文:大下文輔
2019年6月11~12日、企業のマーケティング幹部を主な対象者としたセミナーイベントであるCMO Japan Summitが開催された。
今回のレポート1では、プロ野球の横浜DeNAベイスターズのビジネス事例を紹介する。登壇者は、株式会社横浜DeNAベイスターズの木村洋太氏である。
以下その内容の一部をダイジェストする。
何のためのビジネス拡大か
横浜DeNAベイスターズは同名のプロ野球のチームを運営している企業で、親会社のDeNAが、2011年にTBSホールディングスから引き継いだ。それを機にコーポレートアイデンティティとして「良質な非常識に挑戦し続ける」ことを掲げ、活動を続けてきた。
実績として、DeNAに親会社が変わってから迎えた2012年のシーズン開始から昨シーズン2018年終了時まで、7年間連続で観客動員数(年間約70試合の主催試合累積観客数)を伸ばした。
チームを引き継いだ2011年には約110万人であったのが昨年は84%増の約203万人と球団史上初の200万人超えを達成した。203万人は球場の収容者数に対して97%という高い稼働率である。
そして、観客動員数は売上に直結する最も重要なKPIであるが、チケット販売を含め、グッズ販売、放映権、スポンサー料などの各部門の売上はデータのある2012年以降では観客動員数の伸びをいずれも上回るという結果を残した。収支は赤字が続いていたが2016年から黒字に転換することもできた。
球団のミッションとして「売上げ・利益の最大化を図るとともに、安定した仕組みの確立」が挙げられる。その時々の売上だけではなく、持続的な売上を安定的に伸ばすことが重要だと考えている。なぜ、それをミッションに掲げるのかの背景を話したい。
まず、球団を創設して70年になるが、下関に生まれた球団が、大阪、川崎、そして横浜へと1978年までは本拠地の移動が繰り返された。横浜に移ってから以降は、オーナー企業が大洋漁業(マルハ)からTBS、そしてDeNAと変わるなど、安定的とは言いがたい歴史を持っている。
赤字会社だった球団は、身売りがささやかれると、「次はどこに本拠がいくのか」が話題になる。だがスポーツの観客にとって、応援しているチームがなくなったり、本拠地からいなくなったりすることは、これほど悲しいことはない。横浜という地にプロ野球観戦という楽しみが残るためには、親会社がどこであろうと、またそれがどうなろうとも、球団として自立、自営できることが条件になる。
そして、お金を稼ぐことは、選手の年俸や球団職員の給与などに充てるだけでなく、ファームの育成施設をリニューアルして先端のものにしたり、球場の増改築を行ったり、データ分析などのIT投資などへと回すことができる。このことで、ファンに喜ばれる、より魅力的なチーム作りが実現できるのだ。
ミッションをどうやって実現するかというと、お客さんにかけがえのない体験を提供し、気持ちよくお金を使ってもらうことと、提供する楽しみによって、また球場に足を運んでもらう、というサイクルを作ることである。チームを強くして魅力的にし、そのチームを支える強固な事業体制にするというこの2つを連携させることが経営の理念になっている。
戦略ターゲットの設定
業績を伸ばした7年間にやった主なマーケティングは、いわば教科書的でオーソドックスなものだ。その柱となるのは、戦略ターゲットの設定と、なりたいブランドを定義し、それらに沿った施策を展開してきたことにある。
まず戦略ターゲットを「年間2~3回球場に足を運んでくれるようなライトなファンで、20代後半から30代のアクティブサラリーマン層」にフォーカスした。ビジネスを支えている重要顧客はコアファンだが、戦略ターゲットはビジネスを伸ばすという観点で設定している。
そして、このアクティブサラリーマン層について、ペルソナ設定を事細かに行い、そのイメージを全社の共通言語化した。例えば、彼らの「職場は球場に近く、仕事の後に、開始から少し遅れて球場入りし、ビールを飲みつつ雰囲気を楽しみ、勝敗以外の盛り上がりや感動を重視する」といった具合である。
