文:大下文輔

マーカスエバンズが主催する、CMO Japan Summitは、企業経営に関わるマーケティング幹部が、講演やディスカッションを通じて交流し、自社が抱える課題の解決のヒントを得る場だ。2019年は2度目の開催が11月19日と20日の2日間にわたって行われた。

講演の中から、3つをダイジェストしてお届けする。第一弾は『獺祭へ込められた思い:世界に挑戦する酒蔵の哲学から学ぶ』というセッション。プレゼンターは旭酒造の四代目蔵元で同社社長でもある桜井一宏氏だ。

やむなく生まれた獺祭のカタチ

旭酒造 桜井一宏氏

旭酒造 桜井一宏氏

獺祭というお酒の特徴は次のようなものとして知られている。
第一は、高級酒に特化したラインであること。山田錦のみを使った純米大吟醸しか造っていない。
第二は、杜氏(とうじ)による酒造りをしておらず、大量に製造していること。
第三は、海外展開をし、海外に強いということである。

これらの特徴は日本酒としては珍しいが、当初よりそのようなブランドを意図して目指していたわけではない。そのあたりをひもといてみたい。

獺祭は、先代の蔵元によって1980年代に生まれた酒だ。今でこそよく知られてはいるが、それが生まれた当時の旭酒造は山口県にあった5つの酒蔵の中でも4番目の存在だった。5番目は廃業が決まっていたから、事実上の最下位だ。営業力に勝る近隣の会社とは戦えず、商品力によって勝負の土俵を県外に見いだす必要があった。

九州から東北までいろいろと巡ってはみたものの、いわゆる酒どころには、その土地で強い銘柄があり、山口の酒は行き場を見つけるのが難しい。
そうやってたどりついたのが東京だった。いくつかの販売店が興味を示してくれたのだ。東京は、全国からいろいろと集まってはいるが強力な地酒というものがなく、「おいしければ良い」という品質重視の市場であった。
また、山口出身の人が出身地の酒ということで贔屓(ひいき)にし、応援してくれたこともある。要は東京を目指したのではなく、ライバルのいない東京で売れる酒、つまり「品質の良い、うまい酒」つまり純米大吟醸で勝負をせざるを得なかったというのが実情である。そうした背景があるから、海外に展開することも行いやすかったと言える。

獺祭は「おいしい酒」を追求するとともに、供給力も追求していった。これが獺祭のブランドを延ばし、海外で成功する鍵にもなったと考えている。よく、「幻の酒」と言われるものがあるが、良い酒だと評判になっても、数年も経たないうちに消えてしまう。品不足になると飲食店でも置いてもらえないし、お客さまも忘れてしまうからだ。おいしい状態で、目の前にある酒であることが重要なのだ。

杜氏に頼らず、社員が造る酒

おいしい酒に特化して供給量を上げていこう、という方針でやってみると、杜氏による酒造りの不具合に気がついた。
杜氏は、毎年冬場に他の地域からやってきて、酒蔵と契約して酒を造る専門の職人である。彼らには酒造りのノウハウがあり、アウトソーシングしやすい、夏場の給料を払わなくても良い、などのメリットがある反面、弱点を抱えている。

その一つが、来年は契約がなくなるかもしれない酒蔵にノウハウを開示したがらず、技術がブラックボックス化してしまうことである。また積み重ねてきた経験をくずしてまで、酒蔵が必要としている変化に合わせにくい性質がある。また、杜氏は、地元から連れてきた人材を中心とする製造チームのリーダーでもあるため、メンバーは固定化して高齢化することが避けられず、作業を省力化したがる。

そのようなことがあって、私たちは徐々に社員が酒を造る体制に移行していった。現在は製造チーム120人をすべて社員でまかなっている。そのシステムの良いところは、元々酒造りで成功体験のあるメンバーがいないところから始めたために、過去のしがらみもなく、おいしい酒を造るためには、何でもやれたことにある。

