文:大下文輔
CMO Japan Summitレポート1に続き、ディノス・セシールの事例をレポートする。登壇者は石川森生氏。
ご存じの通り、老舗の通販会社でカタログによる販売を行いつつECも行っている。同社の主力であるカタログは典型的なアナログ媒体だと思われているが、そこにデジタルのテクノロジーを持ち込んで新たな展開を行っているのが石川氏率いるディノスのチームである。
以下ダイジェストしてレポートする。
ECの課題と流通業の存在意義

ECにおいて、UXによる差別化の時代はAmazonの1-Clickの登場によって終わったと認識している。以降はCXすなわち、Consumer Experienceへ、言い換えればサービス全体への戦いへと移行している。
どのような点でしのぎを削っているかというと、配送だったり、ポイントだったり、最安値だったりと、純粋な小売ビジネスは蚊帳の外に置かれており、こうした状況を憂慮している。
例えば、配送問題だが、消費者にはなかなか見えにくい。消費者には配送費が無料であるかのように思われているかもしれないが、実際は消費者がコスト負担するような構造になっている。
個人に配送する方が、再配達があるために法人より高い配送費が発生するのだ。もともと利益率がおおよそ1から3%程度でしかない多くの小売業者にとって、配送費の上乗せを吸収するゆとりはない。
ポイントの10%還元なども同じく、最終的には消費者が負担せざるを得ないところに行き着く。プレーヤーが全部チキンレースを余儀なくされ、消費者も含めて、誰もが幸せにならないという状況が必然的に見えてくる。
こうした状況に強気で立ち向かっていけるプラットフォーマーによるECは、例えばサーバビジネスだとか、金融だとか、広告といった別のゆとりあるマネタイズ方法によって支えられている。そうなると、何でも扱うプラットフォーマー以外の小売業者はいらないのではないか、という議論が生まれてしまう。
だが、それは必ずしも消費者にとってよいことではないと考えている。なぜなら、ディノスのような小売流通の業者は、メーカーが売ろうとする数多(あまた)ある選択肢の中から、消費者にとってよいものを選ぶ、という機能を果たしていると考えるからだ。それを低い利益率でどうやりくりするのか、というのが大きな課題になっているのだ。
EC大手は、消費者としてはそこで何を購入するかを決めてから行く、すなわちコンバージョン直前の段階で利用されており、こういう商品がいい、という気づきを与えてくれる機能は希薄だ。それがECの限界でもあるし、そこに小売業者の戦う余地が残されている。
実際、Amazonは全米のECの44%を占めるが小売業全体を見れば4%にすぎない(2017年のデータ)。だから、彼らは、リアルな店舗に活路を見いだそうとしている。
また、アリババのジャック・マーがニュー・リテールということを言い出して戦々恐々としていたが、テクノロジーで武装はしているものの、生鮮食料品のスーパーというカテゴリーだった。
結局のところECのみで全ては完結しない。アナログな顧客価値をテクノロジーの力で再定義し、新しい顧客価値を創造していく、というのが今のECの大きな流れであり、自分たちの立ち位置でもある。
メディアの特性に応じた相互補完にもとづくCX
ディノスの主要な顧客接点はカタログという紙媒体である。その特性を、「新規顧客獲得(Acquisition)」「顧客維持(Retention)」「コンテンツ(Content)」「消費者行動(Behavior)」の4つに分解してウェブと比較してみると、カタログによる新規獲得は効率がよくなく、顧客維持におけるリーチ確率においてはウェブよりは優位である。
そして、ウェブにおいては顕在ニーズの刈り取りが主だが、カタログのコンテンツには潜在ニーズを掘り起こす力がある。カタログは検索がしにくいのでいろいろ見ているうちに、例えば職人の匠(たくみ)の技のようなものに目が留まって思わず欲しくなり、財布のひもが緩むといったことが起こる。
DECAXといった消費者行動モデルが5年ほど前に提唱され、Attention(注意)を起点とするのではなくDiscover(発見する)を起点とすると主張されてもいるが、自分たちは今一度Attentionが以前のような不特定多数に向けた広告とは違う観点、すなわち信頼している情報源、あるいは親しい人などからもたらされる場合に重要な役割を果たすと考えている。そこで紙、すなわちカタログをDiscoverにつなげられないか、と発想した。
カタログは、ネット中心の20代30代の若い人にとって、自分宛に送られてくる物理的な特別感のあるメディアである。作るのにノウハウがいり、コストが高いので赤字に陥りやすく、それをしっかりと届けるということは容易にできることではなく、参入障壁も高い。
さらに、ニューロマーケティングの観点からは、紙媒体を見た場合の方がディスプレイを見た場合に比べて、理解に関わる前頭前皮質の反応が強い、言い換えれば紙媒体の方が理解されやすい可能性があるという実験結果もある。
ディノスの活動の中で、テレビの持つ圧倒的なリーチ力、カタログ(紙)の持つ「欲しいと思わせる力」、ウェブによる刈り取りの力、それぞれのパワーを補完的に組み合わせ、われわれが持っているタッチポイントを全て解放してそのどこかで、意思決定してもらえばいい、というようにCXの考え方を変えようとしているところだ。タッチポイントの連携には部署横断の協力関係が必要になるので、結果として自分が8部署を兼務することになった。
紙にパーソナライズの機能を付与
具体的にどんなことをしたかというと、カタログのデメリットを克服しようとした。つまり、リアルタイム性とパーソナライズ(1to1)を紙媒体にも持たせられないのかと考えたわけである。
ECのベストプラクティスに、「カート放棄対策」が10年くらい前からある。カート放棄というのは、カートに入れたまま、購入に至らないケースで、6割にも上る。そのカート落ちの状態にある人を自動で検知して、即時にメールを送ってオファリングをすることでコンバージョンレートを上げるという手法だ。
どうしてそれが可能かというと、ウェブでは、カートに入れたとか、お気に入りに指定したとか、どの商品を閲覧したなどといった購入前の「中間データ」が取得できるからである。
この中間データを使ってウェブでカート放棄をした人に紙のDMを作って送ることにした(図1)。だから、DMの内容は人によって異なる。ポイントは24時間以内の配送である。