設定した条件を全て満たす人など、3万人の来場者のうち1人いるかどうかだろうが、ターゲットのペルソナを細かく設定したのは、「全社の共通言語化」することで、マーケティングとは無縁のバックグラウンドを持った多様な社員に、来てほしい人のイメージを浸透させるという狙いもあった。
「アクティブサラリーマン層」を設定した理由は、彼らは繰り返しの来場によって、同僚や親しい女性、あるいはファミリーを連れてくる可能性が高まるからである。女性が増えてきた背景に「男性に誘われて来た」という調査結果が多いことでも裏付けられている。彼らに情報を発信し、施策を講ずることが来場者というKPIを伸ばすことの要となる。
施策は、彼ら自身のための「ビール半額まつり」といったものなどの他、彼らが女性を誘いやすくするためのイベントなどにも注力している。
例えば飲食は、野球観戦の楽しみの1つだが、名物の1つに「青星寮カレー」というものがある。このカレーは、特別においしい・特殊な材料を使っているなどといったものではないが、「毎日食べても飽きない」ことがウリなのだ。青星寮という、若手選手の寮で供されているものと同じレシピのカレーだが、それもアクティブサラリーマンの男性が、同僚の女性を誘ったときに「これは青星寮という若手の寮で、選手が毎日のように食べているカレーで、飽きない味なんだ」といったうんちくを語れるというストーリーのもとに開発されている。
なりたいブランドの設定
ブランド設定の議論の中で、横浜市民にとってベイスターズは、例えば、広島市民にとってのカープよりも存在は希薄だ、ということがあった。
そこで、われわれは「横浜らしい」球団にしようと考え、市民に横浜のイメージをアンケート調査した。最も高いスコアをとった「海と港の街」「国際的で異国情緒のある街」「おしゃれで洗練された街」をベースに「海と港街 おしゃれでカッコいいボールパークとチーム」を目指すべきブランドに据えた。当時の球団イメージはいずれの要素ともかけ離れていたので、そこに近づける作業をさまざま実行していった。
「目指すべきブランド」を指針として、横浜ブルーという球団のメインカラーを決め、選手のユニフォームやスタッフのユニフォームをリデザインしたり、ホームランを打つと港町を想起させる汽笛の音を鳴らしたり、椅子の色をこれまでライバル球団を連想させるオレンジだったものから青に全席変更したりと、さまざまな手を打ち、統一したブランドイメージを浸透させる活動を続けた。
顧客の期待を超える活動への取り組み
さまざまなアンケートを実施して、その結果を施策につなげるようにしたが、その考え方としては、総合満足度の低い人のネガティブコメント(例えばトイレが汚くて来たくなくなった)での指摘を解消すると同時に、総合満足度の高い人のポジティブコメントを参照し、それをより伸ばす方向で取り組んだ。
一例を挙げる。
スタッフのディズニーランド視察からヒントを得て、ある重要な試合が終わった後、場内を暗くして、花火とカラフルなライトを使った演出をしてみると、これが評判良く、アンケートにもまた見たいという反応が返ってきた。
そこで、翌年からは、「勝った試合の余韻」を強化するために、勝ち試合の後に、毎回同じような演出をしたところ、だんだんとマンネリ化してくる様子が見えてきた。
これからわれわれが学んだことは、お客さんは楽しむにしても「常に期待を超えたサプライズ」を求めていることへの気づきだった。
次の手としては、試合前にお客さんにブルーのペンライトを配り、それを振ることで自ら勝利の宴に参加してもらうことだった。他にも紙吹雪を振らせるなど、マンネリとサプライズのいたちごっこは続いている。それにしても、お客さんの声に耳を傾け、「球場の風景を変えたかった」という担当者のもくろみは成功している。
マーケター視点で言うと、ありがたいことに、通常のBtoC企業でもなかなかない機会ではあるが、お客さんがサービスを楽しむという目的で、結果的に自分たちの「職場」に足を運んでくれて、その表情などで、ナマの反応を見せてくれる。その「現場感」を活かさない手はないと思う。
横浜は、極めて地の利が良い。それを活かしながら、今後は海外での事例を参考にしつつ、試合開催に依存したビジネスから脱却し、その枠を広げてゆきたい。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |