た資金を、リテーラーはより魅惑的なショッピング体験を再構築するための投資に振り向けようとしている。買い物をする場所として、実店舗の役割は依然として大きいからだ。
デジタルと実店舗をシームレスにつなぐ顧客体験は、小売業にとって最優先のテーマである。Boston Consulting Groupの調査結果によれば、パーソナライゼーションに投資を行うと収益の増加が6~10%、成長速度が2~3倍、8000億ドルの売り上げ転換という成果が出ているという。顧客体験の優れたブランドを消費者は支持するのだ。
また、オイシックスの奥谷氏は、オムニチャネルは「店舗を軸に顧客の管理を行う」のではなく「顧客を軸にチャネルの管理を行う」ことだとし、この顧客起点への営業変革について以下のように述べている(※9)。
顧客を軸にチャネルを統制するのであれば、来店前の情報チャネルや、購入した後の接点も含めて考える必要がある。店舗はもはや、顧客の買い物行動における、1つの通過点に過ぎない。顧客の選択に影響を与える、店舗・アプリ・商品・メディア・SNS、そのすべてが情報であり、チャネルであると考えねばならない。顧客の買い物行動を軸として、これらのチャネルを配置・連動させるという視点が必要になる。
(中略)
顧客を軸とするならば、企業の業績とは全顧客売上の総和になる。つまり極論すれば、店舗ではなく、「個客」の売上を追求することがKPI(重要業績評価指標)になる。
もちろん小売業はすべからく、顧客1人当たり、すなわち「個客」当たりの売上推移も重要な指標として見ている。しかし、それは平均としての顧客単価に過ぎない。問題は、「その顧客が誰なのか」「なぜ来店し、何を購入し、どう使っているのか」を把握できているかどうかである。それが分かっていないとしたら、顧客当たりの売上を上げるために、何を提案すればよいのかがわからない。単に売上を顧客数で割った結果だけでは、アマゾンが着々と進めているような「個客」に対する提案には直結しない。
Amazonという大きな壁が立ちはだかる中で、小売企業はいかに顧客との親密なコミュニケーションを実現させ、より柔軟に顧客体験を提供するかが重要になってくるだろう。
※1:Mobile Retailing Blueprint —A Comprehensive Guide for Navigating the Mobile Landscape— Version 2.0.0(National Retail Federation、NRF 2011/1/4)
http://www.nacs.org/portals/NACS/Uploaded_Documents/PDF/ToolsResources/BS/Mobile_Retailing_Blueprint.pdf
※2:ユニクロもセブン&アイも「オムニチャネル」を掴み切れていない(ビジネスジャーナル 2018/1/10)
http://biz-journal.jp/2018/01/post_21940.html
※3:消費者がオムニチャネル化する時代 —顧客と時間を共有する「Engagement Commerce」を理解する〔第1回〕(日経デジタルマーケティング 2015/12/8)
https://business.nikkeibp.co.jp/atcldmg/15/216709/120200007/
※4:「オムニチャネル」が流通サービスを一変させる(セブン&アイ・ホールディングス 2014/02)
http://www.7andi.com/company/challenge/1312/1.html
※5:セブンとイオンが築けない「ネットで稼ぐ力」(東洋経済オンライン 2017/06/24)
https://toyokeizai.net/articles/-/177780
※6:セブン「オムニ減損」でネット戦略を大転換(東洋経済オンライン 2018/04/23)
https://toyokeizai.net/articles/-/217680
※7:購買体験を設計するMUJIのフレームワーク 世界最先端のマーケティング(3)(日経デジタルマーケティング 2018/04/03)
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/226265/031300235/
※8:Amazon独走にWalmartが待ったをかける、海外小売業の最新動向(ITmedia マーケティング 2018/09/20)
http://marketing.itmedia.co.jp/mm/articles/1809/20/news061.html
※9:アマゾンGOの無人レジに秘められたKPI革命 世界最先端のマーケティング(2)(日経デジタルマーケティング 2018/03/27)
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/226265/031300234/
- デジタルマーケティング課題・可能性の抽出
- 課題解決、可能性実現のための施策立案
- 施策の実行と効果検証
などのご支援が可能です。
デジタルマーケティング戦略でお困りのことがありましたら、ぜひお問い合わせください。