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もう1点行ったのが通販会社にとって、より重要な冊子の施策である。実際にはコーディネートブックというもので実現した。まず、購買履歴から顧客が買ったものを特定し、その写真を表紙に大きく掲載する。表紙写真の下には相手の名前を記して、メッセージを印刷している。(写真左)

(※画像クリックで拡大)
表紙をめくると右ページにはその商品を使ったコーディネート例の写真が並んでおり、左側には関連アイテムが載っている。
コーディネート例の写真は、パーミッションを得たインスタグラマーの写真で、表紙の商品に似たものを身につけた人の素材を機械学習によって探してレイアウトしている。機械学習またはAIとかインスタグラムといったバズワードを伴って、デジタルテクノロジーを駆使して最終的には印刷するというやり方で、デジタルプリンターの新しい需要創造になるのではと、印刷業界からも期待されている。
結果の数値は上々で、とりわけカート放棄対応DMについては、「なぜ自分がカートに入れた商品についてこんなに早く送ってくるのだろう」などと思われないかというCX面からの疑問もあったが、業界でおそらく最短の24時間以内にこういうことができたら、他への転用も可能だろうという目論見(もくろみ)で赤字覚悟の実証実験として始めたところが、当初から黒字になった。要は送れば送るだけ儲かるという形でビジネスとして成功したと言えよう。
副次的なこととして、2019年の全日本DM大賞のグランプリに選ばれた。過去はクリエイティブ中心の選出であったが、テクノロジーや仕組みによる特徴が受賞理由になった珍しい例だと思う。
既存の要素を組み合わせて新しいビジネスにする
このような新しい試みは、実は経産省のConnected Industriesの説明資料の中で語られている通り、「従来、独立・対立関係にあったものが融合し、新しいビジネスモデルへと変化する」ことそのもので、それが次々と起こるのが第4次産業革命だという考え方と適合すると感じている。
だから、各社のアセットをもう一度見直して、それらを組み合わせるという形で新しい試みのきっかけとなれば、という立場から話をさせてもらった。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |