文:大下文輔
Advertising Week Asia 2019の前編に続き、リクルートのグローバルデジタルトランスフォーメーション事例をレポートする。
登壇者はリクルートホールディングス 取締役 兼 専務執行役員 兼 CHROの池内省五氏。以下その内容をダイジェストする。
グローバルデジタルトランスフォーメーションへとかじを切った理由
リクルートという企業は、人材を求めている企業と仕事を探している個人のマッチングサービスの企業だ。
2012年までのリクルートは、国内売上高が97%の企業だった。収益の柱は数多くの雑誌から得られる広告収入。広告獲得のための営業力が競争力の源泉だった。

そのリクルートが、M&Aとグローバル化によってGlobalでのインターネットHR関連分野のNo.1を目指すようになったのは、マッキンゼーのクォータリーレポートに紹介されていた論文がきっかけだ。
その論文は、Fortune 500という世界の名だたる企業の時価総額がどのように伸びているかを1999年から2006年までの7年間分のデータから分析したものだった。
時価総額の伸びに最も相関の高い数値は、売上高成長率(CAGR:Compound Average Growth Rate)だ。そして、その売上高成長に関連している因子の寄与度の数字を見て衝撃を受けた。
Fortune 500の企業の成長に関わるものとして、まず、市場の潜在力が売上高成長の2/3を説明している。残りの1/3はM&Aであり、マーケットシェアの獲得による成長はわずか4%に過ぎない。
経営会議の大半は、いかにして競合からのシェアを奪いつつ成長を遂げるかに費やされる。しかし、成長は、市場の潜在力といった外的要因に負うところが大きく、そうしたことを見過ごすわけにはいかない。すなわち、成長の鈍化した国内市場ではなく、成長の高いアメリカやアジアなど、国外に打って出ることとM&Aの取り組みなしには成長は望めない。
変革のきっかけのもう1つは、バリューチェーンのリストラクチャリングである。
エアラインや旅行のブッキングサイトは、巨大な検索エンジンを持つ企業にお金を払うことで集客し、個別のホテルやエアラインから収益を得ていた。しかし、検索エンジンの企業は検索の網羅性が非常に高く、そこが直接ホテルやエアラインなどの企業と直接取引するようにいずれなるだろうと、ニューヨークタイムズの記事は予想していた。
ブッキングサイトのようなバーティカルなサービスの企業はリクルートのモデルであるし、しかも営業マンというアナログなアセットで競争し続けると、将来的な存在意義を失う、という危機感を強く持った。だから、グローバルなデジタルトランスフォーメーションを行う必要があったのだ。
うまくいかなかった中国でのM&Aから学んだこと
2020年までにNo.1という目標を定めつつ、それまでにM&Aに6,000億円を投ずるという不退転の決意でまい進したが、M&Aは最初のうちうまくいかないことの連続だった。そこでの学びについてお伝えしたい。
まず、M&Aの本当の目的を見失いがちになることがあった。例えば、ある国のインターネットNo.1企業になるという目標を掲げたとする。現実問題としてその国のトップの企業に話を持ちかけたとしても3番手くらいまでは門前払いで応じてもらえない。すると、4番手なのか自前なのかという判断になり、経営会議では、少しずつ目的に化粧をした提案をしてしまいがちになる。最初に、何のためにその会社を取得するのか、取得してどうするのかをしっかり定めておく必要がある。
続いてお伝えしたいのは、当事者意識の大切さである。買収後にそこに派遣する人材が、M&Aの計画や交渉に関わることがないと、たとえエース級の人でも実績を上げることは困難だという学びを得た。
そこで、今ではやり方を変え、M&Aの提案は、事業の責任を負う役員からのものでない限り社内で受け入れないこととした。そのことにより、計画や交渉の真剣味が劇的に変わった。
3つめの学びは、M&Aは数百億あるいはそれ以上の大規模の投資が必要になるケースが多いので、2段階のステップを踏むようにしたことだ。最初の半年間で、これまでのノウハウを活かした10億レベルの小規模の実験を行い、それで実績が上がれば次の段階に進むようにした。M&Aは、小さくとも成功例があると次がやりやすくなる。
失敗から得たこれらの教訓は、主に自分が実際に中国を中心にM&Aを担当してきた経験による。そして、そのことがIndeedの買収につながった。