社員には経験がない分、理由がわかれば納得して動いてもらえることが大きい。
例えば、麹をつくる工程では40度の部屋で、手作業をしなければならないし、発酵させる工程では、6度に保たれた寒い部屋でタンクをかき混ぜる作業を行う。このタンクをかき混ぜるのも、労を厭うのであれば、大きいタンクで機械的に攪拌して済ませれば良いが、小さいタンクの方が良い酒を造りやすいため、選択している。
「良い酒を造ろう」という目標をもち、そのために適した方法でやれる、というのが社員による酒造りの強みである。

酒造りに変化をもたらしたデータと機械化

その強みの最たるものは、酒造りがうまくいかなかった場合の原因究明である。杜氏はどうしても、失敗に対してその原因追及が甘くなり、言い訳をしてしまいがちになる。
かつては、「酒造りの神様が降りてこなかったから」などと言い逃れる声があったことなども、実際にあった。

社員は、各タンクの温度を日々測ってグラフ化しており、おいしい酒ができたときも、そのときのデータのカーブが経験値として残る。杜氏システムだと、そうした測定は通常行われず、仮にやったとしてもごく一部か、杜氏さんの秘密の手帳に書いてある。
また、米の水分を飛ばす工程では、杜氏さんたちなら、経験値で重さを感じ取って作業ができるが、社員では困難である。そこで、センサーを使って重さを測定し、水分の飛ばし加減を見繕うようにしている。機械に人間の補助をさせているのだ。
ほかにも、大量生産につながるよう、空調などの設備によって、一定の温度を保ち、雑菌の入りにくい状態を作り出せるようにしている。つまり、条件を統制することで、発酵がどういう状況にあるかに集中できる環境を作り出せるのだ。
機械とデータと手作りをごちゃまぜにした酒造り、というのが社員によってもたらされた変化である。

社員による製造体制も、変革が必要

杜氏システムの弱点を埋める形で、酒造りを進めてきたが、今度はそこにまた問題点が生まれた。
おいしい酒を造ろう、ということでやり方を模索し、それがある程度うまくいき、成功体験として感じられるようになるとともに、システムとしての安定化が生まれる。そうなると、同じやり方を繰り返すことで良いといういわばサラリーマン化が起こり、変化を嫌うようになる。
けれども、品質を一定以上に保つのは、そんなに甘くない。たくさん造るようになって味が落ちた、というのは良くある話である。

そこで、つい最近のことだが、2019年10月から対策を実施した。
まずは、製造チームを2つに分けて互いの作業と情報やデータを共有し、比較して、競い合うことでそれぞれの酒造りをより客観的に捉えるようにしたこと。
それから、両チームとも月に1回は新しいやり方を試すことを課した。例えば酵母や麹を換えてみて、その変化を見ようとするなどである。これは新製品の開発ではなく、本業の獺祭ブランドにフィードバックすることが目的である。

また、人事的にも社歴の長い人が定年にならないとポストがない、ということになると、やる気のある若手の士気に関わってくるので、やる気のある若手が自主的に立候補したら取りあえず主任をやらしてみる、という体制を作るようにもした。
ほかにも、現在年間3000回の酒の仕込みをやっているが、社長を含む幹部数名がすべて味見をして、味の管理を一層厳しくするということも始めた。

アメリカへの進出

当初発表より遅れてはいるが、2022年春、ニューヨーク州に日本と同じ規模の酒蔵を作り、日本酒を醸造し、販売することにしている。
その酒蔵は、アメリカで日本酒の浸透を図るという役割を担ってはいるが、それだけではなく、日本とは全く違った環境で現地の米を使い、最高のものを造ろうとする過程で全く違う体験、失敗や成功を経て、日本のチームと競争できるようになることを期待している。

アメリカで出す商品は、獺祭Blueと名付けた。Blueは、「青は藍より出(い)でて藍より青し」に由来する。山口発の日本酒が、大きく羽ばたけとの願いを込めた。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。