ライオン事例:消費者の根本的な欲求に根ざした体験価値を

――「Adobe Symposium 2019」レポート

2019/08/30
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文:大下文輔

アドビが主催する、同社製品・サービスについてのシンポジウム「Adobe Symposium 2019」が2019年7月23日に都内で開催された。
テーマは「顧客体験マネジメント“CXM”をビジネス変革の中心に」であり、アドビの考え方や、そのサービス・製品をいかに使うかなどの事例を披歴するプレゼンテーションが多数あった。
このレポートではライオンの取り組み事例を紹介する。登壇者は、ライオンのコミュニケーションデザイン部 デジタルコミュニケーション開発室 マネジャーの比留間 徹氏だ。

ライオン 比留間 徹氏

ライオン 比留間 徹氏

なぜ、体験価値なのか

本日は、消費財メーカーであるライオンが、どのように消費者インサイトを抽出して、マーケティングプロセスに組み込んでいるのかについて話す。

最初に、インサイトに関連深い体験価値が、コミュニケーション上重要になってきていることを説明する。大きく言えば、それはマーケティングの環境変化に由来しており、「ライオンデジタライゼーション」を掲げつつそれに適応していこうとしている。

環境変化には3つの方向性がある。
第1は、情報量の増大で、あるデータによれば15年前と比較して約500倍と言われている。しかし、われわれが消費できる部分はせいぜい65倍止まりであり、情報取得の効率は著しく低下している。
第2は、広告の無効化である。バナー広告のCTRは下落するとともに、ブラウザにはADブロックが標準搭載されることが増える傾向にある。また、ミレニアル世代の2/3はADブロックを実施しているとも言われる。
そして第3は、商品が均質化していることだ。例えば洗剤の場合、プロダクトのレベルは上がってきており、どの商品も「白くなる」「いい香りがする」「除菌できる」などの効能は変わらずUSPとして機能しない。

このような状況下では、「認知から購買へ」というファネルをベースとした従来型のコミュニケーションでは消費者を動かせない。そこで、消費者のコミュニケーションの領域で体験価値に迫るというチャレンジを続けている。具体的には、「消費者が欲しいのはドリルではなく、穴だ」といったインサイトに、「言語化されない“欲求”」を加味したコミュニケーションのアプローチをとっている。

インサイトに働きかけ、最適なコミュニケーションを、というのは誰しもが思ってはいるはずだが、大きな問題は「言うはやすく行うは難し」ということにある。難しくはあっても、実施することが重要なのだ。

どうやってインサイトを見いだすか

どのようにインサイトを見いだしていくのかについての基本的なアプローチは、客観性のあるデータを利用して行っていく。
概念的な説明としては、まず、DMPによるデータ収集を行い、統合する。続けて、それを分析し、試行錯誤を繰り返しながら体系的にまとめる。さらにデータセントリックなファクトを抽出する。そして、ファクトをさらに分析し、成形してゆく。

収集するデータの種類は大別して3つある。
1つ目は、自社のメディア(Lidea)での消費者行動データである。
2つ目は、アクティビティデータで、SNS上での発言その他のライオンのブランドコミュニケーションに関するデータだ。
3つ目は説明変数を加えるための、サードパーティーデータである。
これらをアドビのツールなども活用しつつDMPで統合し、分析を加えてアウトプットする。

分析の段階では、オンラインデータ、オフラインデータと嗜好(しこう)性のデータを参照する。
オンラインデータには、どんなメディアに接触しているか、どんなアプリを使っているか、どんなコンテンツを消費しているか、誰のどんなブログを参照し、SNSでどんな発言をしているのかなどが含まれる。
オフラインデータの中心は支出傾向や購買のデータである。どんなカテゴリーや品物に支出し、買うときの併買品はどんなものか、われわれのプロダクトを買うか、競合他社のプロダクトを買うかなどである。嗜好(しこう)性のデータとしては、旅行先や、よく行く外食チェーンはどこか、どんな趣味があるのかなどを含んでいる。

まずはこれから断片的なファクトを抽出し、そこから類推されることを引き出してゆく。さまざまなデータから買い物行動や特徴的な生活行動、あるいは類推される性格などを見つける。そしてそれをより高次の日常の生活シーン(ライフスタイルなどの全般的な課題)と商品を使用するシーン(商品を使用しながら感じていること)にまとめ、それから見いだされるカスタマージャーニーマップを描いて、そこからインサイトを導き、最終的にそれをIMC(統合マーケティングコミュニケーション)へとまとめ上げることである(図1)。

図1.データ分析からインサイトに至るまでのプロセス

図1.データ分析からインサイトに至るまでのプロセス
(※画像クリックで拡大)

重要なのは、ファクト抽出およびそれを成形してゆくという段階において、意味のあるデータセットを得るために試行錯誤を繰り返すことにある。あるいは、試行錯誤によるエラーを体系立てて管理することに意味がある。

試行錯誤による断片的なファクトの体系化の例を挙げてみよう。
例えば、行動データで、「リサイクルや中古オークション、フリマサイトをよく見る」人がいたとすると、そこからこの人は「価格に敏感ではないか」と予測できる。
けれども同じ人が「クーポンはあまり利用しない」としたらどうだろう。こうした一見矛盾するデータが同列に並んで出てくることはよくある。
この場合の処理は解釈によって「面倒なことは嫌いだが、価格には敏感ではないか」という仮説を立て、他のデータを見ながら「面倒なことを嫌がる可能性」「価格に敏感である可能性」を見極めて、仮説の採用や棄却を行う。

インサイト抽出の事例

ライオンの最近のヒット商品に「ルック+バスタブクレンジング」というバスタブの洗浄剤がある。この商品は、バスタブにシューッと満遍なく吹きかけて1分待ち、その後流すだけである。
以前の商品と違っているのは、洗浄剤を吹きかけたあとに「こすって汚れを落とす」という動作を必要としない、という点だ。
動作の構造が変わる、という大きな違いがあるが、シンプルな特徴でもあり、コミュニケーションが難しい商品だとも言える。

この商品について、断片的なファクトの次の、商品の使用シーンからディープインサイトの導出までを見てみよう(図2)。

図2.「ルック+バスタブクレンジング」のインサイト導出

図2.「ルック+バスタブクレンジング」のインサイト導出
(※画像クリックで拡大)

バスタブを使う前から、消費者が感じていることはいろいろある。
例えば服がぬれることが心配だったり、靴下を脱ぐのが面倒だったり、あるいはジーンズをはいているときに腰をかがめると、腿(もも)の裏の部分が引っかかってなかなかしゃがみにくかったりする。
あるいは小さなお子さんがいるお母さんにとって、浴室のドアを閉めて掃除をすることは子どもから目を離すことにつながり、それを避けたいと思っていることもある。

こうしたことを勘案すると、その奥にあるインサイトが「毎日のことを手早くして、自分の時間が少しでも欲しい」であるということが見えてくる。
先に述べた「ドリルと穴」のたとえで言えば、消費者が望んでいるのは、浴槽の洗浄剤ではなく「生活の中の少しのゆとり」だということ。これがインサイトである。

そのインサイトを踏まえずに、消費者の製品テストなどで成績がいい場合に陥りがちなコミュニケーションとして、「なぜ、こすらなくても汚れが落ちるのか」といった洗浄メカニズムの訴求である。
インサイトをベースに取った戦略は「確実に、ゆとりを生むための新しい使い方を、正しく伝えること」に徹することであった。
ブランドマネージャーが新しいバスタブ洗浄剤について、こんな風に使ってくださいと15分くらい説明した後で、実際に使ってもらうと、消費者の行動は以前と全く変わらなかった。そのくらい、消費者の行動を代えるのは難しい。
だから、誤った使い方によって、例えばECサイトの商品レビューなどで「汚れが落ちない」などの悪評が起こることを絶対に避ける必要がある。

そこで、コマーシャルでは徹頭徹尾「浴そう全体にかけ、60秒待って、流すだけ!」というシンプルなメッセージを流し続けた。それによって、消費者の望む「生活の中の少しのゆとり」という心の琴線に触れると予想されるからである。

データを分析し、インサイトをベースとしたクリエイティビティこそが重要なのだ。よりよい生活者理解を通じて、「LION」は人々に寄り添ったブランドになる、というビジョンを掲げている。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。

 

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