Indeedの文化
現在、リクルートの時価総額を支える大きな柱は、アメリカの企業であったIndeedを買収したことから生まれている。
2012年当時は、34億の売上しかなく、利益も出ていなかった企業を、タフな交渉の末に1,000億円で買収した。
その査定については、担当した3人が顧客の獲得単価や会員数の伸びなどの潜在力を綿密にシミュレーションし、半年間で500以上のパターンを検討した上でのものだったが、ディールが成立したのは、そうした判断の最終責任を負うCEOが、「1年目にうまくいかなかったとしても、会社が潰れることはない。頑張れ」と後押ししてくれ、経営会議を突破できたことだった。
おかげで、Indeedの属するテクノロジーセグメントは、M&Aをした2012年の100倍近い成長で3,000億円を突破するという飛躍的な成長を遂げた。Indeedは現在60カ国以上でサービスを行い、2億人以上のユーザーがいる。
その特徴をいくつか挙げる。
まずはトライアンドエラーを繰り返して迅速に改善を繰り返すというアジャイル(俊敏)なやり方を徹底していることだ。
例えば1人のエンジニアが2週間かけて開発したプロトタイプは、現場のマネージャーの判断で利用者の中から1,000万人ずつの2グループでA/Bテストにかけ、効果を試す。
こうしたレベルの話は、マネジメントは関与しない。日本の場合は、もっとちゃんと仕上げてからというケースが多いが、グローバルなデジタルの文化はそうではない。こうしたスピード感覚が生き残るために必要だということなのだ。このことは同時に、失敗を許容することを前提としている。
2点目は、億単位の利用者を獲得できない開発は絶対にしないということである。われわれは100万人が利用し、数十億レベルの売上が上がればそれをよしとしていたが、彼らはそうではない。スケーラビリティを求める姿勢が全く異なる。
3点目は、徹底したユーザーの経験価値を追求していることである。
彼らがプロダクトについての意思決定をする会議室には、他の椅子の色とは違うオレンジ色の椅子が1脚置かれている。会議の時には社員はそこに座らないのがルールだ。
オレンジの椅子は、Job Seeker‘s Chair(求職者用の椅子)と名付けられていて、求職者すなわちIndeedのエンドユーザーが腰掛けるためのもの。
エンジニアがやろうとしていることを、背後で常に求職者が見ていることを忘れるな、という創業者の思いを伝えるための手段なのだ。現場が下す、全ての意思決定はユーザーバリューに焦点をあてて行われる。ユーザーファーストを表すためのスローガンが社内のあちこちに書かれている。
しかし、実際問題として、ユーザーバリューの追求をするということはどうやってもうけるか、すなわちマネタイズの話とは違う。Indeedではごく少数の経営陣が、マネタイズを集中して手がけ、結果として現場では価値の向上に力を注ぐという仕組みになっている。
プロダクトの開発にともなうあらゆる意思決定はマネージャークラスが行う。
では、経営トップは何をしているのかと尋ねたとき、創業者のドリー・カーンは2つしかないと明言した。
1つ目は、圧倒的にクリアな長期ビジョンを描き、エバンジェリストとしてそれを組織全体に浸透させること。
もう1つは、世界最高のエンジニアやマーケターを採用し、彼らがやめることなく仕事が続けられる環境を整えることだ、と言う。
Indeedの特徴はデータドリブンである。
それも徹底されていて、業務に関わるデータは全て共有され、ダッシュボードで参照できるようになっている。
欲しいデータは、たとえCEOであっても、誰かに出させるのではなく、自ら参照することが文化として定着している。
上席への報告資料をパワーポイントで用意することは、業務の妨げになるとして禁止されている。
データドリブンという文化は、例えば1チームを編成する人数でも、いくつかの実験を繰り返して5人という数字を導き出し、その5人で作業するオフィス(5人がそれぞれ壁に向かって、立ったままプログラミングできるようにする)を、出入り口用の1面を加えた6角形にして構成するといった徹底ぶりだ。
繰り返すが、彼らは、本気で世界を変えていくという意思を込めて、長期的でクリアなビジョンのもとに、ユーザーバリューの徹底した追求をしている。それが会社経営という点から重要であることを実感している。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |